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きっかけは些細で大きなこと

アレックスの過去のお話です

人を好きになるのは些細なことがきっかけだったりするものだ。俺にとっては8年前のあの日。


当時8歳だった俺はリンネイルに嫁いだ伯母上の生誕祭を祝うために隣国を訪れていた。

それまでは幼いからという理由で屋敷で留守番だったが、その年は社会勉強のためという名分でリンネイルに行けることになった。でも社会勉強というのは建前で、伯母上が成長した俺に会いたいと言ってくださったらしい。どんな理由にせよあの家を離れる口実ができただけでもありがたかった。家にいるとあの家庭教師が来るから・・・。


まだマナーも十分ではない俺は生誕祭のパーティーには参加できないけれど個人的に時間をとって下さるとのことだった。でもそれはパーティーが終わった次の日。生誕祭は3日間行われるので謁見できるのは4日後ということだった。


生誕祭が行われている間はすることもないので、帝都にある図書館で帝国の歴史やマナーなどを勉強することにした。一日でも早く公爵家の跡取りとして必要な教養を身につけなければという強迫にも近い使命感に駆られていた当時の俺はそうするのが当然だと思っていた。


帝都一の蔵書量と広さを誇る図書館には人の気配がなくがらんとしていた。生誕祭のパーティーは貴族しか参加できないものの街中では祭りが行われ庶民の多くが参加するそうだ。華やかに装飾された街並み、活気づく屋台。そんなお祭りムード一色の中で図書館に籠る者など俺くらいだろう。

そう思いながら本棚から帝国偉人列伝などの分厚い本を数冊手に取り、静まり返った空間で一人本をめくり始めた時突然声をかけられた。


『こんにちは。とっても難しい本を読んでいるのね』


それがベルだった。帝国語で話しかけられたので、帝国人だと信じて疑わなかった俺は幼いころから叩き込まれてきた帝国語で返事をした。


『なんだお前、僕は勉強しているんだ、見てわかるだろう。邪魔しないでくれ』


思い出しながら自分を殴りたくなる。天使のように可愛いベルにあんな態度をとってしまうなんて。当時の自分が本当に許せない。

彼女はそんな失礼な俺の態度にその翠の瞳を一瞬見開いた後、怒ることも怯むこともなく、穏やかな笑顔で言った。


『私の名前ベルっていうの。だからお前じゃなくてベルって呼んで。ねえ、あなたの名前は?』

『・・・・・アル』


拒絶されたにも拘らず無邪気に話しかけてくる彼女に面食らった俺はつい自分の名前の愛称を答えてしまっていた。

最初こそ相手にせず勉強を続けようとしていたものの、ころころと百面相のように表情を変えながら話しかけてくる彼女の姿にいつの間にか勉強の手を止め話に聞き入っていた。


日が傾き始めたころ、帰るねと言い残し彼女は護衛らしい人と一緒にパタパタと出て行ってしまった。その日はもう勉強する気になれず俺もそのまま帰った。次の日もその次の日も俺は図書館へ行った。勉強半分彼女に会えるかもという期待半分。

彼女はそのどちらも来てくれた。そしてまた二人で他愛のない話をして過ごした。


両親がパーティーに参加している間お祭りに行きたいとねだったけれど、人が多すぎて護衛できないと許可してもらえなくて残念だったこと。今は親戚の家に遊びに来ていること。本が好きで、帝都の図書館ならと許可してもらえて嬉しかったこと。小さな頃から王子様とお姫様が出てくる絵本を繰り返し読んでいること。


彼女は自分のことをたくさん俺に話してくれた。その中でも俺と同じ8歳だと聞いた時は驚いた。絵本が好きだというから絶対に年下だと思っていた。それを彼女に伝えると


『だって最後王子様が百合が咲くお庭でお姫様にプロポーズするところ素敵なんだもん!お姫様のドレスもとってもきれいでしょ?女の子はこういうのに憧れるものなの!』


そう言ってずいっとプロポーズのシーンを描いたページを見せてきた。図書館に来てまでその絵本を読んでいるらしい。この図書館、絵本までおいてあるのか。


『ふーん・・・・っ』


受け取ってページをめくろうとしたところでシュッと指を切ってしまった。指に赤い線が入る。血が流れるほどではないもののなかなかに痛い。


『アル大丈夫?!大変!』


お気に入りの絵本で怪我をさせてしまったことがショックだったのか彼女が泣きそうな顔で俺の手を取った。突然手を握られて呆気にとられていると切れた指にそっとあてがわれた彼女の人差し指がポウっと光った。それはまごうことなき治癒魔法。傷が治ったことよりもこの国に魔法が使える人間が存在することが驚きだった。


驚いて声を出せずにいる俺に彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて『内緒にしてね』と小さな声で囁いてきた。やはり人に知られるのはまずいことらしい。俺は小さくこくんと頷いた。

ニコッと笑った彼女はその日はそのまま帰っていった。


俺の人生を変えるほどの出来事があったのは3日目の午後。あの時彼女が言ってくれたことが今でも俺の支えとなっている。


『アルは誰よりも努力家で素敵な人よ』


たった3日。たった3回会っただけの彼女が俺の世界を変えてくれた。それはただのきっかけに過ぎなかったかもしれないけれど、そのきっかけが無ければ今の俺はなかったと思う。


でも当時の俺は幼くて。恥ずかしくて何も言わずその場を去ってしまった。次の日伯母上への謁見を済ませた後急いで図書館へ行ってみたけれど彼女の姿はなかった。そして彼女に会えないまま帰国することになり、とても心苦しかった。どうしてももう一度会いたかった俺は帰国した後も父上の伝手を使って彼女を探したけれど、ベルという名前と貴族らしいということしか分からず彼女を見つけ出すことはできなかった。

長くなるので区切ります

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