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第2話 新たな生活と初陣

 頼朝の命を受け、鎌倉の城での生活を始めた香織(かおり)。彼女には女であるにもかかわらず直垂(ひたたれ)が与えられ、源氏の武士として、その道を叩き込まれることになった。

 とても辛く厳しい毎日だったが、突然のタイムスリップで路頭に迷わず衣食住を確保できたことだけでも有り難く、必死に適応しようと努力した。

 また、頼朝の命により香織が女であることは機密とされ、口外することが厳禁とされた。女である事を否定された気がして不満はあったが、この時代の女性が武士の立場になるのは難しいという現実を理解していたため、渋々受け入れることにした。


「風呂やトイレも気を遣わないといけないか……」


 香織は一人呟きながら、周囲に気を配るように生活を始めた。特に夜間、武士たちが寝静まってからこっそり風呂に入るなど、細心の注意を払わなければならなかった。


「大変だけど、皆に迷惑をかけないようにしないと。バレたら私の人生……終わりだよね」


 彼女は自分の立場を理解し、適応するために努力することを心に誓った。女であることを悟られぬよう、誰よりも早く起き、身支度を済ませてから、稽古、弓術や馬術の訓練、そして武士としての勉強と、香織の一日は多忙を極めた。


「一ノ瀬、将軍様がお呼びだ」

「は、はい」


 ある日、香織は頼朝に呼び出された。城内は張り詰めた空気が漂っている。香織は緊張しながらも頼朝の待つ部屋へと向かう。


一ノ瀬(いちのせ)香織にございます」


 教わった通り、部屋の前で正座し、声をかける。心臓が早鐘のように打ち、緊張感が高まる中、襖がゆっくりと開き始めた。頼朝の威厳ある姿が目に映り、香織は緊張しながら深く頭を下げる。


「入れ」


 低く響く頼朝の声に従い、香織は慎重に部屋の中に足を踏み入れた。襖を閉めた家臣が一段低い間へと香織を促す。香織は再び正座し、丁寧に礼を尽くした。


「頼朝様、お呼びにより参りました」


 頼朝は静かに頷き、香織に手を軽く振って近くに座るよう示した。香織はその指示に従い、一段低い間のギリギリまで進んで頼朝の正面に座り直す。


「近隣の村で反乱が起きている。一ノ瀬、そなたの剣術を試すにはもってこいの機会である。(ぞく)を討伐し、村人達を守ってみせよ」

「承知いたしました。必ずや、任務を果たして参ります」


 香織は頭を下げ、力強くその命に答えた。それ以外の選択肢はない。


「まずは一兵として戦に参加し、我の耳にその武勇が届くよう励めよ」


 頼朝から一振(ひとふり)の刀が差し出された。香織はその刀に目を向け、正面で胡坐(あぐら)をかく頼朝に視線を移す。


「武士のくせに刀一振も持たぬのは無粋である。それは一ノ瀬に授ける」


 香織は驚き、それをゆっくりと手に取った。刀はずしりと重く、同時にその力強さを感じさせるものだった。彼女は深く頭を下げ、感謝の意を示した。


「ありがたき幸せ。必ずや、任務を果たして参ります」



 周囲では出陣の準備が着々と整えられ、次第に鎧を纏った武士たちの姿が増えていく。当然、鎧など持ちあわせていない香織は、現代から持ち込んだ剣道の防具を、その身に着ることにした。しかし、動きにくさを回避するため、面と小手は外した姿になる。


「なんだ、その珍妙な鎧は?」


 周囲の武士たちは不思議そうな目で香織を見た。香織は初陣(ういじん)であること、そして頼朝から檄を受けたことを説明した。彼らの目には、現代の剣道防具が奇異に映るのは当然だった。

 香織は自分の防具が、この時代の鎧とは大きく異なることを認識していたが、長年共にし慣れ親しんだこの防具への信頼があった。


「初陣か……それならこれを受け取れ」


 一人の武士が初陣祝いとして烏帽子(えぼし)を差し出し、香織の頭に被せてくれた。黒い烏帽子に黒い防具で全身が黒一色に染まった香織の出陣姿は、他の武士達に強い印象を残す。漆黒の姿が異彩を放ち、彼女の存在感を際立たせている。


「お前、なかなかの気概を持っているな」

「その姿、まるで夜叉のようだ。敵も怯えるに違いない」


 香織は自分の姿を見下ろし、仲間に向け軽く微笑んだ。


「ありがとう。皆と共に戦う覚悟です」

「そうだ、共に命を賭けて戦おう!」


 彼らは香織の真摯な言葉に応え、力強く頷く。彼女の決意は仲間にも伝わり、その心を引き締めた。皆、同じ目標を持つ仲間であり、共に戦い抜くという強い絆で結ばれていることを香織は実感する。


「一ノ瀬、無理はするなよ。初陣の緊張は分かるが、戦場では冷静さが命を守る」


 年配の武士が馬上から優しく諭すように言った。その目には、経験から来る深い知恵と慈愛が込められている。香織はその言葉を胸に刻み、深く頭を下げた。


「はい! 皆の背中を守り、共に戦いう所存です!」

「頼もしいことを言う。頼りにしているぞ、一ノ瀬!」


 香織の心に温かい感情が広がった。その言葉には、仲間としての信頼と期待が込められており、彼女の決意を一層強いものとした。


「見た目はまるで女のようだが、その心は真の武士だな!」


 その言葉に、武士たちの間に笑いが広がった。香織は照れくさそうにしながらも、その笑顔に応えた。そして、仲間たちの笑いが収まると、彼女は真剣な表情で言葉を発した。


「どんな状況でも己の道を貫き、源氏の名に恥じぬ戦をしよう!」

「「おーっ!」」


 香織の力強い言葉に、武士たちは再び士気を高め、全員が奮い立った。


「私は武士として戦うんだ。恐れるな、戦え!」


 香織はそう呟き、己の心を更に奮い立たせる。そして、頼朝から授かった刀を腰に差し、鞘から引き抜く。鋭い刃が日の光を浴び、美しく輝いた。


「本物の刀……使い方を間違えないようにしないと」


 香織はその刀の美しさに、思わず見惚れた。これから、自分がこの刀で命を奪う相手のことを考えると胸が痛むが、それが武士の定めなのだ。彼女は覚悟を決めて顔を上げ、城を背にして歩みを進めた。



 この日、反乱の鎮圧へ向け出陣した部隊は総勢30名。規模としてはさほど大きくはないものの、周辺の村々が被害を受けている。しかし、頼朝のお膝元で反乱が起こされたことは、大きな汚点となる。ゆえに賊は一人残らず殲滅し、その首を頼朝の元へ持ち帰ることが第一の使命だった。香織は初めてとなる戦場の恐怖と緊張を感じながらも、その命感を胸に刻んでいた。


(殺し合い……)


 腰に差した刀の柄をぎゅっと握り、深呼吸する。剣道の試合とは違う……この刀で人を殺すのだ。香織は、その恐怖に負けそうになる心を必死に奮い立たせた。そして、自分の初陣での役割を再確認する。


「居たぞ」


 先頭を走る武士が声をあげた。見ると、武装した賊が農作業を行う人々を取り囲んでいる。香織はその状況に焦りを覚えた。敵はこちらの存在に気づいていない。このままでは、罪もない人々が賊に襲われてしまう。


「突撃ー!賊を討ち取れー!!」


 馬上の頭が叫ぶと同時に、香織は刀を構え、その声に従い駆け出した。


「うおぁあああ!」


 雄叫びを上げ、敵陣に飛び込むと賊の懐深くに潜り込み、刀を横薙ぎに振り払う。ザシュッ! 鈍い音と共に、竹刀で打ち合った時とは全く違った、生々しい感触が手に伝わってくる。香織は歯を食いしばってその感覚に耐え、そのまま刀を振り切った。生暖かい血飛沫が顔に飛び散り、一瞬の静寂の後、賊たちは香織の存在に気づいて悲鳴を上げる。

 香織は無我夢中で刀を振るい続けた。興奮と高揚感が恐怖を上回り、彼女はただ目の前の敵を倒すことに集中していた。その集中力が香織を冷静に状況の判断へと導き、自分の持つ剣の技と、この時代で叩き込んだ刀術が、賊の集団を圧倒していく。


「はあーーっ!」

「ここは俺たちが支配する村だ。誰にも渡さねぇ!」


 香織の気迫に負けじと、賊たちもまさに死にものぐるいといった様子で抵抗した。

 賊の数は多く、武士たちは無差別に村人達にも攻撃をしかけていた。皆、命がけの攻防を繰り広げている事は分かっていたが、香織にはそれが己の信じる道だとはどうしても思えなかった。


『賊を討伐し、村人達を守ってみせよ』


 頼朝から言われた言葉が、香織の頭を過ぎった……


「みんな、一旦退いて! まずは村人の避難を優先!私達が守らねばならないのは、巻き添えを食った村人の命です!私達は源氏の武士!決して誇りを失うなーっ!」


 香織は命がけで戦う武士たちに向け、大声で呼びかけた。突如聞こえた一瞬の言葉……いや、指示にも近いその命令に、武士たちは一瞬言葉を失う……が。


「村人を避難させろ! 武器を持たぬ者は斬るな!」

「賊を左翼へ追い込め! 一ノ瀬、お前の指示に従おう!」


 武士たちはその一言で冷静さを取り戻し、香織の指示に従い行動を始めた。賊を分断するように陣を敷き、村人たちを安全な場所まで避難させるように動く。

 香織はその隙を見逃さず、賊の首魁(しゅかい)に向かって走り出した。


「首魁を倒せば、彼らも戦意を失う!残りの者達は首魁めがけて突撃!囲んで討ち取るぞ!」


 男勝りのその指示は、まさに武士のそれであった。香織の指示に呼応するように、他の仲間達は賊を包囲するように動き出し、首魁を追い詰める。


「一ノ瀬!お前が決めろ!」

「うあぁああ!」


 香織は馬上から叫ぶ武士の声を耳にすると、一気に賊の首魁との距離を詰めて行った。そして……。

 ザシュッ! 香織は刀を振るい、その首を一太刀で切り落とした。その鮮やかな剣技に、周囲の武士たちは一瞬言葉を失い静寂が辺りを包んだ。


「はぁ、はぁ…… 勝った、の?」


 香織は呼吸を整えつつ周囲を見渡した。そして、地面にドサッ! と首魁の首が落ちると同時。


「「うおぉー!」」


 その静寂を破るように、武士たちは(かちどき)の声を上げた。皆、沙織を取り囲むように刀を天高く突き上げ、勝利を喜び合う。彼女の目に村人達が安堵し、笑顔を見せる姿が写った。香織はその姿を見ながら、自分の剣が確かに人々の役に立っているという実感を噛み締めていた。


(これが戦……命のやり取りなんだ)


全身を返り血で赤く染め、死と隣り合わせの戦による異常な精神状態と興奮で、香織は股から小水を漏らしていた。それでも、毅然と立つその凛々しさは、まさに武士そのものだった。

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