第2節 魔女狩りの真実(3)
マリーの言う通り、アンナへの尋問はそれから丁度一週間後に始まった。
この一週間、水のみでまともな食事が与えられなかったアンナの頬は少しばかり痩け、尋問部屋へと引っ張られる足取りはふらついていた。
尋問部屋は土壁造りの牢獄とも、衣服を脱がされた埃臭い部屋とも違い、地上と同じくらいの明るい光で照らされた石造りの小綺麗な部屋だった。部屋の真ん中には木製の机と椅子。アンナは縛られた状態で入り口側の椅子へと座らされ、背後には二名の教会騎士。そして向かいには黒のカソックを身に纏った四十過ぎの男が座っていた。柔和な笑みを浮かべる、人の良さそうな人物である。
「初めまして、アンナさん。今回貴方の尋問を担当致します、尋問官のブライアン=ラッシュフォードと申します」
魔女に話しかけているとは到底思えない丁寧な口調。アンナへの尋問は世間話をするような和やかな雰囲気で始まった。
「まず初めにお尋ねします、アンナさん。貴方には今回、悪魔と契約を交わしたことで魔女となり、この国の転覆を目論んだ国家反逆罪の容疑がかけられています。これに間違いはありませんか?」
「…………はい、間違いありません」
アンナは数秒の沈黙の後、罪を認める発言をした。それが余程意外だったのか、ラッシュフォードは目を見開き、落ちかけた眼鏡を鼻の上に戻した。
「魔女であることを認めるのですか? 失礼ですが、魔女に対して下される刑が例外なく死刑であることは、ご存知ですか?」
「はい、知っています。私は悪魔の誘惑に負け、創世神様を裏切り、魔女となってしまいました。全ては創世神様への信仰心の至らなさ、私自身の心の弱さが招いた過ちです。自分の命で以って、この罪を償います」
「そうですか……」
ラッシュフォードはそう言いながら、ペンを持った手でこめかみを突いて何かを思案する。そして柔和な笑みを引っ込めると、どこかつまらなそうに溜息を吐いた。
「はあ……。普通、尋問の段階では皆罪を否定するものなのだがね。君、牢屋の中で何か入れ知恵でもされたのかね?」
「……いえ、自分の意思で決めたこと、です」
「そうか。まあ私としてはどちらでも良いがね。最初から心が折れている者に苦痛を与えたところで何の面白味もない。一応尋ねるが、君は他の誰かに悪魔の教えを伝えるようなことはしたかね?」
「いいえ、していません」
「よろしい。それでは宿屋店主モーゼスの娘・アンナ。貴殿の罪を魔女行為による国家反逆罪で仮決定とする。後日開かれる法廷にてその罪は正式なものとして認められ、貴殿の穢れた魂は公衆の面前における火刑によって創世神の御下へと還されるだろう。貴殿の行く末に、創世神アリステリアのご加護があらんことを」
定型句のように淡々と述べられたラッシュフォードの言葉を最後に、アンナの尋問は僅か十分で終わった。
牢獄でマリーが言った通り、すぐに魔女であることを認めたアンナは、一切傷つけられることがなかった。後は定められた死の運命に向かって一直線に突き進むだけである。
でも、とアンナは教会騎士に腕を引かれながら心の中で思う。
苦痛から逃れるために死の運命をあっさりと受け入れた自分の選択は、本当に正しかったのだろうか、と。




