プロローグ
「しかし、私が思い上がることのないように、主は私の肉体にひとつの棘を与えられた。これは私を苦しめるサタンの使者である。私は主に、これを去らせて欲しいと幾度も願ったが、その度に主はこう仰せられた。『私の恵みは全てあなたに必要なものだ。そして私の力はあなたの弱さの中に現れる』」
新約聖書コリント人への第二の手紙十二章より
ジョン・ウェスレー師が天に召されてから数年後、ロンドンのメソジスト教会で記念会が執り行われた。私は何気なくそれに出席したのだが、長老のウィリアム・スタインバーグ氏は私を見つけるなり近づいて来て、こんな依頼を持ちかけてきた。
「君はたしか物書きだったね。ジョン・ウェスレーの生涯を纏めて記事にしてくれないかね」
スタインバーグ氏の梟のような眼差しを見て、私は彼の表情に怪訝なものを感じた。「もちろん依頼とあらばお引き受けします。しかし、充分に資料も残っていることですし、あえて私がしなくても……」
たしかに私は物書きである。しかし、ジョン・ウェスレーの伝記を書くにふさわしいとは思えなかった。なぜなら私は大衆向けのゴシップ記者だからだ。ところがスタインバーグ氏は私の思いを見透かしたように答えた。
「ウェスレー師はもちろんご立派な方だった。しかし彼は、女性関係という弱さも持っていた。もちろんそれで罪を犯したわけではないが、やはり彼も神ならぬただの人である証しだ。聖書がダビデの醜聞を包み隠さないように、ジョン・ウェスレーについてもその偉業について記録するとともに、偶像化を防ぐためにも、彼の弱さをきちんと書く必要があると思うのだよ」
私はスタインバーグ氏の真意がよくわからなかったが、ともかく依頼を引き受け、仕事に着手した。調べてみると、彼は潔癖で罪を犯す人でないことはわかった。しかし同時に、女性ということについてはたしかに彼の弱点であることを認めざるをえなかった。
壮年になってもまるで思春期の少年のように恋に取り憑かれ、破れ、やがてはクサンティッペの試練が待ち受けている。確かにスタインバーグ氏の言うように、ジョン・ウェスレーは偉大な宗教指導者であったが、生まれながらに肉的な弱さをも抱いていたのだ。