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-1話 遭逢

 遠くで誰かの声が聞こえる。

 そして(せわ)しなく自分の体が揺すられる感覚。

「起きて!おにーさん起きて!もう!起きないとくすぐっちゃうから!」

 遠くで聞こえていたその声はだんだんと鮮明になり意識を無理やり呼び覚まされる。

「んぅ…」

「にししー。やっと起きたねおにーさん。こんなとこで寝てると風邪ひくよ。もしゃもしゃもしゃ」


 やがて目を開けると眼前には視界いっぱいに透き通ったような白い肌とその持ち主である少女の顔が飛び込んでくる。

 病的にと表現しても差し障りのない程に血色の薄い白い肌と白い髪の少女の顔。

 それが自分の顔を覗き込んでおり、何かがぼろぼろと顔の上に落ちてくる。

 彼女の手元を見ると食べかけのお菓子が握られており、その食べかすが彼女の口元から寝ている自分の顔の上に目を覚ます前からも降り注いでいたみたいだ。

「私は正逆[世界]の魔女、世界(コズモス)だよ。それでおにーさんここどこだか分かる?というかなんで路上なんかで寝てるわけ?もしゃもしゃもしゃ」


 人の顔の上で食事をしながら話すな、と少女をいぶかしげに見つつも上半身を起こすと周囲を見渡す。

 周辺には大昔の西洋を舞台にした映画の中の街並みのような景色が広がっている。

 自分が寝ていたのはその街の路上のようである。

 ただし周囲の全ての建物が廃墟のように朽ち果てており、崩れかかった建物と壁面まで伸びた植物のツタなどが視界に飛び込んでくる。

 自分が寝ころんでいた石畳の通路も隙間からは雑草が生い茂っており廃墟のような街並みと合わせ人が住んでいる都市の一部とはとても思えない有様だ。


「ここは?」

「私が聞きたいくらいなんだよねぇ。ここがなんなのかさぁ。どこまで歩いても廃墟だし、城壁が開かなくてこの街から外に出ることもできないんだよ。人っ子一人いないなーって思ってたら路上で寝てる奴見つけてさ、起こしたってわけ。もしゃもしゃもしゃ…」

 彼女は話している間も細長いクッキーのようなお菓子を腰のポーチから取り出すと口に運びながら話すためもごもごと声がこもり少し聞き取りにくい。


「なぁ、君さっき自分のこと正逆[世界]の魔女とか名乗らなかったか?」

「私は正逆[世界]の魔女、世界(コズモス)って自己紹介したはずだけど?」

「…」

 その言葉を聞き夢の中の内容を少しだけ思い出す。

 確か異世界がどうこう…[世界]のカードの魔女が俺に力を貸してくれて…タロットカードを探す…みたいな内容だったはず…。

 ただあれは夢の中の話…とはいえ今の状況はあの夢が関与しているとしか説明のしようがない。

 周囲の現実離れした景色も目の前の神秘的な白い肌をした妖精のような少女の存在も…。

 何より[世界]の魔女と名乗った彼女の言葉は自分の夢の内容を知っていないと発言できないものだろう。

 

「これらの状況から導き出される答え…つまり…まだ夢の中か?」

「にひひ!お兄さんもそう思う?私もそう思ったんだよ、最初ね。でも夢にしてはなかなか目が覚めないんだよね。自分のことを抓ってみると痛いし。私は気が付いたらこの街のお屋敷みたいな所にいて、外に出たらどこまでも廃墟なんだもん。ところでさーお兄さんは何者なの?名前は?どうやってここに来たの?もしゃもしゃもしゃ」

 その問いに対して自分の名前が澄澤誠一(すみさわせいいち)であるということ。君に起こされたらどこだか分からないこの場所にいたことを彼女に伝える。

「そっかー!お兄さんも私とほとんど同じ状況かー!お揃いだね!もしゃもしゃもしゃ」


 自分はまだこの場所が異世界なのか、あの夢が本当のことなのか半信半疑である。

 ただしあの夢がなんらかの事情に関わっている可能性も十分にあると考え内容をそのまま話すことにした。

「なぁ確認したいことがある。さっきまで俺が見ていた夢…もしあれが夢ではなく本当の話なら、[世界]の魔女とやらが俺をここに連れてきたことになる」

「夢?」

「夢の中に女神を自称する女が出てきて、結局そいつはタロットにおける[世界]のカードを司る魔女とか言う存在らしいんだが…。とにかくそいつに俺を異世界に転移させること、選んだカードに対応する魔女を仲間にさせるみたいな話をされて」

「えー!本物の[世界]の魔女様が君をここに呼んだの?だとしたら凄いじゃん!私もそうなのかな?私も会いたかったなー!」


「…それで俺の選んだカードは[世界]のカードだったんだよ。だからその[世界]のカードを司る魔女とやら自身が力を貸してくれるような口ぶりだった。そして目を覚ましたら…」

「[世界]の魔女を名乗る私と出会ったと!」

「だから君も気が付いたらここにいたみたいなことを言っていたけど、何かしら関わっているんじゃないかって…」

「なるほどねー。そりゃその流れなら当然そう思うよね。でも私は名乗ってるだけで本物と関係があるわけないんだけどなー。魔女様に会ったこともなければ当然魔女様たちみたいな特別な力なんてないよ。普通に街で生まれて今まで普通に暮らしてきた普通の女の子だし、名乗りも私がよく言う冗談なんだよ。私のお母さんはこの世界を作ったっていう[世界]の魔女コズモス様の話が好きでね。だから私にも同じ名前を付けたみたいなんだ。その影響で私もコズモス様に憧れて[世界]の魔女と冗談で名乗ったりしてるだけ」

「夢の内容とは関係ないと…」

「想像するに本物のコズモス様はいたずら好きの魔女っていうし同じ名前の私を代わりに呼んだとかじゃないかな」


 彼女の様子を見る限り嘘を言っているようには思えないのでとりあえず表面上は信用することにする。  

 正しくは一時保留で表面上は信用している態度をとるという状態だ。

 彼女を信用しきれないのは彼女の見た目による部分もある。

 彼女は普通の女の子と発言したがその外見から普通の存在ではないのは明らかだからだ。

 改めて彼女の姿をまじまじと見る。


 その人間離れした透明感のある肌と髪は美しいとも不気味ともどちらともいえるような雰囲気を醸し出している。

 身に纏っている白を基調としつつ紫色のアクセントが散りばめられたドレスは紫色の瞳と合わせて大人っぽい様相だが、それにしては無邪気な表情と仕草は年上にも年下にも見える異様な空気間を振りまいており年齢の感覚を狂わされる。

 体つきだけから判断すると実際の年齢は同い年くらいだろうか?そんなことを思いながら眺めていると不満そうに声を掛けられる。


「そんなに頭から足の先までじっくり見られると恥ずかしいな」

「ごめん…そんなつもりじゃ。聞いていいことなのか分からないけど…ここが異世界だとして、君は自分の世界の人とは少しだけ雰囲気が違うというか…その…この世界の人はみんな君みたいな感じなの?」

 あまり女性の見た目のことをどうこう聞くのは失礼だと思うが、彼女の正体を探るためにも人間離れした肌や髪の色についてやんわりと質問してみることにした。

「さっきから思ってたけどコズモスって名乗ってこの見た目なら分かるはずなんだけど、本当におにーさん異世界から来たみたいだよね。少なくとも私と同じ国とか周辺国の人間じゃないのは確か見たいだ。私と普通に話してるし」

「どういう意味?」

「一応あのルモンド家の娘だからね私。ルモンド家は魔力の質が影響してるのかこういう肌と髪の色なんだよ。家名とこの見た目もあって私の住む国では悪目立ちしちゃうっていうか…良くも悪くも私の国では知られてるんだ」

 彼女の見た目は生活する上で色々と事情があるのか少し悲しそうな顔をしながら話す。

 ルモンド家や魔力と言われても自分にとってはなんのこっちゃだが、その表情を見てこれ以上見た目に触れるのは控えることにする。

 

 風によってなびく彼女の髪は日の光に照らされて虹のような色階を作り出す。

 色素の薄い髪は内部での光の反射によって白や銀色に見えるはずだが、彼女の髪は光を反射させずに透過させる特殊な性質なのか白を基調としながらも角度によってプリズムのように違う色に輝いて見える。

 その様子を見て改めて彼女の存在は異世界故の存在であると再確認させられる。


「それでも本物のコズモス様がいたずらだとしても私に目を付けてここに呼んだのならすごいことだよね。光栄だし嬉しいよ。その夢とやらが本当ならね…くすくす」 

 目の前の少女は夢の中で会った女性とは性格も話し方も別人のように思えたが、嬉しそうにくすくすと笑う彼女の笑う声だけは夢で聞いた笑い声に非常に似ているように感じた。

 彼女自身のことについてまだ聞きたいことはあるが、とりあえずは保留にして他に気になることに話を進めることにする。

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