-5話 仮定
色褪せたボロボロのベンチにて隣に座る少女は、その質問をされることをまるで想定したかのように、もしくは望んでいたかのように微笑み自分を見つめていた。
普段からそうだが、輪を掛けて何を考えているか読みにくい笑みを浮かべた彼女に見つめられると次第に不安な気持ちが込み上げてくる。
その間にも街灯の灯り一つすらない廃墟の街は、差す影が刻々と大きくなり夕方から夜へ急に移り変わっていく。
しばらくして彼女はおもむろにポーチからランタンを取り出し二人の間のベンチ上のスペースに置くと、それを灯しながらようやく口を開く。
「その反応からすると太陽が東に沈むことにも気が付いているね。昨日の時点で私はこれらのことに気が付いていたんだ。この時計の針が逆向きに進むことも、太陽が東に沈むこともね。くすくす…」
「時計の文字盤に数字は書かれてないから左回りに針が進むのも、太陽が東に沈むのも、異世界だからどちらもあり得ることだと思ったんだが、この世界でも本来は時計は右回り、太陽は東から西にという認識でいいんだな?」
「その通りだとも」
「昨日の時点で気が付いていたのならなぜ今まで黙っていたんだ?」
「どのタイミングで切り出すか迷っていたんだよ。これらがどういうことなのか私にも分からない。それを異世界から来たという君にいきなり伝えても混乱するだけだろうから。一応私自身の考えがまとまってから話そうという意図もあったけど」
「それは確かに混乱するかもしれないけど…」
「君の世界ではもしかしたら時計は左回り、太陽も東に沈むのが当たり前かもしれないかとも考えた。その場合、逆に私が君の世界に来てしまった可能性という別の仮説まで浮上したね。でも君は私と同じですごく驚いてたからおかしくてさ。にしし」
「それで笑ってたのか?俺はてっきり…」
「私がこの事態についてもっと深く関わってると思った?そんなわけないじゃん。私も昨日すごくびっくりしたんだから!どういうこと?ってね。くすくす…」
「はぁ…なんだよ…。それでこれも魔女様の仕業ってか?」
「人間の理解の範疇を超えた訳の分からないことはまずそう考えるのが妥当かな。昨日この時計の反転に気が付いた私はまずこの時計の故障なり、この時計自体が何らかの魔術的なアイテムなのかと思った。だけどその後、東に沈む太陽に気が付いて反転しているのは時計だけではないことを知った。情報を単純に解釈するなら時間が逆行しているということになるけど、そんな魔術の範疇を超えたような現象、素直に信じることはできない。魔女がいくら常識から逸脱した存在だとしても私自身も時計以外の周囲の風景も一見普通に動いてるわけだからそれは流石にあり得ないと思った」
「それじゃあ、いったい…」
「だから私は二つの仮説を立てた。一つはこの場所は私が元居た世界じゃないという仮説。私から見ても異世界、君から見ても異世界ということになるね。それなら太陽が東側に沈むのも説明がつく。それがこの異世界の常識ならね。異世界から来たという君と出会って君の話を信用するなら実際に異世界に移動することが起こりうるということだからこの仮説もなくはないだろう」
「なるほど。それでもう一つは?」
「この街は結界みたいなもので覆われているって話はしたよね?」
「聞いたな」
「結界って普通は地面に対して半円球状に展開するものなんだよ。上側まで覆うようにね。だからこの街が丸ごと何かしらの結界の内部だとしたら、内部から見えている景色はその結界の天井みたいな感じであって、今私たちが見ている空は本当の空ではないって可能性がある。地上部分から見える結界が透明じゃなく黒い色をしているということは上部も何かしらの色や模様があるという可能性。この場合、疑似的な空を私たちに見せている感じかな。そして結界の外には西に沈む太陽が見える本来の空が広がっているのかもしれない」
「ふむ…。その場合だとなんでそんなことしてるんだろうな?普通の結界の天井がむき出しでもいいわけだろ?わざわざ空を再現するにしても普通に西に太陽が沈む空を再現すればいいのに」
「魔法の性質体現の一種かもしれない。私が鍵開けの魔法使ったの覚えてるでしょ?鍵を開ける魔法はその魔法の形自体も視覚的に鍵の形をしている。なぜかというと魔法っていうのは術者のイメージの形が重要になるからだよ。あれは鍵を開けるためのマスターキーを作り出すイメージによって発動するから魔法自体の形もそうなるんだ。逆も同じで炎魔法みたいな魔力をエネルギー変換した魔法の炎は、本物の炎と似た性質を持つ。本物の炎と違って有機物じゃなくて魔力がエネルギー源だからなんでもできそうだけど本物の炎自体のイメージに必ず引っ張られるものなんだ。だから炎魔法で物を凍らせたりとかはまずできないんだよ。そういうイメージは難しいからね」
「つまりこの空も何らかの魔法の性質を視覚的に体現したものだと…」
「反対に回る時計を加味するに時間遡行でもさせる魔法かもね…でもさっきも言った通り時計と空以外は私や君含めて普通に見えるんだよね。街も廃墟というだけで何かが起きているようには見えないし。だから実際のところよく分からない」
「時間遡行ね…その言葉から感覚的に連想するのは何かを元通りに戻すとかそんなイメージだけど。そういう魔法だったりするのかな?」
「元通りに戻す魔法というと回復魔法みたいな怪我を治す魔法がある。あれは端から見ると一種の時間遡行に見えるかもしれない。怪我をする前の状態に戻すわけだからね。むしろ実際に時間を巻き戻してるわけではないけど過去の状態を再現するというのは疑似的な意味合いでは、そう見えるどころか十分に時間遡行魔法といえるのかも」
「回復魔法は十分に時間遡行魔法といえる…か…。ありえないと言っていたことが急に現実味を帯びてきたな…。それでその回復魔法って怪我をしていない人には効果はないんだよな?」
「そうだね」
「この時間遡行魔法かもしれない結界も効果があるものとないものがあるとか、何か効果が出るのに条件があるとかそういうことなのかもしれない。まだ仮定の上に仮説を積み上げているような状態で憶測ばかりだけど、試験的に色々観察してみる価値はあるだろう」
「これ以外にも廃墟の存在自体とか住人の行き先とかまだまだ分からないことだらけだけどね」
その言葉に対し少し黙り込み考えを少し巡らせると次の言葉を口にする。
「廃墟探索だけじゃ物足りないと思ってたところだ。俄然面白くなってきたかな。ここに来たときは混乱してて早く帰りたい気持ちが強かったけどすぐに帰ることは難しそうだと分かって腹を据えたら急にやる気出てきたよ。パズルとか謎解きみたいなの俺の大好物だからな」
「面白い?本気で言ってるの?」
「もちろん」
実際は強がって言っている部分もある。
自分に言い聞かせるような言葉でもあった。
分からないことだらけで油断すると暗い気持ちに傾きかねない現状は少しでも明るい言葉を口にすべきと無意識に思ったのかもしれない。
もしくはこんな場所でも楽しそうにしている彼女に無意識に対抗してしまったのかもしれない。
もし一人でこんな場所でこんな状況ならそんな言葉を口にすることなどできなかっただろう。
ただ彼女と議論を重ねていくうちに根拠はないが彼女とならなんとかなりそうな気がしてきて自然と言葉が口から出ていたのだ。
「くすくす…面白いか…。そんな反応が返ってくるとは思ってなかったよ。そんな君と一緒ならこの謎を解ける気がしてきた」
「思ってたのとは大分違うけどなんだかんだ言って異世界なんてロマンの塊だからな。折角ならもっと魔法とか見てみたいし、謎解きも好きなほうだし考えようによっては面白そうだってな。でも謎なんて解かなくても目的のタロットカードとやらを見つけられる可能性もあるわけでそこら辺はまだ分らんな。とにもかくにも明日も情報収集だってことだ。今話したみたいな仮定の下で色々してみよう」
「くすくす…そうだね。暗くなっても仕方ないし前向きなのはいいことだよ」
そこまで熱心に議論を重ねていた二人は辺りが暗闇に包まれていることにようやく気が付く。
太陽はとっくに城壁の向こう側に隠れ景色は完全に夜になっていた。
「それにしても話し込んでいる間に完全に夜になっちゃったね」
「街は暗闇だけどそれでも空は月と星のおかげで明るいのだけは救いかな」
見上げると星が空を覆いつくし見とれてしまうほど瞬き始めている。
また異世界ゆえか月が二つ出ており夜を青白く照らし出していた。
「昨日は空を見てる余裕なかったけどこんなに奇麗だったんだね」
「内心思ってたことなんだけどさ。余裕なかったっていうけどすごいよね。こんな場所で俺と会うまで一人でいたなんて。普通の人ならそんな状況パニックになっていても不思議じゃないのに」
「別に昨日と今日の二日間だけだけど」
「それでも十分すごいよ」
「慣れているからね。一人なのは。それになんとなく予感がしたんだ。私はこの場所に何か理由があって呼ばれたってこと。こんな廃墟だけどさ………この…………私は…………だなって…」
何かを独り言のようにつぶやいた彼女の声は風の音によって搔き消される。
ふと横を見ると月明かりに照らされた彼女の髪は隣にもう一つの月があるかのように青白く輝き幻想的に瞬いていた。
彼女の抱えているものは分からないが今は無言で何も聞かずに隣でただ同じように夜空を眺める。
その後もしばらくの間、二人は頭上に広がる満点の星空と二つの月を眺め荒廃した街から流れる風を浴びていたのだった。
ここまでで展開や会話が急ぎすぎというか無理やり感がある部分多いので書き直したい。