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婚約することになりました(不本意ですが)

そう、決意していたのに。


「モリスヴェイン伯爵令嬢、私の婚約者になってくれませんか?」


美しい花々が咲き乱れる4月、桃の花がハラハラと舞い落ちるバルコニーで花も嫉妬してしまうのではないかというほどの美しい男性にそう言われ、頭が真っ白になり固まってしまった。


桃の実っておいしいのよねー。


言葉の意味を理解したく無くて現実逃避した私は前世にお見舞いでもってきてもらった桃の味を思い出していた。今世の桃は実はなるものの硬くて小さいので食べる人はいない。

そんなどうでもいいことを考えて黙り込んでいる私に彼は怪訝そうな視線を向けてきた。


じっと見つめられて我に返った私は何か返事をしなければと慌てて口を開いた。


『謹んでお断りいたします』


その言葉を僅かに残っていた理性で何とか飲み込み長い沈黙の後やっと一言発した。


「か・・・・考えさせてください」


屋敷へと送ってもらう馬車の中、彼の向かいに座りずっとぐるぐると考えていた。

どうしてこんなことに???



・・・・・・・・



事の発端は3か月前。学園の卒業パーティーに参加するためのパートナーを探していた時だった。

彼の方から卒業パーティーのパートナーになってほしいと声をかけてきたのだ。


隣にいた友人は真っ赤になってきゃあきゃあ言っていたが当の私はというとびっくりして固まってしまっていた。


サラサラとした輝く金の髪に深海を思わせる濃紺の瞳、すっと通った鼻梁に薄い唇。肌は透き通るほど白く、引き締まった身体にすらりと高い身長の青年―――この国一番の有力貴族であるウェールズ公爵家の嫡男、アレックス様がパートナーになんて言葉を口にしたから。


公爵家の嫡男という地位に加えて頭脳明晰、この美しさ。正直言って選り取りみどりなはずなのになぜ私に?しかも確か婚約者がいたはず。


卒業パーティーにかかわらずパートナー同伴の集まりに参加するときは婚約者がいれば相手は婚約者でなければならない。ウェールズ様がそのことを知らないはずがない。

一人でぐるぐる考えていても仕方ないので思い切って聞いてみることにした。


「あ、あの・・・」

「何ですか?」

「失礼ですがウェールズ様はハルフウェート侯爵令嬢とご婚約をされていらっしゃるのでは?」


婚約の話が持ち上がった時は学園内でもかなりの話題となった。特にウェールズ様を慕っていた令嬢たちは悲しみに打ちひしがれていた記憶がある。隣にいる友人もその一人だ。


侯爵令嬢の名前を聞いた途端にウェールズ様は苦々しい表情を浮かべた。


「あれは父が勝手に進めようとしていただけです。父を説得しその話は白紙にしてもらったので今誰とも婚約していないんですよ」

「そ、そうですか」


ハルフウェート侯爵令嬢といえば学園一といわれるほどの儚げな美人だ。そんな人との婚約を断ったことも驚きだが、断られてもなお彼につきまとっていた侯爵令嬢のメンタルの強さにも驚いた。いつも一緒にいたからてっきり婚約成立なのかと思っていた。


でも婚約者がいないからと言ってなぜ私をパートナーに?と謎は深まるばかりだった。


「それでパートナーになってもらえますか?」

「は、はい!喜んで」


考え事をしていた私は反射的にそう答えてしまっていた。そうですか、と少しほっとした様子で去っていく彼の後姿を見ながら、まあ何か事情があるんだろうなと呑気に考えていた。



・・・・・・・・



そして今に至る。卒業パーティーはつつがなく終わり、友人と話に花を咲かせたりパートナーとの親睦を深めたりとそれぞれ自由に過ごしていた時、ウェールズ様に話があると言われバルコニーに場所を移動したところ突然求婚されたのだ。


私をパートナーにと望んだのも何か事情があってのことだろうなと他人事のように考えていた私は、あまりの衝撃にかなり間抜けな顔をしていると思う。


「か・・・考えておきます」

「わかりました。突然のことで驚ろかれたでしょう。返事は急ぎませんが長くは待てません。そうですね・・・2日後までに返事をくれますか?」


2日ね。・・・・2日!?一生を決める重要な決断をたったの2日!?


あり得ないほどの短さに異議を唱えようとしたものの、有無を言わさぬ雰囲気のウェールズ様に盾突く勇気などなかった。十分急がしてるよと叫びたくなる気持ちを必死に抑えながら、何とか笑顔を作りはいと返事をした。


屋敷まで送ってもらいウェールズ様を見送った後私は急いでお父様の書斎に向かった。コンコンと慌ただしくノックをすると執事のオリバーがドアを開けてくれた。オリバーは私の淑女らしからぬ行動に眉をひそめていたが今はそんなことを気にしている暇はない。


どうやらお仕事中らしいお父様が私が来たのを知って笑顔で迎えてくれた。


「ベル、帰ってきたのか。卒業パーティーはどうだった?」

「お父様、そんなことより大変なのです!!」


鬼気迫る私の様子にただならぬものを感じたのか、急ぎの仕事を片付けた後お母様と共に話を聞いてくれることになった。


サロンに移動した私たちはふかふかのソファに座って侍女が入れてくれた紅茶を飲み一息ついたところで本題に入った。


「それで、何があったんだ?」

「それが・・・ウェールズ公爵令息のアレックス様に婚約者になってほしいと言われてしまったのです」

その瞬間お父様とお母様の顔があちゃーという苦虫を嚙み潰したような顔に変わった。


「アレックス様からパートナーの申し出を受けたと聞いた時から嫌な予感がしていたんだ」


頭を抱えてそういうお父様の隣でお母様もうんうんとうなずいていた。


「他家ならともかく、ウェールズ公爵家からの縁談は断ることができない。ベルもそれは知っているだろう?」

「リンネイル帝国との関係・・・・ですよね?」


私は神妙にうなずいてそう言った。


リンネイル帝国とは隣国に位置する大国で、曾祖父はもともとリンネイル帝国の侯爵家の生まれだった。

ここクリスレイン王国と帝国の重要な取引のためにやってきて、双方の国の交渉役をしていたと聞いている。それによって国民の生活が大いに向上し、その功績で爵位を賜ったそうだ。その後曾祖父は帝国に帰ることなくこの国に定住した。


曾祖父の頃から代替わりしてさすがに皇族との関係は切れたものの、曾祖父の生家である侯爵家とは親戚としても取引相手としても友好な関係を維持できている。だから帝国貴族の後ろ盾がある我が家が国内の縁談を断ったところで大きな摩擦は起こりにくい。


でも今回は相手が悪かった。ウェールズ公爵の妹君、つまりアレックス様の伯母様はリンネイル帝国の皇后なのだ。オリビア様という名前で確かものすごい美人だった記憶がある。何でも皇帝がまだ皇太子だったころ式典のために訪れたこの国でオリビア様に一目ぼれをして是非皇太子妃にと望んだらしい。オリビア様も二つ返事で了承し学園を卒業するとすぐに嫁がれていったそうだ。


皇后の甥との縁談を断ったとなると今後侯爵家との関係にヒビがはいってしまうかもしれない。いや我が家だけならまだしも下手をしたら国際問題になってしまう。だから断るという選択肢は最初から無いのだ。


つくづくあの場で拒絶しなかった自分を褒めてあげたい。


「・・・・私はこの家に生まれてきて幸せに思っています。お父様とお母様はとても仲がよろしいですし、私のことも大切にしてくださっています。」


大切にというか激甘というくらい甘やかされているけれど。


「だからこそ私もお父様とお母様のように互いを慈しみあう関係を築きたいのです。でもウェールズ様とではそうなれるとどうしても思えないのです。卒業パーティーの間もずっと無口で何を考えていらっしゃるのか分かりませんし。突然求婚されたのも何か目的があってのことではないかと不安になってしまうのです」


ハンカチで口元を押さえ悲劇のヒロインよろしく心情を吐露する私を見てお父様は涙ぐみながらうんうんとうなずいているが何故かお母様は苦笑いをしている。あら、演技が入ってるのばれた・・・?


「昔からベルは義務的な結婚はしたくないと思っている節があったからな。口に出すようになったのは半年ほど前からだが」

「お父様、知っていらしたのですか?」


お父様の言葉に私は目を見開いた。確かに記憶を取り戻す前からよく知りもしない相手と結婚したくないと思っていたけれどお父様がそのことに気が付いているとは思わなかった。貴族の家に生まれた以上そんなことは許されないと思っていたから隠しているつもりだったのに。


「親だからね。娘のことなら言葉にしなくても態度で分かるものだよ」

「お父様・・・!」

「だからこそベルが自分で良い相手を見つけられるように適当な理由をつけて学園にいる間はどの縁談も受け付けないと触れ回ってきたんだ」


さすがに社交界デビューしてからはそうもいかないけどねと優しい笑顔でそう言うお父様に思わず本当に涙ぐんでしまう。


そうだったんだ。ある日突然ぱったりと縁談が来なくなったからどうしてだろうと思っていたのだ。お父様が私のためにそこまでしてくれていたなんて。


そんなお父様を隣のお母様が生温かい笑顔で見つめている。あら?お母様どうなさったのかしら?


「そもそもベルは縁談が来るたびに嫌そうな顔をしていましたしね」


ホホホと優雅に笑いながらさらりとそんなことを言うお母様。まさか私ってそんなに分かりやすいの?その時コホンと不自然な咳ばらいをしたお父様がそれで、と話を戻した。

そうだ、とりあえず目の前の問題を解決しなければ。


「それにしてもアレックス様とは驚いたな。これ以上帝国との関係強化は必要ないだろうし、ベルよりも魔力の強い令嬢がいないわけでもない」


そう、私もずっと考えていた。今までもたくさんの縁談が来たけれどそれらは全て帝国貴族とのパイプがある我が家と縁を結びたいとか魔力の強い私を嫁に迎えて魔力の強い子どもを産んでほしいとか、そういう打算によるものだった。むしろそれ以外になかったように思う。


私の魔力がいくら強いと言っても公爵家や王族には及ばない。私を妻に迎えなくても十分に魔力の強い子は生まれるだろうし、何よりウェールズ様自身とても魔力がお強い。それにウェールズ公爵家といえば王家とも連なる由緒正しい名家だ。我が家の比じゃないほどの経済力と影響力がある。


・・・もしかして、愛人がいるから仮面夫婦になってくれってこと?だとしたらとんでもない話だ。そう思うと途端に私の幸せへの道を妨害する悪魔に思えてきた。


「もう少し対策を練るためにも時間が必要だな。お返事の期限については何か聞いているか?」

「2日後までにとおっしゃっていましたわ。」

「2日か・・・ずいぶん急だな」

「ええ、ですよね」


私は遠い目をしながら同意した。良かった、私の感覚がおかしいわけではなかったようだ。


「でも家を通して有無を言わさず婚約することもできたのに先にベルにお話をされたのだもの。きっとベルの気持ちを慮って下さったのだと思いますよ」


静かに紅茶を飲みながらそう言うお母様の言葉に確かに、とも思うけれど本当に私のことを想ってくれているのであればひと月でもふた月でも待ってくれるはずだ。というか想われる覚えがない。断れない縁談と分かってて2日という建前上の期限を設けたのがその証拠だ。


「確かにな。裏などなく単にかわいいベルを気に入って下さっただけかもしれないしな!今までの縁談と違って下心がありそうには思えないし、ベルさえ良ければすぐに了承の返事をしなさい」

「それがよろしいですわ。ね、ベル」


一ミリたりとも同意していない私の気持ちを置いてけぼりにしてすでに二人で盛り上がっている。そんな様子に否と言えるはずもなく消え入るような声ではいと答えるしかなかった。


さらさらと手紙に返事を書いた私はそれをお父様に手渡した。お父様は手紙を受け取ると風の魔鉱石がついた指輪を手にはめ、魔力を込めて手紙を公爵家へと飛ばした。


魔鉱石とはその名の通り魔法の力を封入した鉱石で、水、火、風、雷、土、光の魔鉱石が存在する。それを魔力を増幅させる仕組みがある機械や物に取り付けて使うのだが、それを使えば少ない魔力でも結構な威力を発揮できるのだ。私のように魔力が強い人は使用方法の限定されている魔鉱石に頼らなくてもいいので様々な魔法を使うことができる。


ちなみに魔力を持たない人はスイッチの付いたブレスレット型のものを使うのが一般的だ。


手紙が公爵家へ向かって飛ばされるのを見届けるとふらふらとした足取りで自室へと向かった。マリーに手伝ってもらい堅苦しいパーティー用ドレスから普段着のドレスに着替えた後、バフっとベッドにダイブした。


社交界デビューして理想の相手を見つけるぞと意気込んでいたのに!!まさかデビュー前にその道を断たれるとは・・・・。それもこれもあの男の所為よ!!!


私はうつぶせになったままベッドを力いっぱい殴った。それを嬉しさと恥ずかしさでバタバタしていると勘違いしたマリーが「あんな素敵な方に愛されるなんてさすがお嬢様ですね」と嬉しそうにしている。


良くも知らない結婚相手に既に嫌悪感と怒りを抱きながら私は世間一般で言う玉の輿に乗ることになったのだった。

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