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アルダスゲイトの影  作者: 東空塔
第一章 ソフィー
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裁判と幕引き

 夫ウィリアムが訴えを起こしてから一週間後、弁護士のサム・パインがソフィーとの会見を求めてきた。

「ソフィーさん、あなたは今回の事件をどう見ていますか。ウェスレー はなぜあなたへの聖餐を拒んだと思っていますか?」

「確かに教会の規則で私は聖餐を受けられる立場ではありませんでした。ただ、以前私たちは親しく交際しておりましたので、他の男と結婚したことへの怒りがあったことは否めないと思います」

「つまり、ウェスレー はあなたに好意を抱いていた、それにもかかわらずあなたは今のご主人と結婚なさった、それに報復する形で公の面前であなたへの聖餐を断り、あなたに恥をかかせた。そういうことですね?」

「まあ、少し大袈裟に言えばそういうことになるでしょう」

「では宣誓書にサインして下さい」

「はい……『ジョン・ウェスレー 氏は私に対し数回に渡って執拗にプロポーズし続けて来ました。私がそれを断り、他の男性と結婚したので、ジョン・ウェスレー 氏は私に対し激しい憎悪の感情を抱いた』ってパイン先生、これ少し事実と違いますけど」

「事実がどうかなんて誰にも正確には言えないんですよ。肝心なのは、どう記憶しているかです。ミセス・ウィリアムソン、勝つためには?記憶を整理?しなくてはなりませんよ」

 こうしてソフィーはパインの口車に乗せられて偽りの宣誓書にサインした。


 8月22日、第一回公判が行われた。そもそも名誉毀損での起訴であったが、教会儀式の方法についての問題点など9つの条文が加えられた。

「本件は被告人は原告人の妻の教会儀式参加を大勢の前で拒み、彼女の名誉を著しく傷つけたというものであります。なお、被告人は以前から彼女に好意を抱いており、彼女が他の原告人と結婚したことによる激しい憎悪の気持ちが今回の事件を引き起こしたものと思われます」

 検事がそのように読み上げると、ジョンの弁護士が裁判長に促されて陳述した。

「被告人が原告人の妻に対し聖餐式の施行を拒んだのは純粋に教会規約に基づくものであり、いかなる個人的感情によるものではありません。なお、被告はもとより規則を遵守することにおいて人一倍厳しいと専らの評判であり、たとい相手が誰であっても規則に適合しなければ儀式を授けることはしなかったと思われます」

 実はこの裁判では多数の陪審員がコーストンによって買収されていた。それにもかかわらず、ウィリアムの訴えは不成立となった。それからも何度もジョンは法廷に出ることになったが、原告人のウィリアムは毎回理由をつけて欠席したのでなかなか決着がつかなかった。


 裁判で苦戦しているのを見たコーストンは、教会内でジョンの悪口を広めることに尽力した。そのためジョンの評判はすこぶる悪くなり、教会へ出席する者の数は著しく減少した。

 ところがそれでも飽き足らないコーストンはジョンのスキャンダルを次から次へと掘り出しては裁判所に持って行った。他に聖餐を拒んだ多数の例、ジョンがサヴァンナの権力者を自称していること、全浸礼以外の方法を希望する者の洗礼を拒んだことなど……

 11月になってもこんな泥試合が続き、もういい加減うんざりしたジョンは裁判所に直接掛け合った。

「もう終わりにしたいんです。どんな判決も甘んじて受けますから、判決を早めてもらえませんか?」

「わかりました。公判日が決まりましたらまた連絡します」

 そのような返事をもらったが、月末になっても一向に裁判が始まる気配がなかった。


 身も心もボロボロになったジョンはまたエベニーザーを訪ねた。そこでシュパンゲンベルクはこう提言した。

「サヴァンナの人々は不信仰であなたに貸す耳を持ちません。もうあなたがあそこでなすべきことは終わったのだと思います。足の塵を落として町をお出になりなさい」


 そこでジョンは町の中央にある広報板にこのような貼り紙をした。


──私はこの町を去ることにしました。ジョン・ウェスレー ──


 しかしこのことを知った裁判所は「裁判が終わるまでこの地方を出ないように」とジョンに忠告した。そしてジョンの脱出に協力しないよう、市民に呼びかけた。

 だがジョンの帰国の意思は変わらず、ジョージア脱出に向けて準備を始めた。その頃ベンジャミンは既にジョージアを去っていたが、チャールズはまだ残っており、ジョンの帰国準備を全面的にサポートした。特に旅費を工面するためにあちこち金策に走った。今や支持者の激減した状況で資金集めには苦労したが、何とかジョンを英国に帰すだけの旅費がまとまった。


 そして12月、いよいよ英国へ向けて出航の日がやって来た。港にはチャールズの他にシュパンゲンベルクとモラヴィア兄弟団のメンバーたちが見送りに集まって来ていた。

「ウェスレー 先生、尊いご奉仕感謝します。大変でしたが、主が何倍にも報いて下さいますように」

「シュパンゲンベルクさん、お世話になりました。私がここでしたことは空を打つ拳闘のように思えます。でも何らかの種蒔きが出来たと信じたいです」

「ええ、そうですとも。それから、もしよかったらロンドンのモラヴィア兄弟団も訪ねてみて下さい」

「ありがとうございます。では、お元気で!」

 ジョンは彼らとの別れを惜しみつつ船に乗り込んだ。そしてデッキから送迎者たちに手を振っていると……彼らのはるか後ろの方に良く知っている若い女性の姿が見えた。

(……ソフィー!)

 ソフィーはジョンと目が合っても微動だにせず表情も変えずにただ見つめていた。ジョンも手を振ることもなく、ただソフィーの方を見ていた。やがて船が岸を離れると、彼女の姿はだんだん小さくなり、そして見えなくなった。

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