きまじめ屋(メソジスト)と呼ばれた男
ジョン・ウェスレーは1703年、イングランドのエプワースという町で、地元教区の司教サミュエル・ウェスレーの十九人兄弟のうち十五番目の子息として生まれた。
父親のサミュエルは司教であったものの、学者肌で研究熱心な反面、信徒の必要や成長にはあまり関心を示さず人間味に欠けるところがあった。多くの書物を書きながらも家計の足しにもならず、聖職者の集まりに頓に出かけて散財したため、家庭は非常に貧しかった。
母親のスザンナは対照的に神学的な理屈よりも霊的な実践面を重んじた。家事をしていると、時々手を休め、エプロンを頭から被って祈った。彼女はその祈りの時間を妨げることを誰にも許さなかった。スザンナはスパルタと言っても良いほど教育熱心であったが、宗教教育も怠ることはなかった。
このように宗教的価値観の異なる父母のもとに育ったジョンであるが、彼は両親のどちらの信仰にも敬意を持っていたようで、大学で神学を学ぶようになっても頓に相談し、助言を乞うていた。例えば父親からはこのような助言を受けている。
「聖書の最良の注解書は聖書そのものだ。努めて聖書を学ぶようにしなさい」
またジョンが伝道者になる決意をする際、母親はこのような助言を送っている。
「あなたは自分が救われているという確信がありますか? 伝道者が自分の救いを確信していることはとても重要なことです。そうでなければ教える本人も、教わる信徒も不幸だと言わざるを得ません」
実は若いジョンにとって救いの確信がないことが悩みの種であった。今晩もし自分が死んだら果たして天国へ行くのか、地獄へ行くのか……そんなことを考え始めると憂鬱になるのであった。彼が五歳の時、自宅が火事となり、すんでのところで命を救われた。その経験が後々までジョンの思考に波紋を投げかけていたのである。
ある時、新約聖書を開くと、このような箇所が目に留まった。
──天使が正しい者たちの中から悪い者たちを選り分け、燃えさかる火の炉に投げ込む。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのだ──(マタイの福音書十三章)
自宅の火事という災難を経験したジョンにとって、火の炉とはあまりにも現実的で恐ろしい言葉であった。もちろん、彼は知っていた。ゴルゴダ丘の十字架上で死なれたイエス・キリストがその刑罰を身代わりに受けられた、そしてそれを信じる者が救われるのだと。
だが、自分がその救いに達する程の信仰を持っていると、なにゆえに知ることが出来るのか? 信じるだけなら悪霊でも信じているとヤコブは書いている。さらにヤコブは本当に信じたなら、行いが伴うのだ、と書いている。
そこでジョンは身を律し、あらゆる善行に励むことした。それはあたかも自分の信仰に善行をさせてみることによって自分の信仰が救いに値するものであることを確かめようと試みているようであった。
神学を学ぶためにオックスフォード大学クライストチャーチカレッジに進学したが、学生たちはみな信仰に燃えていたわけではない。英国国教会の教職者になれば安定した高収入が得られたので、信仰熱心でなくても聖職者は魅力的な職業であった。それで多くの学生はスポーツを楽しんだり、夜は酒場で飲んだり騒いだりして青春を謳歌していた。
「なあジョン、今度僕たちテムズ川にパント乗りに行くんだけど、君も来ないか?」
そう言う同級生の一人をまた別の同級生が窘めて言うのだった。
「バカ、ジョンが一緒に遊ぶわけないだろ。何しろあいつはメソジスト(メソッド主義者=きまじめ屋)だからな。ハハハ」
そう言って高笑いしながら同級生たちはジョンから遠ざかって行くのだった。そのような時、孤独を感じないと言えば嘘になるが、霊性の妨げとなるような交流が遠ざかってくれるのはジョンにとって好都合であった。
弟のチャールズ・ウェスレーもオックスフォード大学に進学したが、彼は志を同じくする仲間を集めて「ホーリークラブ」を結成していた。ジョンが大学卒業後、さらなる勉学のために大学に戻って来た時、チャールズは兄に声をかけた。
「兄さん、僕たちのホーリークラブのリーダーになってくれないか」
ジョンはその申し出にいささか躊躇していたが、彼らがあまりに熱心に懇願するので根負けするように承諾した。
「わかった、君たちの願う通りにしよう。だけど、ホーリークラブなんて呼び方は少し恐れ多くはないか? 僕などはメソジストなんて言われてからかわれていたものだがね……」
「メソジストか。……案外それ、いいね」
それからホーリークラブはメソジストとも呼ばれ始め、やがては正式な名称となり、後々メソジスト運動と呼ばれるようになった。この頃、ジョンはトマス・ア・ケンピスやジェレミー・テイラーの著書を読んでいるが、特にジェレミー・テイラーの影響を大きく受けている。
テイラーの「人は自分が救いに預かっていることを識ることは出来ない」という理念は、救いの確信が持てずに悩んでいたジョンを一時ながら安心させるものであった。それから、ジョンはますます依存的なほどに戒律的な生活に励むようになるのであった。