13. 近衛夕陽という、男
「……ねえ、近衛夕陽はどんな人だった」
シオンが先に、口を開いた。
それは、それは―――、俺は何と言ったらいい。
シオンは、知っている。俺が近衛夕陽を殺したことを。
そして俺も知っている。シオンと近衛夕陽という人間が、ただの実験体と研究者という関係ではなかったということを。
いわば俺は、シオンにとっての宿敵なのかもしれない。
しかしそれは、俺もまた同じである。
「別に僕は、君を責めるわけじゃない。憎んでもいない。復讐したいとも思っていない」
「だって、彼は知っていたから。君が来ることを」
「―――――」
「君が研究所に侵入した日、僕は、彼と共に研究所を脱出しようとしていたんだ。だけど途中で、僕をかばった夕陽が重傷を負い、僕だけが脱出した」
メモリデータそして、赤いマフラーに小さく付着した、赤い血。
俺の中で、辻褄が合った。
「ねえ、君は本当に近衛夕陽を殺した?」
「――――殺したさ。この手できっちりと」
何を疑う必要がある? 俺自身が、犯行を認めているんだぞ。
それ以上でも、以下でもないだろ。
「この数日、君と過ごして僕は考えた。君は―――近衛夕陽を殺していない」
「君みたいな人間が大好きなバケモノが、まして自分の仲間を、『家族』と称して愛してやまない者を、自らの手で殺めるなんて、そんなことはありえない」
「……殺したのは俺だよ。俺以外には、いない」
俺がそう言い続けるからか、シオンは諦めたようにそれを認めた。
「じゃあ、君が殺した、それでいい。その上で最初の問いに戻ろう。近衛夕陽はどんな人物だった」
そっちの方が、答えやすい。
俺は、率直な感想を述べた。
「……夕陽は、すっごくいい奴だったよ」
俺が笑ってそう言うが、シオンはちっとも納得していないようだった。
「それだけ?」
「頭脳明晰、知識経験が豊富、仕事もできる。気遣いができる。鷹司の次に紅茶を入れるのがうまい」
「だけど、何を考えているのかわからない」
いや、多分、アイツの心はずっと空っぽだった。
「よくいるだろ。成績優秀で、将来の線路までがっしり決まってるやつ。そういうやつほど、自分がない。彼奴は、典型的なそのタイプだった」
毎日、特に何も思ってないし、何も思っていないからこそなんだってこなせる。自分を止めるものはなく、だからどんな仕事だってできる。
俺が殺せと言えば何でも殺すし、俺が研究所にスパイとして潜入しろと言えば、最後までその仕事を全うした。
特に、何もない。
だが。
「俺は、彼奴の大切なものを知ってる」
得意げに言ってやった。どっちも、大切俺の仲間だ。そりゃ、自慢したくもなる。
俺が、シオンの方を向いて言っているのに、こんなにもニヤニヤしているのに、全く気付く様子がないから、はっきり言った。
「お前だよ、お前」
「僕?」
シオンが、疑問そうに言う。
「お前が生まれてから、アイツは明らかに変わった。アイツの中に執着心が生まれた」
上辺だけの母親じゃなくて、ホンモノになった。
母親とか……外から見れば、男が何だと気持ち悪く感じるかもしれないが、それでも彼奴はそれで救われたんだ。
我が子に依存して、死んでほしくないと願って、愛し守り通したいと願って。
最後まで研究所にいたいと、せがんだ。
――――だから、俺が殺すしかなくなった。
いや、そんなことは言わなくていい。
「まあとにかく、そういう奴だったよ。彼奴は」
ふいに、アイツの笑った顔が頭に浮かぶ。
「……なあ、お前にとって、夕陽はどんな奴だった」
今度は俺から、シオンに聞いた。
「僕にとって、かい?」
「ああ、そうだ」
「そうだな」
シオンが、何と言えばいいか悩む。
その時。
――――――――――♪
「……なんだ」
かすかに聞こえてくる音楽。
まるでメリーゴーランドのような、楽しげで悲しげな音楽。
ガタンッと大きな音を立てるエレベーター。
おかしく光っては消える、ボタン。
何か、まずい。
そう思って、一条に連絡する。
「一条、何が起こっているかわかるか!」
『こちらでも、何かはわかりかねます! ですが、前方から何かが衝突を繰り返してこちらに向かっているようです。非難を!」
非難と言われても、避難できる場所がない。ここはただの箱だぞ!
最下層に降りるにはもう少しかかる。
「シオン!」
接続を――――――と言いかけて、俺の言葉は止まった。
大きな手が、エレベーターの扉を貫いて俺を掴んだ。
「プラズマ! 手を!」
シオンが手を伸ばす。
俺も手を伸ばす。
しかしその手はあと少しという所で、遠のいた。
大きな手は俺を引っ張り、どこかへ連れて行く。
シオンひとりを残して。
みなさまこんにちわ!今だ編集作業が終わっていない、夏神ジンでございます!twitterで告知した通り、明日の朝には、新しい話を更新しなければならないのですが……編集作業で出せていない前話がまだあります……今日、あと数話投稿されます……もしこの作品を今日知りました!という方は今日出るつづきもぜひ読んで頂きたいです!
最後に、読んで頂きありがとうございました!ぜひぜひ、ブックマークやコメントなどをしてもらえると嬉しいです!!