-4話 胎動
二人は街中の広場にて、ベンチに座り書物類に目を通してみることにした。
ベンチもボロボロになってはいるが地面に座るよりはマシだろう。
広場の中心には噴水だっただろう物があり昔はこの街に住む人々の憩いの場所であったことを思わせるが、今は当然涸れ果てており哀愁を漂わせている。
探索中に持ってきた書物は異世界の言語で書かれているが、なぜだか自分の日本語の知識だけでも内容が理解できることに見つけた時から気が付いていた。
異世界召喚に付き物の言語スキルのようなものだろうか?
最初から異世界の人間と日本語でコミュニケーションできているあたり今更深く考えることは野暮だろうが。
埃を払いながらいくつかの本を見ていくとこの周辺の地理について書かれている書籍を見つける。
その本を捲っては重要そうな部分の内容を概観していく。
ふと隣を見るとコズモスも彼女好みのものでも見つけたのか熱心に何かをつぶやきながら一冊の本を読み込んでいるようだ。
結局分かったことは、この場所は[アディカ王国]の辺境にある[オネイロ]という街であるということだ。
ただしその街がどうして廃墟になっているのかについてまでは当然書かれていない。
何か知っていることがないかコズモスに尋ねてみる。
「私が住んでた国の近くの国でないことだけは分かるけど、どこだかさっぱりだなぁ。当然その国の辺境にある街なんて知るはずがない」
もう少しだけその本を読み込んでいくとこの街の周辺には未知の魔物が出没し、それに襲われて行方不明のものがたびたび出るという事情が書かれていた。
そのため冒険者もあまり近寄りたがらない街であったみたいだ。
ただしこの街の城に住む、魔術師の血筋でもある姫が代々強力な結界を街に張り、維持を続けていたためこの街の中は安全が保たれていたらしい。
「この結界というのは君が見た外への穴がどこもかしこも塞がれていたっていう黒い壁みたいなやつかな?」
「結界は基本的に魔物だけ出入りできないようにするものだし、あれは人間の出入りまで阻むものだったから違うような…少なくとも私の知ってる結界魔法とは違ったね」
「じゃあなぜ俺たちはこの街に閉じ込められてる?」
「それはここに閉じ込められていた人たちも同じことを思っていたみたい。私はここに住んでいた人の手記を読んでいたんだけど最初は魔物の群れが出たとかでより防御を固めるために城門が閉鎖されたみたい。だけどいつの間にか城門には封印が施されていて、別の出入り口を作ろうとしても黒い結界みたいなものに阻まれ完全に閉じ込められた。そしてそのまま二度と城壁が開くことはなかった…みたい…」
コズモスが先ほどから熱心に読んでいたのはこの街の住人が書いた日記らしかった。
「じゃあこの街の人たちは?」
「さぁねぇこの日記も最後は突然途切れてるから。でも少なくとも閉じ込められて住人全員餓死みたいなことではなさそうだよ。この街は飢饉に備えての備蓄がかなりあったみたいで食料はある程度の間大丈夫だったみたい。だけど内部の人間は少しづついなくなっていった…なぜかね。この日記から分かるのはこんなところかな」
「なんだよそれ…そういう魔法があるのか?街を閉鎖して内部の人間を消していくみたいな…」
「心当たりがあるとしたらあれしかない…。何らかのタロットカードを持つ魔女の仕業。でも私たちをここに呼んだかもしれない[世界]の魔女様の能力とも違うだろうから誰か別の魔女の。こんな訳の分からない状況そう考えるのが自然だろう」
「その魔女ってのを詳しく聞いてもいいか?日没前にここから帰りたいって急いでたから詳しく聞いてなかったけどさ」
「この世界に住む精霊の延長線上の存在。それぞれタロットカードっていうのを持っていてそれらに準じた能力を持つといわれてるね」
「俺をここに呼んだあいつみたいな奴か」
「例えば[魔術師]のカードを持つ魔女。彼女はありとあらゆる魔法を使いこなせる存在であって人間からは最強の魔女とも呼ばれてたりする。単体でちょっとした戦争なら起こせるといわれてるからね」
「そこまで常識外れの連中ならこういうこともできる訳か。異世界から人間を呼び出すような奴がいる時点で常識外れだろうしな。でもそういえば俺が最初に見た夢の中でその最強の魔女である[魔術師]のカードを持つ魔女はつまらないみたいな評価されてたけど、[世界]の魔女からさ」
「人間目線と魔女目線で評価が違うんじゃないかな。彼女が最強といわれる所以は扱える魔法の多彩さによるものだから。逆にいえば他の何か一つに特化した能力を持つ魔女目線からだと器用貧乏に映るのかもね。他の魔女の能力はより陰湿みたいだし」
「他のはそんなにやばいのか?」
「能力もだけど対処法とか行動原理が分からないって感じかな。特に人間の精神を蝕むような能力の奴らのね。魔女の仕業か、ある国は突発的に身内を殺すような事件が多発した挙句、王族内でも王妃様が王様も子供も皆殺しにするみたいな意味不明な事件が起きてね。その国の人間は身内すら信用できなくなって散り散りに別の国に逃げ出したから国ごと崩壊さ。そういうよく分からない出来事があったりしたんだよ」
「随分あっさり話してるけどさ…とんでもない出来事じゃないか?」
「昔の話だからね。私の生まれるよりもずっと前。それは[吊られた男]のカードを持つ魔女の仕業だとわれてる。彼女の能力の全貌も対処法も、なんでそんなことをしたのかすら今になっては闇の中さ」
話込んでいた二人だったがそこで周囲が急に暗くなり始めているのに気が付く。
見ると太陽が近くの城壁に半分ほどすでに隠れ始めている。
「やばいな。流石に夜の廃墟を探索なんて無理だろう。今日は諦めるしかなさそうだな」
「昨日一晩私ここで過ごしたけど本当に真っ暗だよ。月明かりの下で探し物なんてとても無理だね」
「そういえば昨日からここにいたんだよな君は…」
「だから私が目を覚ました場所。結構大きいお屋敷なんだけどそこで夜を過ごすのがいいと思う。昨日もそうしたし」
「ここから近いのか?」
「少し歩くけど完全に暗くなる前には着けるはず。ちょっとまってね」
彼女はポーチを漁ると懐中時計を取り出す。
「今が六時過ぎだから急いだほうがいいかもね」
「時計持ってるのか、もしかしてそれも[お目覚めセット]の一つか?」
「まぁ目を覚ましたら隣に置いてあったよ」
自分はコズモスが目覚めたらすぐそばに置いてあったというものに勝手に[お目覚めセット]という俗称を付けていた。
まとめると彼女には[お目覚めセット]として[魔石から食料を生成できるポーチ]、[使用可能な井戸と浄水装置]、[地図]、[魔力で灯るランタン]、[懐中時計]など様々なものが用意されていたことになる。
話を聞くと、目を覚ました屋敷も廃墟ではあるものの、内部はある程度奇麗に掃除されているような状態だったらしい。
まるでそこで目を覚ます彼女のために…。
裸一つで道端に放り出されていた俺とは偉い待遇の違いだ。
これだけ用意周到に色々と彼女に対して用意されているあたり、安易に推測できるのは彼女をここに呼んだ存在が彼女に何かをさせたがっているということだろう。
[食料]と[水]は当分の間ここから離れることはできず、ここで過ごすことを前提としているため。
[地図]や[ランタン]は探索のためのもので彼女にここで何かを探索させたい。
おそらくタロットカードとやらだろう。
[懐中時計]は…。
時計などなくても太陽の位置で大まかの時刻を推測することはできる。
それなのにわざわざ用意されているということは何らかの目的で彼女に正確な時刻を知らせるため。
タロットカードを探すのに時間制限があるとか、特定の時刻が重要になるとかだろうか…?
現状では何を意図して用意されたものなのか推測は難しそうである。
そんなことを考えながら懐中時計を手に取り眺めてみる。
何か意図が読み取れるかもしれない。
その懐中時計は元は金色のメッキが施されていたのだろうが、今はほとんどが剥がれ落ち内側の銀色の金属や錆びついた黒色が目立つアンティーク調のものだ。
背面にはどこかの国の国章だろうか、凝った堀細工がしてある。
時刻を指し示す時針と分針も凝った細工が施されており相当上質なものだと分かる。
文字盤には数字は書かれておらず、その代わりに鉱石のようなものが埋め込まれている。
魔石などを動力に動いているのだろうかなどと考えながら見つめているとあることに気が付く。
「あれ…?今…」
「どうかしたの?」
「見間違いかもしれない…でも…いや…確かに…」
「…」
もう一度確認しようとそれを無言で見つめ続け、あることを確認し終えると彼女に一つの質問を投げかける。
「なぁ…この世界の時計っていうのは…逆向きに進むのか?」
その質問を受けて、今まで感じていた違和感…無意識に異世界だからそういうものかと納得していたこと…その正体である東門の近く、東側に沈んでいく太陽を背景に、彼女は不気味に口元を吊り上げらせ笑みを浮かべるのだった。
登場人物
[魔術師]のカードを持つ魔女:???>あらゆる魔法を操る最強の魔女といわれ、国を相手取って戦えるほどの力を持つとされる。ただし器用貧乏な部分もあり、何かに特化した他の大アルカナの魔女との戦闘は苦手。
[吊られた男]のカードを持つ魔女:???>他者の精神を蝕む能力を持つとされるが能力の全貌は不明。
[世界]のカードを持つ魔女:コズモス>世界自体に干渉する力を持つとされる。