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葛藤

人間、誰かを好きになるとその人の欠点さえも愛おしく思えるものだ。その逆もまた然り。相手に対して葛藤や嫌悪を感じるようになれば些細なことさえ気になってしまう。何とも思っていないときは気にならないことでもいざ相手に葛藤を覚えてしまうとやることなすこと気に入らなくなってしまう。


今の私の状態だ。


私は今公爵家のお屋敷の大きなダイニングテーブルでアレックス様の目の前に座ってディナーを頂いている。

今日は婚約パーティーの最終打ち合わせのため両親が公爵家に訪れたのだけど、せっかくだからディナーを一緒にと誘われたのだ。だから急遽私も呼ばれ今この席にいる。


話に花が咲くお母様たちとは対照的に私とアレックス様は今日もほとんど会話が無い。ただもくもくとフォークを口に運んでいる。


こちらを見ることもなく目を伏せるアレックス様は今日も美しい顔をしている。モヤモヤしているだけだった時はまだキレイだなくらいにしか思っていなかったけど葛藤し始めてからはその陶器みたいに美しい肌に対してもイライラしてしまう。何なのよその綺麗すぎる顔は?!私は毎日磨いてもらってお化粧してもこの程度なのに、素肌でこの美しさって何なの?嫌味なの?いっそのことソバカスの一つでもあればまだ好感も持てるだろうけど。


ナイフを持つ手もフォークを口に運ぶ仕草も長い睫毛もすっと通った高い鼻梁も薄い唇もほんのりピンク色に色づいた頬も何もかもが気に入らない!


・・・・ん?ほんのり色づいた頬?まだ初夏だというのに熱いのかしら?

ってそんなことどうでもよくて!!とにかく何もかもが気に入らないの!というか一緒の空間にいるだけで食欲がなくなる。


思わずはあっと大きなため息をつくと、楽しくおしゃべりしていたはずの公爵夫人がこちらを見ていた。


「べルティーナさん、料理はお口に合うかしら?」


「ええ、とても素晴らしいお食事ですわ」


私があまり食べていないのを見て心配して下さったらしい。アレックス様が目の前にいるから食欲がないだけで本当に食事は美味しいのだ。私は慌ててそう答えて魚のテリーヌをナイフで切り分けて口に運ぶ。


うん。美味しい。

残してしまうと美味しくなかったと勘違いされそうなので無理やり口に運び続けた。


「それは良かったわ。もし苦手なものがあったら遠慮なく言ってね。来年の今頃はあなたもここに住んでいるのだから」

「ぐっっ」


朗らかにそう言う公爵夫人の言葉に口の中のものを吐き出しそうになってしまった。慌てて飲み込むと変なところに入ってしまいゴホゴホとむせた。


「あらあら、ベル大丈夫?ゆっくり食べなきゃだめよ?」


むせたことにも子ども扱いされたことにも恥ずかしさを覚えながら小さくはいと返事をした。


「け、結婚式の日取り決まっていたのですね?」

「あら?婚約した時、挙式は来年の春にって決まったのよ。詳しい日取りはこれからだけれど婚約パーティーの時に発表することになっているの。アレックスから聞いてない?」


聞いてない!婚約した時ってそこそこ時間が経ってるじゃない。言うチャンスはいくらでもあったでしょ!手紙のやり取りだって何度かしてるよね!?もしもここで聞いていなければ自分の婚約発表で結婚時期を知るところだった。オソロシイ・・・


色んな気持ちが入り混じって自分でもどんな顔をしているか分からない私は目の前のアレックス様をキッと睨みつけた。そうすると少しバツの悪そうな顔で


「申し訳ありません。失念しておりました」


と一言だけ言った。私は思わずポカンと口を開けて止まってしまった。

失念て何??公爵令嬢との未来だけ見てたから私のことはどうでもいいっていうこと?怒りを通り越していっそ呆れてくるわ。諦めたような軽蔑したような目でアレックス様を凝視する私の表情に気づかないのか公爵夫人が朗らかに話しかけてきた。


「アレックスったらべルティーナさんと婚約できたことで浮かれていたんでしょう。でも大事なことは伝えなければだめよ?」

「ええ、そうなんです。すみませんでした」


俯きがちだった顔をパッと上げてアレックス様はそう言った。しかも先ほどよりも頬の赤みが少し増している気がする。


いやいやいや!絶対うそでしょ!!っていうかほっぺを赤くしてるって乙女か!キモッ!!

美しいご尊顔に対して思う言葉ではないことは重々承知だけれど、どうしても気持ち悪く思えて仕方がない。でもこんな状況を作り出したアレックス様に責任があるわけだから私のせいではないはずだ。というかそう思いたい。

でも両家が揃うこの場所で声を荒げたり非難したりすることなどできるはずもなく。


「そんなに私のことを想ってくださってとても嬉しいですわ」


とニコッと笑って言った。我ながら大人の対応を頑張ったと思う。睨みつけたことは別として。するとアレックス様はまた視線を下へとずらしてしまった。


さっきから下ばかり見てるけどそんなに下に気になるものがあるの?こちらをほとんど見ないことにも苛立ちが募るけれど見られたら見られたで気持ちの悪さが助長されるから見てほしくない。我ながら矛盾しているとは思う。


でも、そうかー。婚約したんだからいずれは結婚するのは当たり前なことで。早い人だと婚約から3ヶ月から半年ほどで結婚してしまうらしいし。ほぼ1年時間を取ってくれたのは心の準備をさせてくれるためかしら?なんて自分に都合のいいことを考えつつ食事を続けた。


その後特に問題が起きることもなく食事会は終わり、帰りの馬車の中。お父様が今日の打ち合わせで決まったことを教えてくれた。主に当日の流れだ。

婚約パーティーは来週公爵邸で開かれること、ドレスはもう準備してあるからそれを着てほしいということは事前に聞いていたが、それ以外のことは聞かされていなかった。


当日は国の主要貴族、両家の仕事関係の方々や私とアレックス様の学友などたくさんの人が参加するらしい。立食パーティー形式で最初に公爵様が私たちの紹介をしてくれて、その後二人で挨拶回りをするらしい。考えるだけでも胃が痛くなりそうだ。

不安そうな顔になっている私に気づかない様子でお父様がそれと、と話を続けた。


「明日の夜、マリンガム侯爵家主催の夜会にアレックス様の婚約者として参加しなさい」

「えぇっ明日ですか?」

「伝え忘れていたそうだ。色々とお忙しい方だから理解して差し上げなさい」


伝え忘れ多くない?もしかして単に忘れてたんじゃなくてわざとなんじゃ・・・・

たとえお飾りでも自分から求婚してきたんだからもう少し大切にするべきでしょ。


ガタゴトと揺れる馬車の中から移り行く景色を眺めながら小さくため息を吐いた。

その様子をお母様がじっと見ていたことにも私は気がついていなかった。

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