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核で気候変革を皮算用する悪の組織の話(8000文字版:ラジオ大賞4)

これはあくまでフィクションで、本文内の「説明」の正しさについては全く保証しません。特に核や放射能・権力者の心理に関する説明には、筆者の希望的妄想が多分にあり、間違いも多いかと思います。そのまま引用・再利用すると大火傷を追いかねません。

本文の内容の引用・再利用による不利益・トラブルに対して筆者は一切責任を負いませんのでご注意ください。


あと、大陸地形が鍵となるお話なので、特定の国名については実名で出しておりますが、これはあくまでエンタメですで政治的意図はありません。著者自身は、これらの国々の政治や戦略の事情を尊重し、それに対しての好悪を表現するのは差し控えたいと思います。


『ウチらは未曾みぞうの危機にひんしている』

ボスの言葉に

『コロナはまだしも、戦争があかん』

と副頭が補足する。

「せっかくの根回しが……」

と俺も嘆いた。行政や保険会社などに金と人を送り込むのにどれだけ苦労した事か。


このままでは、長年ながねんかけてはぐくんだ新型シノギが頓挫する。


- - - - - - - - - - - - -


俺たちが何処の組かって?

いや、組だなんて大層なものじゃない。単なる地域の顔役だ。


通りすがりのチンピラやパパラッチ、昨今だと迷惑レポーターなどから地元の人間を守り、川の東西間のもめ事を収め、ついでに質屋で一時的な金の立て替えもする。それだけ。


交通の便の悪い街というか集落群だから、専業なの副長と俺ぐらいで、あとは兼業の連中だ。ボスですら地域理事とかいう名誉職との兼業だ。


しかし、それだけだと、いつかは広域暴力団に目をつけられて、ヤクだの闇金だので街ごと食い物にされてしまう。

危険は暴力団だけではない。いつだったか、どこかのカルトが「研修施設」を作る候補地として、俺たちの村を調査したことすらある。


だからこそ、対抗出来る力を付けるべく、新型シノギをはぐくんだのだ。

調整役は俺。高校・大学と街を出て、結果的に幅広い人脈を作った俺が、うまいこと、このビジネスに潜り込めた。


新型シノギ。それはヒーロービジネス。


悪役の破壊活動とヒーローによる阻止を「たまたま」完全撮影していた者たちの動画や証言により、メディア展開するのだ。

我々は悪役。破壊からの一連バトルを独占的に高画質記録化できるから。


証言、映像、ゲーム化等の利益で賠償金を払っても黒字になるし、再建で儲かる地方ゼネコンや、「聖地巡り」でもうかる観光産業からの還流金もシノギになる。

「破壊跡をモニュメント化すれば世界遺産入りできるかも?」

とは副頭の言葉だ。


候補は縄張り内のシャッター街。負動産と化した温泉リゾート別荘群も狙い目だ。


そんな野望を止めたのが2つの戦争だ。

ヒーローものの売りである「破壊映像」は、平和な世界だからこそエンタメになる。戦争での破壊映像が毎日更新されては、「破壊商売」は成り立たないのだ。戦争はインフレをも引き起こす。財布のひもが固くなって、観光も復興も後回しになりかねない。


駄目だ。

不動産破壊などというチンケな破壊では、メディアで映えない。もっと、どでかい破壊でないと……。


- - - - - - - - - - - - -


悩みの中から生まれた「悪」の企画が、ユーラシアを物理的に東西分断する計画だ。


具体的には、欧州とアジアの境付近に位置する、西シベリア低地からカスピ海までに、南北に沿って深い穴を沢山掘り、そこで世界中の核兵器と弾薬を集めて爆発させる。


深い穴とはいえ、そこかられ出る残留放射能で、ロシアの東西交通と物流が分断されるだろう。

物理的な分断は、意思疎通の分断を生む。場合によっては、対立にすら発展する。


俺たちの街がまさにその例で、川を挟んで西と東と意見が食い違うのは日常茶飯事で、だからこそ、俺たちのような顔役が必要となる。

実は小中学校ですら、西と東でクラスが異なるのだ。その方が対抗意識による団結で、学級経営が楽になるから。


ここまでが表向きの理由で、個人的には、もっとデカい「破壊」が起こる事を期待している。

小松左京の日本沈没に感動した俺は、その科学的設定である日本海側の地殻プレート分断の代わりに、ユーラシア地殻プレートの分断を夢見ているのだ。


爆破する場所は、インド亜大陸がぶつかる北西側で、ヒマラヤ造山活動に見るような、マントル対流圧力がかかっているから、あわよくば破壊跡の亀裂が拡大してユーラシア大陸ごと真っ二つになるかもしれない。なんせ、3億年前はヨーロッパとアジアに分かれていて、それがぶつかってウラル山脈が出来たのだから。


その時に形成したのがパンゲア超大陸(北のローラシア超大陸と南のゴンドワナ大陸)だが、それを構成する7各大陸(アジアとヨーロッパは別々の大陸プレート)の中で唯一分裂しなかったのがユーラシアで、それが分断されるのであれば、温暖化なんか吹っ飛ぶほどの大事件だ。


史上最高に格好かっこ良い「破壊」ではないか!


しかも、そのために、世界中の核爆弾・核弾頭を盗むのだ。ついでに使用済み核燃料も。

それは核保有国にとって「絶対悪」。

いや、核保有国だけでなく、環境団体にとっても絶対悪だろう。なんせ、地下深くとはいえ、大量の核を爆発させるのだから。


「悪活動」としてこれ以上のスケールはないだろう。


核大国や良心的な人々から追われるとはいえ、二重基準先進国に抵抗している国々からは支援を受ける可能性が高い。

それどころか、二重基準先進国からも支援を得られるのではないか? なんせ、地下爆発の候補地はロシアなのだから。あ、カザフスタンも掘るけど、そっちはおまけで。


ついでにいえば、核大国の娯楽メディア産業も支援してくれるかもしれない。


要するに、表向きは絶対悪だが、陰の支援が力強いのだ。まさに「しのぎ」ビジネスの鏡だろう。


俺はそう説得した。


- - - - - - - - - - - - -


とんでもない話に一瞬、唖然あぜんとしていたボスだったが、すぐに正気を取り戻して、

『おい、どうやって、大量の穴を掘るんだ?』

と聞いてくる。


「最新のボーリング機って、小さいので大量に準備出来るし、それでいて2kmぐらいなら簡単に掘れます。何なら、地下探査している鉱山会社から……」

と、はぐらかす。


遮るように、副長が顔をいかめさせて、

『じゃなくてや、カザフはともかく、ロシアで、そんなん、こっそり出来けへんやろが』

と詰め寄ってきた。俺だって同じ説明を受ければ同じように問い詰めるだろう。


「別の餌でトップを説得します」

そう、公認させればよいのだ。甘い成果をちらつかせて。


『ロシアマフィアに渡りを付けて、原油だの核戦争への秘密基地だのの名目で政府高官を買収するつもりか?

 お前の考えそうなこった。 だが! 連中に借りを作るとヤバいって分かってるんか?!』


そうなんだよねえ。だからロシアマフィア経由は止めようと思う。

「原油だの秘密基地だの名目は、あくまで名目で、トップの補佐クラスに対面する機会を得さえすれば、なんでも良いのです。それならロシアマフィアを通さなくてもどうにかなるでしょう?」


ボスも副長もきょとんとしている。

「ボス、あの国は、スターリンの頃から、いや、その前の皇帝サマの頃から、絶対権力によるトップダウンですぜ」

そう切出して、俺は作戦の肝を語った。



北極海とカスピ海を海抜ゼロメートルで繋げば、現在海抜下-33メートルのカスピ海の水位が上がり湖が広がる。つまり蒸発量も増える。当然、偏西風の風下に当たる東側の雨が増えて、草原が耕作地になるし、シベリアもやや温暖になる。アラル海だって復活するだろう。


技術的にも可能だ。

このあたりはユーラシア大陸の中でも特に低地で、オビ川流域の西シベリア平原に至っては、昔は海だった可能性すらあるのだ。日本のように山脈が横たわっている訳じゃないのだ。


例えば、オビ川流域とアラル海流域の分水嶺に近いクシュムルン湖(Kushmurun)の標高がわずか103メートルだ。アラル海とカスピ海の間も標高100-200メートルの砂漠しかなく、現代技術なら、海抜ゼロメートルの人工海峡でカスピ海まで繋げるのは不可能ではない。

千年以上前の随ですら、黄河から揚子江まで大運河を作れたではないか。


もっとも、ここまでなら、西シベリアに耕作地が出来る他は、カザフスタンの利益しかない。


「ついでに、カスピ海を黒海に繋げれるユーラシア運河の話を出します……」

俺はそう締めくくった。

「……高低差のある運河でなく、海抜ゼロメートルで繋げる人工海峡なら、地中海やインド洋の暖かい海水が、西シベリアに向かって流れ始めるでしょう。偏西風ではなく単純な熱膨張の原理で。そう説得します」

実際にどんな海流が流れるかは知らない。トップを説得できれば、それで良いのだ。


ロシアを縦断する暖流。それによる温暖化と耕作地の拡大。


『たしかに、暖かい気候はあの国の悲願じゃな』

『名誉心をあおりよる。悪くないで』

ボスと副長も続けて相づちを打った。

「はい、絶対権力の国では、目先の選挙のために政策をぶれさせる必要がありませんから、大規模な土木事業が可能です」

古くはピラミッドや万里の長城。今ではGAFAによる新技術開発やマスク氏による再使用ロケットや宇宙通信網。


絶対権力まで成り上がったトップが次に夢見るのは、歴史に語り継がれること。新政策や大プロジェクトはそれに相応しい。

それは一種の賭けで、失敗のリスクもあるが、成功したら、アポロ計画ケネディや大運河(随の煬帝ようだい)のように代々語り継がれる。


そんなトップには、20年後・30年後のバラ色を見せると食いつくかも知れないというのが俺の考えだ。


北の大国に見せるべき夢は、温暖な土地。

自国を温暖にして雨を降らせ、農業大国として世界の食を牛耳れば、ロシアで代々語り継がれる功績となろう。


ソチが最高級別荘地なのはオリンピックが示す通りだし、ウクライナ戦争では、穀物・飼料の提供が、global southを敵に回さない鍵であることも示された。だからこそ、欧米になんと言われようとも、南の暖い旧属領・穀物のとれる旧衛星国を手離さない。50年後に売国奴と言われないために。


「偉大な指導者」という意味では、砂漠を大規模に緑化する効果のほうが世界的インパクトが大きい。なんせ、砂漠化対策だけでなく地球温暖化対策にもなる。二重基準先進国の環境団体だって褒めざるを得ないだろう。


- - - - - - - - - - - - -


ここまで説明すると、副長が

『おい、その工事をロシアのトップがやるっちゅうなら、アイデア料と土木工事の斡旋料だけでも儲かるじゃろうが』

と不思議そうな顔で突っ込んできた。


「そりゃしょうですが、ホントにバラ色の未来になるか分からんでしょ? 大規模な地形改変なんて、副作用があるに決まってるんです。その時にトカゲの尻尾として切られるのがオチじゃあ、ないですか」

ついでに、土木なんかの利権が絡むとロシアマフィアも相手にしなきゃならない。そんなの、おちおち怖くて寝てられない。


だからこそ、この「夢の未来」を潰す悪役・ヒーローものをやる訳だ。


ロシアとカザフをその気にさせた上で、そういうパラ色の未来を台無しにする。

具体的には、大型土木工事に前に必要な地質調査でボーリングする際に、こっそり、より大きくより深い穴を掘り、そこに爆弾だのを放り込むのだ。放射能で付近は通過出来なくなるし、人工海峡も頓挫する。



その悪と戦うヒーローはスポンサーから募集する。ヒーローは爆弾投下には間に合わないが、軌道スイッチの破壊には成功するという流れだ。


それでも一部、破壊に間に合わない穴が複数あって、放射能汚染ゆえに、そこを大きく迂回しないと人工海峡が作れない。

しかも、その穴はロシアの東西物流の要所の近くで、それで欧米は大喝采するという流れだ。


まあ、ロシアの事だから、力ずくであたらしい物流路を作るか、放射能を無視してプロジェクトを進めるだろうけど、それは知ったこっちゃない。破壊役を選んだ段階で、俺たちはトカゲの尻尾から、コウモリに変身しているのだから。


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規模が規模だけに、同業の敵対組織とも呉越同舟で協力し、組織をあげて、オビ人工海峡プロジェクトに邁進した。


爆弾を盗んだり、地下ボーリングの偽装工作では、ハニートラップ・ダーリントラップからの賄賂経路の確立や、人工海峡経路の青写真入手などの怪盗要素もなども加える。ハニートラップはもちろん入念に映像化する。


さらに、最終的にロシアを邪魔するという名目で、西側の核管理者の内通者を加えて、ダミーの核弾頭とこっそり入れ替えてもらう。


話の流れで、蒸発量増加の恩恵を受ける中央アジアや中国、果てはイランまで巻き込む事になった。

イランは世界有数の山岳国家で、ペルシャ湾からカスピ海に抜けるルートは3000m級、4000m級に山ばかりなのだ。


しかし、楽天的な中国人が

『日本人でもリニア工事で山の下を潜っているんだから、俺たちにだって出来る』

と、地下人工海峡を言い出したのだ。

見返りはイランの石油。


カスピ海から直接インド洋に抜ける海路は、イスタンブールに出口を押さえられているロシアにとっては、極めて軍事的に有用だ。

それは、ウクライナ戦争で、軍艦類のイスタンブール通過をトルコに止められたロシアが痛切に感じている。

しかも中国がこれをするという。


そのあおりで、黒海とカスピ海を結ぶ人工海峡の話は立ち消えとなった。



一方、肝心のオビ人工海峡は、別に海水を引き込まなくとも、オビ川の豊富な水をアラル海に流せば良いのでは、ということで、支流のイルティシ川>トボル川>ウバガン川>トゥルガイ谷沿いに、分水嶺をまたいで約1500kmを掘るだけという規模に大幅縮小した。


地図:オビ川水系

挿絵(By みてみん)

著者作製のフリー素材


オビ川の水源は、そのほとんどをカザフスタン側の山脈に発しているで、その水を山脈の南の砂漠に戻すという発想だ。

支流のイルティシ川>イシム川に至っては、上流がカザフスタンの首都を通っていたりする。


簡単に済ませるなら、イシム川の途中にあるルジャビンスクで河道を南向きに付け替えればよいが、それだけでは水量が不十分なので、オビ流域とアラル海流域の分水嶺の一番低い所を流れるウバガン川沿いで人工川を作るのだ。


ついでに、ウバガン川自体は過去の鉱工業で汚染が激しいので、汚染地域を避ける形で人工水路を作ることになる。



目処となる深さは、水面標高40メートル。

これは現時点でのアラル海の水位と同じだが、干上がった部分を10メートルほど浚渫しゅんせつするだけで、昔のアラル海の面積が復活するのだ。

浚渫しゅんせつと、淡水の流入で塩分濃度も下がるから、その分、蒸発量も増えるという算段だ。


余った水については砂漠の灌漑かんがいに直接使うらしい。


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結果的に、人工海峡や人工川のほとんどはロシア以外の国で作ることになった。

そうなると、ロシアを目の敵にしていた「悪役スポンサー」が降りてしまう。それは「しのぎ」の利益の大きなロスと共に、核爆弾が入手困難になった事を意味した。

つまり、計画自体を潰すという当初のアイデアは実現困難ということだ


それでもだ。ヒーロー VS 悪の組織の実写にというエンタメ要素の部分だけなら、まだ利益確保の可能性がある。しかもロシア側の工事区間がないわけではない。


「悪役スポンサー」の中には、核爆弾や使用済み核燃料をロシアの地下深くに事実上廃棄すること自体に意義を見いだしているところもある。

核の盗難というショックを核保有国に与えて核政策・原子力政策の変更を迫りたいと思っているグループもあり、そこを通し核弾頭等も少しは手に入る。

計画を聞くに、偽物ダミーとこっそり入れ替えて、俺たちの計画が完遂した際に入るであろう調査でダミーとに入れ替わりを発見するような手はずとのこと。


かくして、我々悪の活動も大きくスケールダウンした。

穴は二カ所。その両方に核爆弾と使用済み核燃料を大量に放り込み、一応埋め戻し、人里離れた方の一カ所目で爆破を成功させる。


話題になった後に、交通の要所であるクルガン市の近くの二カ所目は正義の味方に危機一髪防衛してもらう。

クルガン市はイルティシ川>トボル川沿いにあり、最寄りの大都市(といっても250km離れているが)に、2013年の大隕石で有名なチェリアビンスクがある。


そこを狙えば、十分にインパクトがあろう。


ちなみに、イランの人工海峡計画への悪役は、イスラエルが完全に乗っ取って、俺たちの出る幕は全くない。表向き推進役の俺たちが下手に参加したら、暗殺の得意な右派シオニストにマークされかねないからだ。


- - - - - - - - - - - - -


ヒーローである警察や軍から、辛くも逃げ切り、爆破自体は成功した。二カ所目で、戦闘の末、爆破装置を残して逃げるというオープンエンドの形で。


だが、組織を上げての作戦は失敗に終わった。動画を機材ごと税関で「ロシアでの撮影」として、著作権ごと接収されたからだ。手配した送信屋がヘマしたらしい。


俺の方は組織以上にヤバい。未だにロシアで足止めを食っているのだから。

オビ川の人工分流計画の裏交渉役として、爆破跡の原状回復法と、計画の修正実行のために引き止められたのだ。


どうやら、人工分流は元の計画どおりに作られるらしい。

水の供給のコントロールをロシア国内に置く事で、カザフスタンの将来の離反を防ぐ為とか。


それは、既に撤退した悪役スポンサーが望んでいたロシア弱体化の逆であり、俺は結果的にロシアに利した裏切り者ということになる。

もしも日本に帰国したら、ウィキリークスのアサンジ氏のように、欧米の公安や警察に狙われる事を意味する。最悪は死、運が良くても懲役10年。

どうやら腹をくくるしか無いようだ。最善で日本文化に近い東アジアの親露国に身を隠すというところか。



爆破から1週間後、俺は現地視察に連れて行かされた。表向きは自主的に、爆破計画の張本人である事を疑われないように。


先ずは爆破さえていない二カ所目。

起動システムは完全に死んだことを確認した上で、腐食剤を流し込んで爆弾としての機能をとめ、そのまま、使用済み核燃料の地下最終処分に近い形で埋めてある。もちろん完全ではないから、放射熱が漏れ出るが、放射線自体は、地下水を含めて地上にはほとんど出て来ない。


人工分流計画に支障がないことを確認したあと、爆破された一カ所目に向かう。

そこが、過去の地下核実験よろしく地面が盛り上がり、元々穴があったところだけ小さなクレーターになっていた。

そこを中心に多くの亀裂が走り、そこから表面の水が地下にもぐっているせいか、地面自体は乾燥している。


そんな光景だが、地表の放射線レベルは、防護服無しでも立ち入られるだ。

爆破が地下2kmと、標準的な核実験の5倍ほどの深さだったお陰だろう。

爆弾と一緒に廃棄した使用済み核燃料のほうも、入れ物も爆破で損傷したものの、地下深いので地表放射能レベルはそこまで上げていない。放射能レベルは、ラジウム温泉の倍程度か。

定住には若干のリスクがあるかもしれないが、訪問程度の被曝は問題ないらしい。


ふと見ると、複数の穴から微かに湯気が出ている。思わず俺は

「あそこに水を流し込んだら、放射能を薄めつつ、お湯を作れません?」

と案内の通訳に尋ねた。


使用済み核燃料が厄介なのは、プルトニウムなどの放射性物質を含むからだ。

放射線というエネルギーが他の物質にぶつかると、エネルギーの一部は、ぶつかった対象に放射性を与えるのに使われるが、かなりの部分は短い時間のうちに熱になる。


だからこそ、地球の内部は高温になって、その熱がマントル対流と地殻プレートの移動を引き起こして、それが地震だの火山だのを引き起こすのだ。


ということは、ここの地下2km下も高温のはず。さすがにそこは放射能が高いだろうけど、地下1kmぐらいなら十分に高温でかつ放射能もそこまで高く無いだろう。

その熱で地下水を温水に変えるのだ。


冬の寒いこの地では、暖房の為のお湯は非常に有り難いものだ。多少の放射能付きでも、飲用やシャワー用にさえしないなら、鉛を使った配管で暖房に使える。


しかし、俺の本当の目的は暖房なんかじゃない。数多くある亀裂のどこかから、温泉が出てくることだ。

湯気とともに、俺は硫黄の匂いを感じたのだ。そういえば、ここは非常に古い山脈に近いから、太古の造山活動時の硫黄が冷え切った状態で眠っていてもおかしくはない。


- - - - - - - - - - - - -


トボル温泉。

ラジウム温泉程度の放射能はあるものの、それを除けば、眺めも人の少なさも最高の温泉だ。

温泉の名前は、元々流れている支流の名前からとった。


お湯に使っているのは俺だけではない。

他にも人工分流を進めてきた主要人物が集まっている。


他に、例の動画を接収された送信屋の姿もある。どうやら、ヒーローvs悪役の、温泉オチの動画は、ロシア向け編集後に映画化されて、大いに売れたらしい。

俺たちの組織の名前を出さなかったことから「個人のよる撮影」と表向き見なされて、利益の還元という飴を出されたらしい。

まあ、俺も人の事は言えないが。


温泉には、もっと意外な連中もいる。

元「悪役スポンサー」の主要人物達だ。


確かに、彼らが提供した核物質でこの温泉が成り立っているのだから、彼らにも権利はあるだろう。

しかし、彼らの多くはロシアの弱体化を望んではいなかったか?

なのに、人工分流を進めてきた主要人物たちと歓談している。


温泉でリラックスすると闘争本能を失うのは日本人に限らないらしい。


偶然とはいえ、核兵器を温泉に変えた俺は

『ユーラシアの真ん中に温泉を作って平和を叫ぶ』

ヒーローとなった。


もっとも、金儲けのチャンスを失って組織が潰れた。平和では食っていけないらしい。

組織の後ろ盾を失った俺の田舎が守られるか非常に心配だ。


でも俺は田舎に帰れない。

新たなプロジェクト

『世界中の核弾頭をこっそり偽物に入れ替えてこっそり廃棄する』

の陰リーダーに祭り上げられてしまったから。

俺自身は、田舎さえ平和なら、世界がどうなろうと知ったこっちゃないのだが……。



後日談:

核弾頭も使用済み核燃料も、ダミーと入れ替わった事に、いまだ誰も気付いていないらしい。調査は入ったものの、それは紛失したかどうかだけで、中身までは調べるなかったらしい。放射性物質だから、近づきたく無かったのだろう。それで、腹を立てた元「悪役スポンサー」は、どうせバレないなら、全部こっそり廃棄すれば、世界はこっそり平和になると思ったそうだ。これに、温泉で気を良くした水路推進の連中が、よい多くの「深いボーリング調査」に賛同したらしい。

あとがき


この作品は、2023年12月の『なろうラジオ大賞4』(1000文字超短編)に「温泉で平和を」の題で出した作品に肉付けしたものです。


参考

大陸移動

www.youtube.com/watch?v=jbXCCXmJQBQ

地図:

www.worldometers.info/maps/kazakhstan-map/

www.worldometers.info/maps/russia-map/

commons.wikimedia.org/wiki/Category:Maps_of_the_Ural_Mountains?uselang=ja#/media/File:1943_German_military_map_-_Deutsche_Heereskarte_Ost-Europa_-_Zusammendruck_Nr._2.jpg

en.wikipedia.org/wiki/Irtysh#/media/File:Irtysh_river_basin_map.png

ウラル山脈

en.wikipedia.org/wiki/Ural_Mountains

オビ水系の河川

en.wikipedia.org/wiki/Irtysh

en.wikipedia.org/wiki/Ishim_(river)

en.wikipedia.org/wiki/Kurgan,_Kurgan_Oblast

en.wikipedia.org/wiki/Ubagan

河川の水質

www.env.go.jp/earth/coop/coop/c_report/kazakhstan_h17/japanese/pdf/008.pdf

アラル海

en.wikipedia.org/wiki/Aral_Sea



元の超短編は以下に載せます。

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「ウチらは未曾みぞうの危機にひんしている」

ボスの言葉に

「コロナはまだしも、戦争があかん」

と右腕が補足する。

「せっかくの根回が……」

と俺も嘆いた。行政や保険会社などに金と人を送り込むのにどれだけ苦労した事か。

このままでは、長年ながねんかけてはぐくんだ新型シノギが頓挫する。


俺たちが始めようとしているのはヒーロービジネスだ。


悪役の破壊活動とヒーローによる阻止を「たまたま」完全撮影していた者たちの動画や証言により、メディア展開するのだ。我々はもちろん悪役。破壊からの一連バトルを独占的に高画質記録化できるから。

「メディア展開っちゅう奴か」

右腕からお墨付きを貰った。


証言、映像、ゲーム化等の利益で賠償金を払っても黒字になるし、再建で儲かる地方ゼネコンや、「聖地巡り」でもうかる観光産業からの還流金もシノギになる。

「破壊跡をモニュメント化すれば世界遺産入りできるかも?」

とはボスの言葉だ。


候補は縄張り内のシャッター街。負動産と化した温泉リゾート別荘群も狙い目だ。


そんな野望を止めたのが2つの戦争だ。ヒーローものの売りである「破壊映像」は、平和な世界だからこそエンタメになる。戦争での破壊映像が毎日更新されては、「破壊商売」は成り立たないのだ。戦争はインフレをも引き起こす。財布のひもが固くなって、観光も復興も後回しになりかねない。



悩みの中から生まれた企画が、ユーラシア分断計画だ。


ロシアが暖い旧属領を手離さないのは、ロシアが寒いからで、ならばインド洋と北極海を繋げて暖流を流せばよいのでは。そんな発想から生まれた。


ユーラシアはインド亜大陸がぶつかりつつあるから、南北に深い穴を数カ所掘って、世界中の核兵器と弾薬をそこで爆発させてひびを入れれば、亀裂は広がる。俺はそう説得した。


そのために世界中の核兵器を盗む。これぞ「悪の組織」ではないか。

海流を通せれば東側の砂漠も森林や耕地に化けて、温暖化対策にもなる。スポンサーにも困らない。


組織を上げての作戦は失敗に終わった。残された穴から熱湯が出ているが、温暖化を促すほどではない。しかも硫黄の匂いと、ラジウム温泉程度の放射能入りだ。



温泉でリラックスすると闘争本能を失うのは日本人に限らないらしい。核兵器を温泉に変えた我々は、結果的に

『ユーラシアの真ん中に温泉を作って平和を叫ぶ』

ヒーローとなった。


だが、もう遅い。金儲けのチャンスを失って組織が潰れたから。平和では食っていけないらしい。


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