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第十三話 両親と君と

「あ、コーラル様! こんにちは!」

「こんにちは。怪我はどう?」

「うんっ、もう治ったよ!」

「そう、よかったわ。走って転ばないようにね」

「はぁい!」


「コーラル様じゃないかい、顔を出して行ってちょうだいな」

「ごめんなさいね、今日はゆっくりできないのよ。また寄らせてもらいますね」


「おう、嬢ちゃん。これ持って行きな」

「まあ、ありがとう。不便はないですか?」

「お陰様でな。よくやらせてもらってるわ」

「それは良かったわ。また近いうちにお願いしたいこともあるの。改めて伺ってもいいかしら」

「嬢ちゃんの願いならいくらでも聞くぞ」

「ふふ! 頼りになるわ」


 街を歩けば、コーラルはあちこちから声をかけられている。復興のために様々な施策を行い、また自らの足を使って現場を確かめ、民の声を聞いて来たからなのだろう。

 朗らかに笑顔を振り撒き、子供から老人まで幅広く交流をはかっているようだ。


(──俺には見せない顔だ)


 身勝手な関係を強いていることも、彼女を緊張させてしまっているのも自らの責任だと分かっている。彼女は彼女に与えられた役割を十分すぎる程に勤めてくれているというのに。

 ジェイドは、コーラルの事を何も知らない。


「……君は、何が好きなんだ?」

「え?」

「何か欲しいものはないのか?」

「と、特には……」

「遠慮はいらない」

「……必要なものは全て用意していただいておりますので……」

「そう……か。君は……俺に、何も求めないな。いや、そうさせたのは、俺なんだろうが……」


 分かっていた事なのに。自覚した途端に胸の辺りから湧き出て来たモヤモヤとしたものが、焦燥感を駆り立てる。


 ジェイドの母は、元々身体が弱かったのだという。辺境伯夫人として、更にはアルベルティの血を継ぐ者として、健康な身体は何より大事なものだ。だからこそ彼女が嫁入りする時には周囲からの反対が大きかったという。しかしそれらの声を無理やり黙らせてでも、彼女でなければ結婚もしないし子も成さないと宣言したのが父だ。

 父は母と出会い、ひと目で恋に落ちた。竜騎士としての仕事はしっかりと務めていたが、逆に言うとそれ以外のことは全てを妻に捧げていたと言っても良いだろう。愛情深い人だったのだ──()()()()は。

 ジェイドは竜騎士としての父を尊敬してはいたけれど、親としての愛情を向けられた記憶はひとつもない。抱き上げられた記憶もなければ、頭を撫でられたこともない。アゲートと契約するために激しくぶつかり合い大きな傷を負った時でさえも、僅かに目を顰められたくらいだ。物心つく頃には、ジェイドは父というものに対する愛情も期待も諦めていた。むしろ最初からいなければ、期待を裏切られたと落ち込むこともなかったのではないかと思う程に。

 2人目の子を宿し、母はより一層伏せるようになった。父はそんな母の側に出来うる限り侍っていたが、隣国との関係が悪くなり、どうしても竜騎士として出なければならない場面が増えていた。一応そちらの面では責任感もあったのだろう。せめてもの救いだ。


 母は、父がそうして戦地に行っている間に死んだ。


 父は愛すべき者が死に、生きる目的を見失った。幸にしてこの地では、死に場所など探さずともそこら中に転がっている。

 ただひたすらに妻が待つ家へ早く帰るために戦っていた男は、死ぬために戦うようになった。結局は妻の元に行けるのならば場所など関係なかったということだろう。望み通り、父は死んだ。幸せな人生だっただろう。分かりたくもないが。


 アルベルティは竜騎士の一族だ。初代のグラジアノが竜と盟約を結び、加護の力を得たという。これが、この国で伝わるアルベルティの逸話だ。それは間違いではないが、だからといって全てというわけでもない。

 アルベルティの当主にのみ伝わる事実がある。竜との盟約とは一体何なのか。なぜ強大な力を持つ竜が、我が家の血族にだけは力を貸してくれるのか。


 グラジアノと契約した竜は、()だったのだ。

 種族を超えて愛し合った2人の間に生まれた子。それがアルベルティの一族だ。ただ愛する子孫たちを助けたい、その者たちが住む地を守りたい。その一途な愛が、何百年と続いている。

 元々竜は唯一の伴侶としか番わない、愛情深い生き物だ。その血がそうさせるのだろうか、アルベルティ家の者達は皆『この人は』と決めた相手をとても大事にする傾向が強い。そうと聞けば良いことのように思えるが、何事も行き過ぎれば毒にもなる。独占欲で伴侶を閉じ込めてしまう者。嫉妬心から殺傷事件に発展してしまう者。

 そして、伴侶を失って、狂ってしまう者も。

 父としての愛情を感じたことはない。愛する者が生んだ、愛する者の血を引く人間。蔑ろにするわけではないが、かといって自らの子供だから大事にするだとか、そういう思いはなかっただろう。竜騎士として、領主として尊敬はしていた。自分自身を見て欲しいと願ったこともあった。しかし、それが叶うことはついぞなかった。

 これはアルベルティの()()なのだ。呪われた一族──その通りだと思う。その呪いは、ジェイド自身にも流れているこの血の中にも受け継がれているのだろう。


 怖かったのだ。自分が父のように狂ってしまうのが。怖かったのだ、自分のように、愛されない子供が産まれてしまうことが。

 だから、誰も愛さなければ良いと思っていた。竜騎士としての仕事も、領主としての仕事も、やりがいを感じている。アルベルティの一族として血を残す必要はあるけれど、そこに愛は必要ないだろう。仕事と同じ、一族の勤めとして義務を果たすのみ。

 都合よく見つけた契約相手であるコーラルは、パートナーとして非常に優秀であった。いささか自分自身を蔑ろにする傾向はあったが、真面目でひたむきで一生懸命だ。10も年上のこんな醜い傷を持つ男に嫌な顔ひとつ見せないで。


 彼女が、綺麗すぎたから。真っ直ぐにこの目を見つめてきてしまったから。

 ドレスの一着も、宝石も、なにひとつ欲しがることはない。彼女自身を金で買ったのは自分だというのに、彼女の心を金で買うことは出来ないのだ。

 見ていれば、見ているほど。近付けば近づくほど。触れれば、触れるほどに、欲しくなる。

 金で買った、俺の妻。そう、彼女は既に、俺のものだというのに。

 俺は、君が欲しくて堪らなくなるのだ。


 情が湧くのが嫌だったのに。呪いに飲み込まれるのが怖かったのに。

 愛さないでいようと思った時点で、きっともう──手遅れだったのだ。



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