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アルダスゲイトの影  作者: 東空塔
第二章 グレイス
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彼女の帰郷と新たな後継者

 アレクサンダー・マレイの遺体は発見されなかったが、同船した船員たちの証言から溺死は間違いないとされ、死亡届が役所に受理された。葬儀はムーアフィールドの国教会で執り行われたが、当然埋葬式はなく、葬儀に続いて教会内で会食の席が持たれた。

 その時、ジョンは未亡人となったグレイスに哀悼を述べた。

「この度はご愁傷様でした。ミセス・マレイに主の慰めがありますように」

「ウェスレー 先生、あの人は最後まで先生にご迷惑をおかけしておりました。故人に代わりお詫び申し上げます」

「そんな、とんでもありません」

「私はロンドンを去って故郷のニューカッスルに帰ろうと思います。今までお世話になりました」

 それを聞いてジョンは伝えたかった要件を切り出した。

「そのことなんですが、……ニューカッスルにメソジスト・ソサイエティの運営する児童養護施設があるのはご存知でしょう」

「ええ、もちろん存じ上げております」

「ミセス・マレイ、どうかそこで働いていただけないでしょうか?」

「そんな、私に勤まるかどうか……」

「私はファウンダリーでのあなたの働きを良く見て来ました。必ず彼の地で役に立つと思います。是非ともお願いします」

「先生、お声をかけて下さり、とても嬉しいです。一度考えてみます」

 結局、グレイスはジョンの申し出を受け入れ、ニューカッスル・アポン・タインの児童養護施設で働くことが決まった。それは未亡人となった彼女にとって生計を立てる上でとても助けになった。


      †


 少し時間は遡って1740年の末、ジョン・ベネットという行商人が巡回伝道者デビッド・テイラーと出会い、その同行者となった。テイラーはメソジスト運動を経済的に支えたハンティンドン伯爵夫人の執事でもある。

 ベネットは当初、近頃話題となっている信仰覚醒運動なるものに違和感を抱いていた。

「直情的と言いますか、扇情的な演説にみな酔いしれてるだけじゃないですか。人気はあるかもしれないけど、俗悪趣味も甚だしいですよ」

「それは違うな。これまでは東方も西方も信仰を書物の中に閉じ込め、人の知的領域でのみ理解しようとしてきた。ところが神は人の全ての感覚を持って知りうる存在なのだよ。信仰覚醒運動はそのことを人々に再発見させているのだよ」

「人の感覚……とりわけ感情などというものは移ろいやすいものです。それを頼りにしたのでは、信仰は安定しません」

「確かに感情は不安定だ。しかし人の状態がどうであれ聖霊は語り続けているんだ。それに対し塞いでいた耳を傾けること、それが福音的回心というものだよ」

「聖霊の語りかけに耳を傾けるなどと観念的なことは言わず、具体的にどうすればいいのか教えて下さい」

「何をするかとすぐに考えたがる……それがあと一歩のキリスト者(almost christian)の典型的な発想だよ。まるでベタニア村のマルタのようだね。イエスに気に入られようとあれこれ忙しく動き回るが一向に構って貰えないのでついにイエスに文句を言うのだ」

「私がベタニアのマルタのようですって?」

「さよう。マルタの妹マリアを見たまえ。ただイエスの足元に座っているだけなのだよ。周りから見ればただ怠けて休んでいるように見えるほどにね。だがそうすれば自ずと主の語る言葉は聞こえてくるというものだよ」

 ベネットには最初テイラーの言うことがさっぱり理解出来なかった。しかしテイラーと生活を共にしている内に彼が本当に聖霊に耳を傾けているのが分かって来た。そしてダービー州のヘイフィールド村にやって来た時、ベネットは聖霊の語りかけを耳にし、回心を経験した。やがて巡回の旅が終わると、テイラーが別れ際にこう言った。

「モラヴィア派のベンジャミン・インガム先生を紹介しよう。ジョン・ウェスレー のかつての同労者だよ。色々教えてもらうといい」

 そしてベネットはベンジャミン・インガムと出会い、様々な教えを受けた。また、ジョン・ウェスレー について様々な話を聞いた。

「ジョンさんは厳格で妥協を知らない人でね、大学でホーリークラブの指導をしていた時はあまりにも厳しい追求にメンバーは戦々恐々としていたものさ。ところが人一倍弱い面もあってね、特に女性には弱いところがある」

「あのジョン・ウェスレー 先生がですか、信じられないですね」

「結局はそれが原因でアメリカから撤退することになったんだ。でもだからこそ自分の無力さを知り、福音的回心の道を切り開いて行くことが出来たんだと思うよ『神は知恵ある者が恥を知るようにこの世の愚かな者を選び 、強い者が恥じ入いるようにこの世の弱い者を選ばれた』と聖書にある通りだよ」

 ベンジャミンの話を聞くにつれ、ベネットはジョン・ウェスレー という人物に非常に興味を持った。

(ジョン・ウェスレー 先生か。一度お会いしてみたい)

 そしてその願いはまもなく叶うこととなる。ハンティンドン伯爵夫人の紹介でジョン・ベネットはジョン・ウェスレー と出会い、その説教を聞いた。1742年夏のことであった。ベネットはその説教に深い感銘を受け、すぐさまメソジストのメンバーとなり、たちまち頭角を現した。当時、各地で爆発的に増加するメソジスト信徒の数に対し、彼らを導く牧師の数は圧倒的に少なかった。それを憂慮したジョン・ベネットはイングランド北部に巡回伝道のシステムを構築した。すなわち、ある区域に一人の主任牧師を立て、順番にその区域内の儀式を取り持つというものである。これにより、イングランド北部のメソジストたちは平等に聖餐が受けられ、信仰的なケアが保たれた。この仕組みは後に「ジョン・ベネッツ・ラウンド」と呼ばれるようになった。

 ジョン・ウェスレー は初対面の時からジョン・ベネットの実直な人柄に好感を持っていたが、その行動力や実務の有能さに驚嘆した。

(ジョン・ベネット……我々は大変な宝を天から授かったものだ)

 しかし、その時ジョン・ウェスレー は知らなかった。忠実なるジョン・ベネットが、後になって様々な意味で宿敵として立ちはだかることになろうとは。

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