大農園の落日
モラヴィア兄弟団はサヴァンナから数マイルほどの距離にある、エベニーザーという農村地帯で自給自足の生活を営んでいた。ジョンは見渡す限りの地平線に、心が広々となるのを感じた。
「やあ、ウェスレー先生!」
「シュパンゲンベルクさん、お久しぶりです!」
作業着に鋤や鍬を抱えたシュパンゲンベルクの姿はいっぱしの農夫だった。二人は近寄ってハグすると、近況を語り合った。
「ほう……コーストンさんの姪っ子さんとそんな仲でしたか。先生も早く身を固めたほうが良いと思っていましたが、うまく行くといいですね。私たちもコーストンさんにはお世話になりっぱなしなんですよ」
「そうでしたか……ところでシュパンゲンベルクさん、一度農作業をしてみたいと思っていたんですが、手伝わせてもらえませんかね」
「構いませんが、慣れるまでは結構大変な労働ですからね、無理しないで楽しむ程度にお手伝いして下さいよ」
そうしてジョンはモラヴィア兄弟団たちの農作業を手伝ったのだが、いかんせん文化系のジョンのことである。シュパンゲンベルクもかなり手加減して手伝わせたつもりだったのに、ジョンは身体中パンパンに腫れ上がるほど筋肉疲労した。
「いやあ、想像以上に重労働でした。いつもこんなことをされていたのですね」
「慣れれば大したことはありません。それに主の再臨は近いですからね。これだけ自給自足出来れば患難時代に突入しても心配ありません(注:患難時代は黙示録の預言の一つで、額に666の数字が刻印されていない者にはあらゆる必需品が供給されなくなるというもの)」
それから彼らは家に入り、採れたてのとうもろこしを焼いて食べた。
「いやあ、うまいです。開発途上地とは言え街中にいると気分もギスギスしてきますからね、ここにいると晴れやかになります」
「ここがお気に召していただけましたか。是非また遊びに来て下さいよ」
その言葉をジョンはこの上なく喜んだ。モラヴィア兄弟団の農場はジョンにとって癒しの場だったからだ。ジョンがすっかり寛ぎながら部屋の隅に目をやると、妙な書類が置いてあるのが見えた。中身を確認してジョンは目を丸くした。それはペンシルバニアのとある商人からの裁判所経由の督促状だったのだ。
「どうしたんですか? これは」
「ああ、もうこれは解決しましたよ。この商人からブック・クレジットで日用品を購入したんですが、その債務者である商人が換金請求したところ、それが滞ったということでうちに督促状が届いたのです。そのことを債券発行したコーストンさんに相談したら、『手違いがあった、すぐに手配するので心配しないように』と言われ、しばらくすると彼の言う通り解決したのです」
ブック・クレジットとは、貨幣流通のままならなかった植民地時代、農家の人々が良く利用した取引手段である。すなわち、農家の人が物を買う時、このクレジットで購入し、後に収穫物によって決済する仕組みである。債権者は債券を発行した仲介業者から取り立てを行うわけであるが、特定の期日を待たずとも、必要があればいつでも換金してよいことになっていた。
そして、今回の件では、ペンシルバニアの商人が債券発行者であるコーストンに対し換金を請求したが、それが滞ったということである。問題は既に解決したということだが、ジョンは何かそこに胡散臭いものを感じた。そこでジョンは帰りがけにサヴァンナにあるコーストンの事務所を訪ね、事の真相を問い質した。
「ああ、あの件はついうっかりしていたよ。シュパンゲンベルクさんは君の大の仲良しだったんだね。本当に迷惑をかけて申し訳なかった」
トーマス・コーストンは素直に頭を下げたが、ジョンは彼が何か隠し事をしている気配を見抜いた。
(コーストン氏はあきらかに何か不正を行っている。このことをオグルソープ氏に報告するべきだろうか。しかしコーストン氏はソフィーの叔父であり後見人だ。もしコーストン氏を貶めるようなことをすればソフィーの生活にも影響が出るだろう……)
ジョンはフレデリカへ向かう船の中でずっと迷い続けた。そしてふと聖書を開いた時、こんな言葉が目に飛び込んだ。
「主は偽りのはかりを忌み嫌われ、正しい分銅を喜ばれる」
この言葉に奮い立たされたジョンは、フレデリカに到着すると迷わずにオグルソープのもとへと向かった。
「コーストンに不正の疑惑?」
オグルソープは眉をひそめてジョンに聞き返した。
「ええ。まさかとは思うのですが……」
ジョンはモラヴィア兄弟団の農場を訪ねて来るはずのない督促状を目撃したこと、コーストンを問い質した時の反応などを包み隠さずに話した。オグルソープはそれを聞いて難しい顔つきで言った。
「実は他からも彼の不正について報告を受けていたのです。ミスター・ウェスレー、内密に彼の周囲を調査してもらえませんかね」
まさか自分が調査を任命されるとは思ってもみなかったが、もともと自分が火付け役となったのだ。こうなった以上、徹底的に任務を遂行するしかない。
ジョンはまず手始めにコーストンの会計担当者を極秘裏に呼び出し、帳簿を提示させた。すると、毎月幾ばくかの使途不明金が見つかった。
「これは何に使われたものかわかりますか?」
「さあ……わかりません」
「さあって、確かに度々こういう支出があるのは変でしょう! 金庫番ならちゃんと経費を管理しないとダメじゃないですか!」
「すみません、必要経費だと強く言われると逆らえないもので……」
ラチがあかないと思い、次にジョンはモラヴィア兄弟団に督促状を送った商人を訪ねた。その商人は最初口を割らなかったが、役人の不正に関わることだというと、事の成り行きを話した。
「あの時、急にお金が必要になりましてね、それでサヴァンナにいる弁護士に取立て代行を依頼したんです。ところが債務者が支払いを拒否したとその弁護士が言って来ましてね、私も必要上泣き寝入りするわけに行かなかったので裁判所経由で督促状を送付したのです。すると、コーストン氏の方から手数料なしで換金するから和解して欲しいと頼んできたので、私もその方がありがたかったので承諾したわけです」
「そういうケースっていうのは多いんですか?」
「私も知らなかったんですがね、債務者が遠方にいる場合、その土地の弁護士に取立て代行を依頼するんですが、普通は弁護士が駄目と言えば泣き寝入りするしかないんですよ。それに目をつけた役人連中はそれを利用して権力とカネの力で弁護士を抱き込むんだそうです。だから役人絡みのクレジットは気をつけろと、仲間からどやされましたよ」
それを聞いてジョンは早速件の弁護士を問い質したところ、コーストンから抱き込まれた事実を認めた。調べたところ、コーストンは他の農場でも同じような不正を行っており、それによって浮いた利益で私腹を肥やしていたことが明るみに出た。
それによってコーストンは懲戒免職となった。ジョンはオグルソープから表彰されたが、コーストンからは当然のことながら恨みを買う羽目になった。
「……ジョン。恩を仇で返すような真似をしおって……このままじゃ済まさんぞ」