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街へお出かけ.6


 それはやけに赤い肉だった。強いて言えば馬刺しのような。  


(煮込まれて赤くなったのかな? いや、違う。もともとこの色だ)


 なぜなら煮汁はほぼ透明。美味しそうに食べるジークを横目に、えいっと頬張ると意外なほど口の中でほろほろと蕩けた。豚の角煮に近いけれど、脂身はそれより少ない。

 一口目こそ恐る恐る口にしたけれど、あっという間に一切れ食べ終え、もう一切れと手を伸ばす。それを目敏くエドが見つけた。


「それ、美味しいよね。見た目とは違って」

「……見た目と違う」


 エドが残りわずかとなった煮込みをちょいちょいと指差した。


「確かに、あんなに鱗が多く硬そうなのに煮込むと蕩けるような触感になるな」

「うろこ?」


 ドイルが遠い目をし、ミオは瞠目する。


「そうそう、舌をチョロチョロ出す気持ちの悪い顔からは想像でき……」

「いやーー!!」


 ジークの言葉にミオが涙目で耳を塞ぐ。ワナワナと口を震わせ目には涙が溜まる。いったい自分は何を食べたのだとブルブルしていると、騎士三人がクツクツと笑い出した。


「おい、お前達いい加減にしろ『神の気まぐれ』が可哀想だろ」

「いやいや、隊長も乗っかってましたよね?」

「ミオ、大丈夫。これは案外可愛い見た目をしているから」


 そう言われたところで、もう素直に信じないぞとミオはジト目で三人を見る。そこへ追加のエールを持って女将がやってきた。ここは彼女に聞くしかない。


「あの、この肉は何の動物ですか?」 

 

 聞きたいような、聞きたくないような。それでも、白黒はっきりさせたくて問えば、女将はあっさり「一角兎よ」と教えてくれた。


「兎ですか」


 ほっと胸を撫で下ろす。兎は食べたことがないけれど、海外では割とポピュラーだと聞く。それに日本だって兎を一羽と呼び、四足動物ではないと苦しい言い訳をしながら食べていた時期があった。


「それなら大丈夫。これぐらいの、耳が長くて可愛い動物よね、その魔物版なら怖くないわ」


 余裕余裕と、両手で二十センチちょっとの大きさを示すと、ジークが微妙な顔をする。


「ミオ、一角兎は一メートル以上……いや大きい物だと二メートル近くあるし、雑食(・・)だから絶対に近寄っちゃ駄目だよ」

「雑食」


 雑食とはこの場合、何を食べるのだろうか。いや、これ以上聞くのは止めておこう。ミオは思考を放棄し食事を続けることにした。そうでなければ、この世界で生きていけない。


「ジーク達は一角兎も退治するの」

「もちろん。それほど強くないし、肉は高値で売れるから騎士団のいい資金源になっている」

「それって、魔法で仕留めるの? それとも剣?」

「俺とドイル隊長は身体強化魔法を使い剣で、エドは炎魔法を使える」


 エドが手のひらを上に向けると、直径五センチほどの火の玉が浮かんだ。ちょっと得意気に口の端を上げている。


「凄い! 初めて見たわ」


 その言葉にエドはますます炎を大きくするも、ドイルに睨まれ途端それはしゅわしゅわと縮んだ。  


 騎士達はミオを揶揄ったことを口々に詫び、その口調に(あまり反省していないな)と思いながらもミオは許した。


 そのあとは、これは鶏に似ているとかほぼ猪だとか、知るつもりの無かった肉の原型を教えて貰いながら、テーブルの上の肉を一通り口にした。少し硬いものもあったけれど、おおむね鶏肉と豚肉と解釈しておくことに。


 食事も終わりに近づいた頃、ミオはドイルが右手しか動かしていないことに気がついた。右利きだとしても不自然なほど、左腕はだらりと下ろされている。

 その視線に気づいたドイルが苦笑いを浮かべた。


「俺の左手は肘から下がない。不作法は多めに見てくれ」

「そんな。私こそ不躾に見てしまい申し訳ありません」

「気にする必要はない。名誉の負傷だ」


 その顔に悲壮感はく、言葉通り誇りに思っているように見える。悠然と右手でジョッキを飲み干す姿は勇ましく、実際、片腕だけでも若手騎士数人が束になっても敵わない。


「ミオ、ドイル隊長は勇者と一緒に魔王を倒した一人なんだ。左手の傷はその時のものらしい」

「そうなんですか!?」

「ジーク、昔の話だ」

 

 余計なことは話すなと眉を顰められるも、ミオは身を乗り出す。


「凄いですね。それで今は隊長として国境を守っていらっしゃるんですか」

「隊長とは名ばかりだ。何せ右腕しか使えない」


 それでも一番強い。戦いに明け暮れ負傷した身でありながら、なおも国境を守る道を選んだドイルは人望が厚い。


「勇者様とドイル隊長、二人で魔王を倒したのですか?」

「いや、あと二人。魔法使いと回復魔法を使える者がいた」


 おぉと、ミオは心の中で叫ぶ。まさしくこれぞ異世界。


「それで残りの三人はどこにいらっしゃるんですか?」

「回復魔法使いは王都にいて怪我人や病人を助けている。魔法使いは王都に戻る途中に姿を消した」

「消した、とは?」


 行方不明ということだろうか、まさか誘拐ではないわよね、とミオは首を傾げる。

 ドイルは、ほとほと困ったとばかりに大きく息を吐いた。


「そういう奴だ。よく言えば自由、悪く言えば協調性がない。王様に挨拶なんて面倒だと言って転移魔法でトンズラした」

「なっっ」

 

 それは些か、いや、かなり自由すぎるだろう。少し羨ましくもあるが、残されたメンバーは大変だっただろうと、ドイルの眉間の皺を見ながら察する。


「大変でしたね」

「まあな。しかし、何が恐ろしいかって、全員がそうなることを予想していたってことだ」


 その境地に至るまでの苦労たるや如何程か。

 残された者は、驚きよりもやっぱりかと思ったらしい。


「それで、勇者様はどうしているんですか?」


 おそらく一番の功労者であろうその人物のその後だけドイルの口から出てこない。

 当然の問いなのだが、ドイルは暫く言葉を詰まらせ次いで遠い目をした。なんだか哀愁漂う、しかも微妙な表情だ。


「……あいつは、凱旋するなり勇者として持て囃され、さらに見目が良かったからわんさかと女が寄ってきたんだ」

「それは……喜ばしいことのように聞こえるのですが」

「怪しい贈り物をされ、魅了魔法をかけられ、媚薬を盛られてもか? ま、あいつが注目を集めてくれたから俺は助かったが」

「うっ、災難ですね。それで、勇者様はどうされたのですか?」

「最終的にブチ切れていろいろ拗らせ、魔女同様姿を消した。恐らく、自分の素性を知らないど田舎で呑気に酒を飲んでいるんじゃないかな」


 どんな拗らせ方をしたのだろう。不憫すぎる。


 あらかた食事が終わったところで、最終の辻馬車の時間だとジークが言い、二人は慌てて噴水へと向かった。馬車の中で、もう一度ヤロウ軟膏を作る日を確認し、ミオの初めての街歩きは無事に終わった。


街歩きはこれでラスト。明日から軟膏作ります。

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] お姫様と幸せになりましためでたしめでたしじゃないその後は大体そうなるよねって意味じゃあ、色々拗らせて表舞台から姿消して平和な世の中謳歌してるだけならいいよね…。 ライブアライブの勇者ハッシュ…
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