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アルダスゲイトの影  作者: 東空塔
第一章 ソフィー
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コーストンの報復

 その後、ジョンの赴任地はサヴァンナへと戻ったが、コーストン夫妻はこれまでと打って変わったようにジョンを冷遇した。とりわけ、ソフィーをジョンから遠ざけるためにありとあらゆる手を尽くした。

 フランス語のレッスンは打ち切り、ジョンが牧会する教会にもソフィーを出席させないようにした。また、ソフィーの両親にもジョンのことを悪く言いふらした。

 それでもしばらくの間はジョンとソフィーは人目を忍んでこっそり会っていた。

「叔父さん、毎日のようにジョンの悪口ばかり言うの。もうあの家出ようかなって思ってるわ」

「仕方ないよ。僕もあんなやり方ではなく、もう少し上手にコーストンさんの行動を改めさせれば良かったんだと思う。ソフィー、今はじっと堪えてコーストンさんの気持ちが収まるのを待とうよ」

 ところが二人が密会しているところを目撃したある者が、そのことをコーストンに告げ口した。コーストンはカンカンに怒り、ソフィーの行動を厳しく監視するようになった。

 また、オグルソープが公務で英国に戻るためにジョージアを離れると、コーストンの行動はますますエスカレートした。彼は自分の開いた店で店員として働いていたウィリアム・ウィリアムソンを度々家に呼ぶようになった。そしてかつてジョンに対してそうしたように……ソフィーと恋仲に落ちるよう懸命にけしかけた。


 戒律に縛られ禁欲的だったジョンと比べると、ウィリアムをソフィーとの恋に駆り立てるのはいとも容易かった。

 コーストン夫妻の策にまんまとはまるようにソフィーはウィリアムに見初められた。いや、コーストンが敢えて策を練らずとも、ソフィーは魅力的な女性だったのだ。ウィリアムは一旦惚れると即行動に出る性格であった。次にコーストン家を訪れた時には薔薇の花束を彼女にプレゼントした。そして積極的に、時には執拗にデートに誘った。

「フィッキー、今度フロリダから劇団が公演に来るんだけど、是非一緒に観に行こうよ。芝居好きだって言ってたよね」

「……でも、その日はルーシーの通訳することになってて……」

「それなら代わりの通訳探してルーシーにも僕から言っておくよ。せっかくの芝居なんだからさ、ね」

「うん……」

 このように強引に事を進めてくるウィリアムに最初は戸惑いながらも、ソフィーは不思議に惹き込まれていくのであった。思えばジョンは何をすべきか、これからすることは正しいかということを常に考えて奥手になる傾向があった。それも誠実さの表れで好感が持てる点でもあったが、ソフィー自身に負担になる部分も多かったのである。また、ウィリアムは女性の気持ちに寄り添うことに長けていた。

「……そのメリチャンプって男に脅されててね、今は離れているけど時々凄く怖くなるの」

「ソフィー、君は本当に大変な目にあって来たんだね。怖かったよねぇ……でも大丈夫、これからは僕がついているから」

「ウィリアム……」

「ソフィー、愛してるよ」

「嬉しい。私もよ、ウィリアム」

 愛してるなどと軽々しく連発するのは軽薄さの表れなのだが、それを見抜くにはソフィーもまたうぶであり過ぎた。

 ともかくこのようにして、ジョンとのことはまるで何もなかったかのようにウィリアムとソフィーの関係は急速に深まって行った。


 ソフィーからまったく音沙汰がなくなって、ジョンは日に日に胸騒ぎがした。その頃教会では危篤状態や病に苦しむ信者が増え、ジョンもその対応に明け暮れていた。しかし心の底から祈っていたのはソフィーのことばかりであった。

「神よ、どうしてこのようなことになるのでしょうか。どうかもう一度ソフィーと会わせて下さい、そして彼女との関係が回復しますように……」


 そしてジョンは居ても立っても居られなくなり、思い切ってコーストン家の扉を叩いた。中から出て来たトーマス・コーストンは冷ややかな目でジョンを見下ろした。

「何か用かね。……一体どのツラ下げてここに来るつもりだったのかね、よくも私の前に現れることが出来たものだな」

「失礼は承知でお願いします。どうか一度ソフィーと会わせて下さい!」

「ソフィーなら今はいないよ。……そうだ、ミスター・ウィリアムソンとデートだって言ってたな」

 ジョンがその言葉にショックを受けているのを、コーストンは意地の悪い顔で面白そうに眺めた。

「デート……」

「ああ、あのウィリアムソンって男は君とは違って随分ソフィーに積極的なようだからね、もう結構深い仲じゃないかな。まあ、そういうことだから君も彼女のことはキッパリ諦めて、帰って葬式の準備にでも精を出したまえ。ご愁傷様!」

 コーストンは家の扉をバタンと乱暴に閉じてジョンを追い返した。帰ったジョンはコーストンの言ったように最近亡くなった教区民の葬式の準備に取り掛かったが、ソフィーの事が頭から離れなかった。そしてコーストンの言った?深い仲?という言葉が気になった。思わずウィリアムソンという男がソフィーを抱いているところを想像してしまい、気が狂いそうになった。


 教会でのスケジュールに余裕が出来た頃、ジョンはエベニーザーにあるモラヴィア兄弟団の農地を訪ねた。何か嫌なことがあると、ジョンはここにやって来て心を洗い清めるのであった。

「そうでしたか、それは辛い目に遭われましたね」

 ジョンから一部始終を聞いたシュパンゲンベルクがそう言った。

「今思えば、私の態度が煮え切らないのが良くなかったのだと思います。もっと積極的に彼女と接すれば良かった……」

 シュパンゲンベルクはそれには否定も肯定もせず、ただこう言った。

「ウェスレー 先生、あなたの彼女へのお気持ちは一旦神様にお返しなさるのがよろしい。後のことは神様にお委ねなさい」

 ジョンはただ黙って頷いた。今となってはシュパンゲンベルクの言うようにするしかない。


 サヴァンナに帰って来ると、チャーリーとベンジャミンが家の前に立っていた。何事かと思って訊いてみると、彼らは互いに顔を見合わせた後、おもむろに言った。

「ジョンさん、あなたにとっては少し辛いお知らせがあります」

「辛い知らせ?」

「ミス・フォーセットから聞いたんですが……ソフィーが結婚したそうです。相手はウィリアム・ウィリアムソンとかいう人物だそうで……」

 ジョンは頭が真っ白になった。土産に貰っていたジャガイモの袋が手から落ち、道中にジャガイモが転がって行った。

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