二人でお茶会
突然の求婚から2週間ほどで国王陛下の了承も得て私はアレックス様と正式に婚約した。婚約パーティーは社交シーズンが始まってからにするらしい。その前に一大イベントである社交界デビューが待っている。社交界デビューは卒業パーティーから1ヶ月半後に行われ、毎年それをもって社交シーズンの幕開けとなる。
卒業パーティーは社交界デビューの予行演習のような位置づけで、練習したことを忘れないために敢えて卒業とデビューの期間を短く設けてあるのだそうだ。でも準備する方も大変で、卒業パーティー用のドレスと同時にデビュー用のドレスの準備、挨拶の練習にダンスの練習、お茶会に参加しての社交の練習などするべきことが多くある。それに加えて私は婚約パーティーの準備まである。それはもう目が回る忙しさだ。
男性にとってもデビューの挨拶こそしないもののその日をもって社交界入りする人も少なくなく、卒業パーティーはそのための大事な練習の場なのである。アレックス様も正式に社交界入りするのは私のデビューの日なのだそうだ。こなれてる感じがするから少し意外だった。
そんなバタバタと準備していたある日、二人でお茶でもと誘われ彼の屋敷にやって来た。侍女が出迎えてくれ、案内されるままついて行った。どうやら庭園に行くらしい。
入り口には緑のアーチが置かれ、彩を添えるように色とりどりの薔薇が咲き誇っている。美しいアーチを抜けた先にはうちの屋敷の2倍はありそうな広い庭園があった。きれいに整えられた低木の通路を抜けるとぽっかりとあいた空間に美しい彫刻が置かれた噴水があり、その周りには季節の花々が美しさを競い合うように咲いている。あまりの美しさに私は思わず感嘆の声をもらした。
「素敵。まるで絵本の中にいるみたい」
大好きでボロボロになるまで何度も読み返した絵本の中にもこんな庭園があった。王子様とお姫様が出てくるお話で、苦労したお姫様が王子様と出会って幸せになるのだ。最後に王子様がお姫様にプロポーズするところは何度読み返しても感動した。正直今でも少しウルッとくる。恥ずかしいから誰にも言わないけど。
王子さまがお姫様の為に作った庭園で片膝をつきお姫様の手を取って『誰よりもあなたを愛して幸せにします』とプロポーズするシーンが描かれたページは読みすぎて特にボロボロになってしまっているほどだ。
ここは絵本の中に入り込んだのかと思えるほどにそっくりだった。
もしかしたらここがモデルだったのかも?なんてそんなことあり得ないわよねー。
なんてことを思いながら侍女についてさらに歩いていくと、景色が一番良い場所に造られた東屋に案内された。
そこにはお茶の準備をした侍女が数人いて、まだアレックス様は来ていないようだ。待っている間先に出してもらったお茶に口をつけると、とても香りが良くほんのり甘かった。そうしてアレックス様が来るまで絵本の中のお姫様になった気分で見事な庭園を眺めていた。
・・・・・・・・・・・・・
「見事なお庭ですわね」
「ええ、庭師が手入れしていますからね」
「そ、そうですか。腕の良い庭師さんですわね」
「そうですね」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
少し遅れてやってきたアレックス様とお茶とお菓子を楽しみながらお話をと思っていたのだけれど、何を聞いてもこんな感じ。気まずい沈黙が流れるため必死に会話が続きそうな内容を考えてみた。
「あ、あのウェールズ様は、、」
「もう婚約したのですからアレックスとお呼びください」
「あ、はい。あ、アレックス様は文官様になられるそうですね?」
「ええ、そのつもりです」
貴族の子息は学園を卒業すると何らかの役職に就くことになっている。経験を積み人脈を広げることで爵位を継いだ後の領地経営を円滑にするためだ。爵位を継いだ後役職を降りることもあれば次男三男のように続けるものもいる。
中でも騎士団、特に魔法師団は功績が立てやすく女性受けもいいため人気の職業で、庶民からも志願する人が多いとか。だから魔法も得意なアレックス様が文官になると聞いた時は驚いた。何か理由があるのかと疑問に思い話題にしたのだ。理由の一つでも話してもらえれば会話が続くのではないかという打算も含まれている。
「魔法もとてもお強いのに魔法師団には入団されないのですね」
「・・・・文官ではだめだとでも?」
「い、いえ。そういうわけでは・・・すみません」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
びっくりするほど険しい顔になったので慌てて謝罪して『きっと誰よりも優秀になられるでしょうね』とおべっかを述べてみたものの『そうですか』と短く返されただけだった。
しまった、地雷だったようだ。気まずい空間をさらに気まずくしただけだった。
そして再び訪れる沈黙。婚約前は口数は少なかったけれど物腰は柔らかだったというのに婚約した途端にそっけなくなってしまった。釣った魚には餌をやらないってこと?いや、釣り方にも色々問題があったな・・・っていうかまだ婚約しただけで結婚してないから正確には釣りきれてないけど。
よく考えてみると物腰は柔らかくても言動には問題がありすぎる。
でもそんなことよりも私にとっては会話が成立しないことが本当に苦痛だった。前世の父がまさにこんな人だったから。父とまともに会話をしたことなど数えるほどしかなかったと思う。
続かない会話と度々訪れる沈黙に耐え切れなくなり目の前のカップに手を伸ばす。
沈黙が流れるたびお茶を飲み続けた結果もう何杯飲んだか分からなくなっていた。紅茶もお菓子も最初は美味しかったけれど今では味がしない。
水分でタプタプのお腹に無理やりお茶を流し込みながら、いつまでこんなことを続けなければならないかと思っていた時、侍女が慌てた様子でアレックス様に何かを伝えに来た。
耳元で囁かれた言葉を聞いた瞬間、切れ長の濃紺の瞳が見開かれた。
一体何の話かしら?随分驚かれているようだけど。
そんなことを考えていると慌てた様子で突然ガバッと立ち上がり、
「急な用事が入ったので失礼します」
とだけ言い残しさっさと行ってしまった。
突然のことに戸惑いはしたもののこの苦痛から解放されたことに心の底からホッとしつつ、庭園で迷子にならないよう侍女に馬車まで送ってもらった。
馬車に乗り込む寸前アレックス様がウェーブのかかった燃えるような赤い髪をした女性といるのが見えた気がした。よく見ようと首を傾けた時後ろにいたはずの侍女がさっと目の前に現れた。
「どうぞ気を付けてお帰りくださいませ」
恭しく頭を下げられそう言われてしまえばもう馬車に乗り込むしかない。
「え、ええ。ありがとう」
大人しく馬車に乗り込んで先ほどの場所を見てみたけどそこには誰もいない。やっぱり見間違いかしら?
それにしても本当なら見送りはアレックス様も一緒にされるべきよね?!
一応婚約者だし、初めて来たんだし!
しかも申し訳なさそうにするならまだしもそんな素振りもなくさっさと行っちゃうなんて!!
アレックス様への口に出せない不満で頭がいっぱいになり一瞬見えた女の人のことはきれいさっぱり忘れてしまったのだった。