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アルダスゲイトの影  作者: 東空塔
第二章 グレイス
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芽生える敵意

 ジョン・ウェスレーと別行動を取って後、しばらくしてグレイスは体力を取り戻し始めた。ベネットは「少し動いた方が健康に良い」と、チェスターの町への散歩に誘った。チェスター城を眺めながらグレイスが言った。

「立派なお城なんですね。威圧感さえ感じます」

「ええ、ここには昔ローマ人が住んでいましてね、このように城壁でガッチリ町を守って外敵を防いでいたんですよ」

 それに比べて……ベネットは思う。

(あの人の城壁は隙だらけだ。敵が入って来て大切なものが奪われようとしても、全く気がつかない……)

 今回、ジョンと行動を共にしてベネットはグレイスとジョンが親密になっていることに気づいた。そしてジョンがグレイスに恋をし、また彼女もそれを満更でない気持ちで受け入れている。

(あの人に……とられたくない)

 ベネットの胸の内に潜んでいた恋の炎が上がり始めた。

「グレイス姉妹、ウェスレー先生とかなり親しくなられたのですね」

「え? ええ、まあ……ニューカッスルで療養なさってから、打ち解けてお話しして下さるようになりました」

「もしかして、ご婚約なさったとか……?」

 グレイスは思い巡らした。ジョンはこれまで好意を、そして結婚を仄めかす発言を幾度も繰り返している。だが、どれも決め手となる要素に欠けている。何となく自分は彼から愛されていると思い込んできたが、果たしてそうなのだろうか? そんな疑問が頭をもたげてきた。

「いえ、はっきりと結婚の約束などは致しておりません」

「そうでしたか。……グレイス姉妹、あなたにお話ししたいことがあります」

「ベネット先生が私にお話ですか? 何でしょう」

「私がニューカッスルにいた時、あなたは彼の地でやり遂げたいことがあるとおっしゃっいました。でも、もう今はニューカッスルに留まることに固執されていないのではありませんか?」

「……ええ、仰る通りです」

「実は私はあの頃からずっとあなたのことをお慕い申し上げておりました。ニューカッスルに留まりたいというあなたの意思を尊重して身を引いておりましたが、もはや時は変わりました」

「……!」

「グレイス姉妹、どうか私と結婚していただけないでしょうか?」

「そ、そんな、急に仰られても……」

「もちろん、すぐにとは申しません。どうかじっくりとお考え下さい」


      †


 返事には時間がかかるだろうとベネットは思っていたが、予想より早くグレイスは翌日になってこのように返事した。

「ベネット先生、お話とても嬉しかったです。私も先生との結婚のことを前向きに考えていきたいと思います」

 ベネットは飛び上がるほど喜んだ。そしてグレイスが療養を終えてチェ州を発つと、ベネットはまるで駄目押しするかのようにジョン・ウェスレーに宛てて手紙を書いた。

「グレイス・マレイ姉妹が私のプロポーズを受け入れて下さいました。一日も早く彼女と結婚したいと思っています。先生からもご承認頂きたく思います。どうぞよろしくお願いします」

 そしてグレイスもまた、ジョンに手紙をしたためた。

「先日、ベネット先生から結婚のお話をいただきました。私はこれが神の御心であると感じております」


 これらの二通の手紙はジョンにとって青天の霹靂のごとく衝撃的だった。あまりのショックに、ジョンはその日の予定を放り出して、だだっ広い麦畑をふらふら彷徨い歩いた。

 やがて正気を取り戻したジョンは筆を取り、二人に宛てて手紙を書いた。

「喜ばしいお知らせに感謝します。ですが、一時的な感情に頼って神の御心であると判断してはいけません。一度冷静になって祈り、聖書を開き、信頼のおける兄弟姉妹との相談の内に事を進めて下さい」

 そのようにジョンは指導者の威厳を失わぬようやんわりと釘を刺した。しかし勢いに乗ったカップルにどれほどそれが通じようか。

 

(反対ならハッキリとそう書けばいいのに……)

 実直なベネットは、ジョンの奥歯にものが挟まったような言い方が気に入らなかった。恋心が敵対心をも生みだすのは世の常であるが、ベネットもあれほど尊敬していたジョンに対する敵意が芽生えさせ始めた。

 それにはまた、別の要因もあった。ベネットは最近、カルヴァン主義メソジストを標榜するジョージ・ホウィットフィールドと交流を深め、その思想に傾倒し始めていたのだ。ホウィットフィールドはかつてホーリークラブでジョンの指導を受けた一人であるが、昨今はジョンがアルミニウス主義であると批判していた。ベネットもまた、そういう色眼鏡でジョンを見るようになっていたのである。


 一方、グレイスの方はジョンの手紙の文面に神に仕える者としての誠実さを読み取り、かえってジョンへの思いをハッキリと自覚することとなった。そしてその思いをまたジョンにしたためた。

「先日は失礼いたしました。先生からのお返事を読み、思い直しました。私は生と死を分けることになっても、先生と添い遂げたいと思います」

 その心変わりに気づいたベネットはまた追撃するかのごとくグレイスに手紙を書いた。すると、グレイスはベネットへの慕情を思い出すのであった。


 このような二人のジョンという聖職者の恋文合戦が繰り返される内に、グレイスはどちらを選んだらよいものかわからなくなってしまった。そこで彼女はベネットに宛ててこのように書いた。

「度々お気持ちをお伝え頂き嬉しく思います。でもやはり直接会ってお話を伺いたいと思いました。私は近々ウェスレー先生とアイルランドへ行くことになっておりますが、その前に一度ベネット先生とお会いしたいと思います。もしお気持ちがおありでしたら、シェフィールドまでお越し下さると感謝です」

 それを読んでベネットはすぐにシェフィールド行きの準備を始めた。ところが、タイミング悪く身内が亡くなってしまい、旅立つことが出来なくなってしまった。

 シェフィールドに滞在し、ずっとベネットを待っていたグレイスであるが、待ち人が来ないのを見て取ると、シェフィールドを後にし、ジョン・ウェスレーのいるブリストルへと向かって行った。

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