第1節 ミリーシャ(1)
アリストス聖教国は、大陸西部に領土を持つ一大国家である。
大陸内で最も多くの信者を有する宗教『アリステリア教』の発祥地、そしてその総本山が置かれていることで有名な彼の国は、『聖教国』の名を冠する通り、アリステリア教会の教皇とそこに属する聖職者達によって国の運営が行われている。
アリステリア教の誕生と共に生まれた聖教国の歴史は千五百年と非常に長く、それは他の世俗権力国家では実現し得ない安定した統治が行われていることの証左である。災害に苦しんだことは過去何度もあれど、人を発端とした内乱などは一度も起きたことがない。それはひとえに国民全員が創世神アリステリアという一つの絶対的存在を信奉し、思想や意見の対立なく平穏な日常を築いていることが大きい。そのためアリストス聖教国は、大陸の国々からは別名「世界一平和な国」とも呼ばれていた。
そんな聖教国の西端、未開拓の広大な森の只中に『リベリオス村』は存在している。
人口は僅か百人程で、規模はそれほど大きくない。十三年前に開村されたばかりのため、くたびれた感じは全くないが、それでも全体的にこじんまりとしており、隠れ潜んでいる、と言われても否定できないくらいには慎ましやかな村である。
少女ミリーシャは、リベリオス村唯一の鍛治師・マルクとその妻・イザベルの長子として生を受けた。ミリーシャは美人な母親に似て大変可愛らしい容姿を持っていたが、性格の方は寡黙で職人気質なマルクとも、淑やかで落ち着いたイザベルとも似つかず、好奇心旺盛で気が強い、お転婆な娘として育っていった。
ミリーシャのお転婆具合は大人達も手を焼く程だった。ちょっかいを出した同年代の子供を殴り返して泣かせるのはまだ良い。大人達が最も頭を悩ませたのは、目を離した隙に必ずと言って良い程どこかへ行ってしまう突飛な行動力の方にあった。大人達はミリーシャの姿が見えなくなる度に総出で捜索し、家畜小屋の中で眠っていたり、村近くの川で泳いでいる姿を発見して安堵し、キツく叱るということを何度も繰り返した。
そんな幼少期を過ごしたミリーシャも、今年で十二歳になって大人の仲間入りを果たした。好奇心旺盛で気が強いのは相変わらずだが、成長して分別が身に付いたからか、最近は大人達を困らせるような行動は目に見えて少なくなっていた。
成人したミリーシャは家族や村のために良く働いた。家事や弟妹達の世話、家畜への餌やりに乳搾り、羊の毛刈り、衣類の繕い。多少大雑把でいい加減なところはあるものの、働き者のミリーシャは村の人々から信頼され、そして愛されながら日々を過ごしていた。