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第7話 修行と成長

 合戦の処理を終え、城下へと戻ってきた香織は悩んでいた。戦果を上げるも、まだまだ未熟な部分が多くあったからだ。

 刀の扱いに関しては、この時代で鍛錬した刀技と剣道で培った腕前で、実践では恥じぬ程度には戦えるようになったものの、体力面で不安を感じていた。特に鎧を身に付けての長時間の戦闘は、彼女にとって大きな負担となっていた。

 しかも、香織が着用しているのは総大将としての威厳を損なわないように作られた豪華絢爛な大鎧。その重さは想像を絶するものであり、何かしらの対策を講じる必要があった。


(軽量化でもするか……)


 頼朝から与えられた大鎧を、重いから新しく軽い物に変えるだなんて口が裂けても言える訳ないし、当然そんなことを公言するつもりもない。


(でも、戦闘時は多少装飾を外したり軽量化する位なら許されるのでは?)


 そんなことを考えつつ、香織はうんうん悩みながら道を歩いていた。その隣では景時が、彼女を心配そうに見守っている。


「そう言えば香織殿、頼朝様から新しい鎧が下賜(かし)されるとのことです。屋敷に着く頃には届いているかと存じます」

「え?」


 景時のその一言に、香織は驚きの声を上げ彼の顔へ視線を向けた。

 きっと景時が自分の気持ちを汲んで、頼朝に進言してくれたのだと思い感謝の気持ちを込めて微笑んだ。


「そうか。あの鎧もまだ使えそうであれば、手柄を上げた家臣の褒美にでもくれてやれ。適任者の選定は景時が決めよ」

「承知いたしました。戦を制した香織殿が身につけていた鎧を褒美として賜るなど、大変な名誉でございます。これを貰う者は末代までの宝として誇りに思うことでしょう」


 戦が終わると、景時は香織のことを“総大将殿”ではなく、今までと同じ“香織殿”と呼ぶようになっていた。

 香織は、その親しみある呼び方が嬉しく、戦場での緊張感が和らぎ心が休まるような思いを感じていた。


「よし、寄り道せずに屋敷へ帰るぞ」

「はっ」



 屋敷に到着した二人の前に、頼朝から届いた大鎧が鎮座していた。それは以前にも増して重厚感と威厳に溢れ、もはや芸術品と言っても過言ではない出来栄えだった。見るだけで今までの鎧よりも遥かに重そうなことが分かる。

 香織の顔が引き攣り、足が一歩後ろへ下がった。


「これは……本当に着ることができる鎧なのか?」

「香織殿、これこそが頼朝様の深い信頼の証でございます。どうか、この鎧を堂々と身に纏い、我らにその雄姿をお示しくださいませ」


 景時の言葉に、香織は改めてその鎧を見た。見た目の派手さに反して造りはかなり精巧で、どれだけ手間暇と技術がかかっているのか容易に想像できる。きっと職人は命を削る思いで作ったのだろう。

 そして、頼朝が香織が纏うに相応しい鎧として、こんな立派な物を作らせたことに感謝の念が湧き上がった。

 しかし、重すぎる大鎧を身に纏い、馬上で戦う自分の姿を想像すると不安になる。香織は、この鎧を贈ってくれた頼朝に報いるためにも、その期待に応える義務があると感じていた。


(これは……かなり体力をつけないと無理そうだな)


 香織はしばし鎧を見つめ、その重みと意味を心に刻み込んだ。そして、深く息を吸い込むと、覚悟を決めた表情で宣言した。


「今日限りで、我は女である事を捨てる。頼朝様から賜ったこの大鎧を我が体の一部とし、常に纏い続ける覚悟を持つ」


 その宣言は静かながらも強い決意に満ちており、景時はその覚悟を感じ取り、深く頷いた……が。


「香織殿!? 今何と?」

「これからは、この鎧を纏い日々を過ごす。そして我が力をさらに鍛え上げるのだ。この鎧が我が肉体の一部となるまでな!」


 景時は驚きを隠せなかった。

 鎧を常に纏って生活するなど、その重さを考えると日常に支障を来すとしか思えなかったからだ。


「しかし香織殿、鎧を常に纏う生活は身体に大きな負担をかけるでしょう。どうか無理をなさらず、ご自身の健康もお考えください」

「景時、これは我が決意だ。この鎧を纏い続けることで、我が強さと覚悟を皆に示すのだ。頼朝様の信頼に応えるためにも、我が身を犠牲にしてでもこの鎧を纏い続ける」


 景時は香織の体力を心配しつつも、彼女の決意を尊重することにした。


 その日から、香織は頼朝から授かった大鎧を常に纏い、日常生活を送るようになった。鎧を身に纏うことで体力や筋力が鍛えられ、日に日にその体は男にも負けず劣らずの逞しさを宿していく。

 女を捨てるという言葉通り、褌を身に付け、胸に晒代わりの布を巻き、湯浴みも男の家臣たちと共に行うようになった。男たちの中に溶け込み、生活することも容易になり、悲しいかな、女性らしさに欠ける体型が幸いし、彼女の秘密を知る一部の側近ですら、香織が女性であることを忘れてしまうほどだった……。


 そんなある日、香織は庭先で一人、剣術の稽古をしていた。大鎧を纏ったままの香織の剣捌きは、凄まじい機敏さと力強さを誇るまでになっていた。彼女の華麗な太刀筋は、重厚な鎧に制限されることなく、その存在感を際立たせている。


「香織殿、将軍様がお呼びです。至急、城へお越しくださいませ」

「そうか。すぐに馬を準備しろ」


 香織は刀を景時に渡し、凛々しい姿勢で動いた。その姿は、威厳と風格に溢れている。彼女は一息つく間もなく、汗を拭うため鎧を手際よく脱ぎ始めた。

 景時はその動作の速さと確実さに感嘆の念を抱かずにはいられなかった。


「立派でございます、香織殿。共に参ることを光栄に存じます」

「今更そんなこと言わずとも知っておる。さあ、行くぞ」


 香織は景時の言葉に照れることなく、男らしく威厳をもって返答した。

 そして直垂(ひたたれ)の両肩を脱ぎ、体の汗を拭う。その体には、立派な筋肉が隆起し、逞しい背中が晒されていた。まるで彫刻のように硬く、力強いその筋肉は、鍛錬の賜物であり、背中全体に力強さと美しさが溢れている。

 景時はその鍛え抜かれた背中を見つめ、深い敬意を抱き頭を垂れた。そして、その圧倒的な存在感に感動し、密かに涙を流した。



 香織と景時は城に入り、緊張感が張り詰める広間に足を踏み入れた。城内には重臣たちが集まり、静かな圧力が漂っている。香織は鎧の音をがしゃっと響かせながら、堂々とした姿勢で頼朝の前に座った。景時もそれに倣い、静かに腰を下ろす。

 頼朝の目は鋭く、彼の前に立つ者すべてを見透かすような鋭さがあった。


「一ノ瀬、汝、なぜ戦でもないのに鎧を纏って街を闊歩しておるのか?」


 頼朝が厳しい口調で問うと、その場の空気は一層重くなった。重臣たちの視線が香織に集中する中、景時が一歩前に出て答えた。


「頼朝様、武神の加護を得るためでございます」

「なに?」


 頼朝はその答えに一瞬目を細め、香織の方を見た。香織は景時の言葉に即座に合わせるように口を開く。


「はい、頼朝様。賜ったこの鎧を纏うと、不思議と力がみなぎり、一時も肌身から外してはならぬと感じます。これこそが武神の加護を得るための第一歩かと存じます」

「武神の加護か……面白い。まことに武神のごとき振る舞いだ」


 頼朝の顔に、微笑が浮かんだ。重臣たちがざわめく中、頼朝は香織の答えを気に入り、その場の空気が一変した。


「一ノ瀬香織、前の戦での武功も見事であった。汝を“武神将軍”に任命する」


 驚きと共に周囲の重臣たちがざわめき、香織はその場で新たな地位と責任を与えられることになった。頼朝の声が厳かに響き渡り、その場の空気が引き締まる。


「これからは、武神将軍としてその身に武神を宿し、我らを導くがよい」

「畏まりました、頼朝様。武神将軍として、我が身を捧げ、皆を導きましょう」


 香織の新たな称号“武神将軍”は、その日のうちに全軍に伝えられた。武神将軍、それは武神のごとき戦いぶりで敵を討ち果たす、鎌倉最強の武者。その名は瞬く間に広がり、その力を示す証となった。

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