第6話 総大将、出陣
出陣の準備が整った。香織は頼朝から授かった大鎧を纏い、総大将としての威厳を示しながら馬に乗り、いよいよ出陣の時を迎える。
「景時、準備は整ったか」
「はっ、総大将の命により、いつでも出陣できます」
香織は景時の言葉に頷き、馬上から周囲の兵たちを見渡した。その整然とした隊列と緊張感に満ちた兵達の表情に満足げな笑みを浮かべる。
「出陣だ! 源氏の誇りを胸に、我について参れ!」
「おおーっ!」
総大将の号令に数千の兵が一斉に鬨の声を上げ、戦場へと歩み始める。香織を先頭に、その後ろには精鋭の騎馬武者たちが続き、歩兵や弓兵が整然と隊列を組んで進んでいた。香織の指揮の下、進軍の途中は厳然たる軍紀が保たれていた。
「我が名は一ノ瀬香織、源氏の総大将なり!皆の者、我に続け!」
香織から時折放たれるその声に、兵士たちは応え士気を高める。馬上の総大将はまさに絶対的な存在感を放っていた。
道中、香織の軍勢は各地で次々に兵を加え、最終的には一万にも達するほどまでにその数を増やしていた。
◇
数日後、目的の地に到着した香織は迅速に陣を構えた。彼女はまず敵の動向を探り、その情報を基に参謀達と戦略を立てていく。その戦術は的確であり、無駄のない動きで敵を圧倒するものだった。
「皆の者、敵の動きをよく見て、決して油断するな。指揮系統の混乱を狙い、一気に攻め込むぞ」
香織は家臣たちに指示を与え、戦いに向けての準備を進めていく。やがて、敵陣から斥候が戻り、香織は敵の動きを把握した。
「ゆくぞ、太鼓を打ち鳴らせ!」
太鼓が一斉に打ち鳴らされ、その重厚な音が戦場に響き渡った。それを合図に、香織は軍勢に号令をかける。
「総攻撃を開始せよ! 皆の者、我に続けーっ!」
香織の声が戦場に響き渡り、兵士たちは一斉に前進を開始する。騎馬武者が先陣を切り、槍を構えた歩兵が続く。弓兵たちは一斉に矢を放ち、敵陣に向かって雨のように降り注いだ。
「進め!進めーっ!敵を討ち倒せ!」
香織は自ら馬を駆け、前線に立って敵軍に突撃した。彼女の刀が閃き、敵兵を次々と倒していく。
戦いの続く中、香織は冷静に戦況を見極め、指示を飛ばして部下たちを動かしていく。指揮系統は乱れることなく、着実に敵を追い詰めていった。
「左翼を守れ!右側の部隊を移動させよ!」
戦況が流れに乗ると、香織は馬上から戦況を見守りつつ、時には自ら前線に立って剣を振るう。
敵軍は補給不足と指揮系統の混乱を立て直すことができず、次第に崩壊していった。香織率いる軍は時を刻む毎に一歩ずつ敵陣を侵食していく。
◇
合戦が始まって3日目。両軍の兵には疲労の影が忍び寄り始めていた。しかし、香織はこここそが好機と判断する。
「我が名は一ノ瀬香織、源氏の総大将なり!皆の者、我に続け!腰抜け共とは格の違う姿を見せつけてやれーっ!」
香織の声が周囲に響き渡る。兵達は総大将自らが先陣を切って、自分たちのすぐ隣で戦っている姿に勇気づけられ奮い立つ。
「総大将様が先頭に立って戦っている!遅れをとらず、続けーっ!」
「うおおおっ!」
兵達は雄叫びを上げながら、一斉に戦場へ飛び込んでいく。
「ここは汝らに任せたぞ!必要あらば迷わず我を呼べ!」
香織は兵長にそう言い残すと、自ら別の戦場へと馬を走らせた。
そして、その場に着くや、再び兵達の前で刀を振るい、名乗りを上げる。
「我が名は一ノ瀬香織、源氏の総大将なり!皆の者、我に続け!腑抜けの敵兵を蹴散らし、我らの力を示すのだーっ!」
それは、兵達を鼓舞する戦略。自らが先頭に立って敵と戦い、味方の士気を高める。自分たちと同じ位置に総大将自らが立つことで、兵達は自分たちの総大将がそばにいると実感し、より一層奮起する。一歩間違えば命に関わる危険な戦略ではあったが、香織は自らの責任と覚悟を持って実行した。
「総大将殿に続けーっ!我らの総大将一ノ瀬殿にその力を見せ、その名を刻む絶好の機会であるぞ!」
景時の声が兵達を煽るように響き渡る。その声に応じて、兵たちは一斉に敵陣へと突っ込んでいった。刀を振り上げ、槍を突き出し、前進する兵たちの姿はまさに一丸となって敵を打ち破ろうとするものであった。
香織は馬上でその戦況を見守りつつ、馬を巧みに操り、煽りの声の主である景時の元へと駆け寄った。
「景時、流石は我が軍の参謀であるな。褒めて遣わす。敵陣は崩壊しつつある……日の出前に動くぞ」
「はっ!承知いたしました。精鋭を選抜し待機させます」
景時はこのやり取りで、全身から鳥肌が立つような興奮を覚えた。香織の振る舞い、見事な馬の扱いなど、その一つ一つが総大将として相応しい姿になったことに感動にも似た思いが込み上げた。特にその威厳ある言葉遣いは、かつての香織とはまるで別人のようで、彼の胸に強い印象を残した。
香織は力強く手綱を引き、大鎧に身を包んだ姿で馬上から別の家臣に命を下している。何の迷いもなく堂々と指示を出すその姿は、まさに総大将としての風格を示していた。
景時はその姿を見て、再度心に誓った。やはり次の幕府を率いる人物は彼女しかいない、と。
◇
香織は、夜明け前の静寂を利用して精鋭の部隊をまとると、慎重に敵陣に接近した。薄暗い闇の中で、彼女は最後の指示を与える。
「皆、静かに進め。この奇襲は我らの勝利を確実にする。偽装を施し、吹き矢を使う。油断するでないぞ」
香織の家臣を中心とした部隊は静かに頷き、用意された草や木の枝を取り付けた布を被ると、自分たちの姿を自然に溶け込ませるように偽装した。香織はその先頭に立ち、鋭い目で敵陣を見据えながら山肌を回り込み、敵陣へと潜入していく。布に草や木で偽装を施すことで、部隊は周囲の環境に溶け込み、敵の目を欺くことができた。
いよいよ敵陣に到達した瞬間、香織は兵に合図を送る。彼らは吹き矢を構え、静かに矢を吹き放った。矢は静かに飛び、見張りの敵兵に命中。毒が即座に効果を発揮し、敵兵が次々と無力化されていく。
そして、香織たちはカムフラージュの布を剥ぎ取り、敵陣でその姿を晒す。
「我が名は一ノ瀬香織、源氏の総大将なり!逆らう者は斬る!」
香織の名乗りが闇を切り裂く。その声を合図に、家臣の一人が角笛を吹き鳴らした。すぐにその音を受けた源氏軍が一斉に攻撃を開始し、香織たちのいる場所に敵兵を近づけさせないように全軍で猛突進を始めた。
「突撃せよ!混乱の今が好機だ!」
兵たちが訓練された動きで敵を倒し、次々と前進する。香織もまた、刀を振るって前線で戦い、敵兵を切り伏せていった。その動きは迅速で力強く、まるで舞を踊るかのようだった。
敵陣は混乱し、次々と崩壊していく。香織はその隙を見逃さず、兵たちにさらなる攻勢を指示する。
「護衛を無力化せよ!敵の大将を狙えーっ!」
香織の指示に従い、兵達が敵の大将を目指して突進する。守りの薄くなった敵の家臣達はこの奇襲に完全に不意を突かれ、為す術もなく次々と倒されていく。香織はその中心で、まさに嵐の如き戦闘を繰り広げていた。
「総大将殿!敵の大将が!」
兵の一人が叫ぶと、香織はすぐさまその方向に目を向ける。そこには、混乱の中で何とか逃げだそうとする敵の大将の姿があった。
「逃がさぬ……」
共に戦う仲間を見捨てるその態度に香織は呟く。その声は低く、怒りが滲み出ていた。香織は鋭い目つきで大将を睨みつけ、刀を構えると素早く移動し、その前に立ち塞がった。
大将は見下ろされる形となり、その目に香織の刀がきらりと光るのが映る。
「これで終わりだ。卑怯者の哀れな腰抜けめ」
香織の刀が閃き、冷酷に敵の大将を一太刀で討ち取った。その瞬間、敵陣の抵抗は完全に崩れ去り、残った敵兵たちは四散して逃げ惑った。香織は勝利を確信し、兵たちに最後の指示を与える。
「逃げる敵を追撃せよ!一人たりとも逃がすな!」
兵たちはその指示に従い、逃げる敵を追撃し戦場は完全に香織の支配下に置かれた。
日の出前の香織率いる少数の精鋭部隊による奇襲は、見事に成功し敵陣を崩壊させて勝利を収めた。
◇
戦闘が終わり、疲れ果てた兵たちが戻ってくる頃、朝日が東の空に昇り始めた。朝の光が戦場を照らし始める中、香織とその精鋭部隊が敵陣から姿を現す。彼女の両手には勝利の象徴である敵将と側近の首が握られている。香織はその手を高く掲げると、その背後から朝日が差し込み、大鎧が眩く光り輝いた。その光景はまるで武神のごとき姿であり、見る者の心を奪った。
「我らの勝利だ!皆の者、よく戦った!」
その宣言は、朝日の光を受けてさらに神々しく輝いた。香織の大鎧が光り、その姿が威厳と力強さを同時に漂わせる。兵たちはその神々しいまでの勝利宣言に一瞬息を呑み、次の瞬間には大歓声が上がり大地を揺るがせた。
「おおーっ!総大将殿、万歳!」
兵たちは一斉に歓声を上げ、その声は戦場の隅々まで響き渡った。
中でも一ノ瀬に仕える家臣達は、皆その圧倒的な存在感と勝利の喜びに酔い痴れていた。景時はその場に崩れ落ち、恥も外聞もなく涙を流す。彼の中で、香織こそ最高の総大将であり、彼女に仕えることこそが自分の使命だと改めて確信した瞬間だった。
こうして、総大将としての重責と責任を完璧に果たした香織は、名実共に頼朝に次ぐ地位を確立させたのである。