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アルダスゲイトの影  作者: 東空塔
第二章 グレイス
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シーソーゲーム

 グレイスからの突然の手紙を読んだベネットは、諦めかけていた恋愛感情が再燃し、以前にも増して熱くなっていった。そしてペンを取り、早速返事を書いた。


「お手紙読みました。とても嬉しかったです。前回はお会い出来ませんでしたので、今度はきちんと会って気持ちを伝えたいと思います。ご都合がよろしければ今月末にでもエプワースでお会いしましょう」


 ベネットからの返事を受け取ったグレイスは、ジョンに事の次第を打ち明けた。そしてまずモリー・フランシスとの関係について尋ねた。

「そのようなことになっていたとは……フランシス姉妹はあのように開けっぴろげな性格なので、私もつい親しく接していたのだけど、それがこのような誤解を招くことになるとは思ってもみなかった。軽率だったと思うよ、申し訳ない」

「いえ、勝手に疑ったりしてごめんなさい。でも、あなたから直接聞けて安心したわ」

「それにしても、……ベネット君の気持ちを振り回すことになってしまった。会ってじっくり話すことにしよう」


 そして8月30日、ベネットはグレイスと会うためにエプワースへ赴いた。だがそんな彼を出迎えたのはジョンであった。

「ベネット君、一度私たちは腹を割って話し合った方が良いのではないかね」

「……わかりました」

 そしてジョンとベネットは互いに率直な気持ちを述べ合った。

「ウェスレー先生、あなたが彼女と結婚のご意志があるのはよくわかります。ただ、あなたからは彼女への愛が感じられない。もしこのまま彼女があなたへの気持ちを募らせていっても、あなたはそれに応えることが出来ないでしょう。そうなれば彼女はあなたと一緒にいながらも常に孤独でいることでしょう」

「君ならそんなことはさせないと言うのかね」

「ええ、私は彼女を愛していますから。彼女がどのようになろうとも、私にはそれを覆うことが出来ます」

 何の迷いもなく愛していると言えるベネットにジョンは驚いた。と同時に何か危ういものも感じた。

(このまま係争を長引かせるのは良くない。長引けば、その影響はメソジスト運動全体にも及ぶだろう。断腸の思いだが、ここは私が身を引くしかない……)

 そう思ったジョンは、置き手紙を残してエプワースを去った。


「親愛なるグレイスへ。ベネット君の気持ちを確認しました。彼の君への思いは本物だと感じました。私たちはもう会わない方が良いと思います」


 これを読んだグレイスはショックのあまり倒れ、寝込んでしまった。それを見た従者が慌ててジョンの後を追いかけて、グレイスが倒れたことを伝えた。するとジョンはすぐに踵を返し、再びグレイスの元へと向かった。ジョンの顔を見るなりグレイスがすがりついて訴えかけた。

「どうしてあのような手紙を書いたの? お願い、もうあんなこと言わないで……」

 泣きじゃくるグレイスが落ち着くまでジョンはしばらく彼女をそっとしておいた。彼女が落ち着きを取り戻した時、ジョンは自分が身を引こうとした理由を話した。するとグレイスはこう答えた。

「あなたの言うことは良くわかるわ。私も、もしベネットさんと結婚しなかったらどうなるかって考えると怖くてたまらなくなるの。あの人、気が狂ってしまうんじゃないかって。でも、私はジョン、あなたを愛しているの。確かにベネットさんに気持ちが揺れることもあるけど、少なくとも彼より千倍はあなたのことが好きよ」

 そのようにグレイスと話し合った後、ジョンは彼女の元を離れた。


      †


 ところがその夜、ベネットが腹心の牧師たちを連れてグレイスを訪ねて来た。

「……一体何ですの? こんな夜中に大勢で押しかけて来て!」

「失礼は重々承知でやって来ました。でもグレイスさん、あなたはまるで麻疹にかかったようにウェスレー先生に夢中になっている。どうか目を覚まして下さい!」

「目を覚ますのはあなたじゃないの!」

 二人の会話が険悪になりそうなのを見て、一人の牧師が間に入った。

「まあまあグレイス姉妹、落ち着いて。少し冷静になって考えてみて下さい。ベネット先生か、それともあのウェスレー先生と果たしてどちらがあなたの相手として相応しいか」

 それから数時間にわたって、牧師たちがかわるがわるグレイスの説得に当たった。流石にグレイスも意識が朦朧として判断力が鈍って来た。何より早く目の前の男たちに出て行って欲しかった。

「……わかりました。ベネットさんと結婚することにします」

 グレイスの言質を取った一行は喜び勇んでようやく退散した。


      †


 数日後、ニューカッスルでグレイスと落ち合ったジョンは、ベネットたちが夜中に彼女のところに押しかけて来た件について聞き、怒り心頭に発した。

「まったく、仮にも神に仕える身ではないか。それをまるで中世の拷問のように強引に説き伏せるとは!」

「……私が優柔不断なのがいけないのね。みんなに迷惑かけてしまって」

「グレイス、苦渋の選択とは思うけど、もうハッキリ決断しなければならない時が来たと思うよ。私かベネット君か……どちらか選んでくれ」

 グレイスはしばらく考えた後、意を決してこう答えた。

「……私の良心にかけて、あなたと生死を共にすることを決断します」

 この言葉を聞いて、ジョンは早速ベネットに宛てて手紙を書いた。

「君は強引に彼女を私から引き離そうとするが、そんなことをしても私は君の婚姻に同意しないし、……敢えて言おう、祝福もしない」

 ジョンはこの手紙を郵送せず、ウィリアム・シェントという信徒伝道者に託して届けさせた。

 ところが、シェントはベネットに渡す前にこの手紙を紛失してしまった。それでジョンのメッセージはベネットに届くことはなかった。


 ジョンはベネットに宛てた手紙を写し取り、それを弟のチャールズに送っていた。それを読んだチャールズは事態が混迷しているのを憂慮し、解決の方向を模索した。

(やはり、兄さんには……身を引いてもらおうのが一番ではないか。気の毒だが、それが我々メソジストのためだ)

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