幼女ちゃんは捕まえたい
キヨシ! この夜だ! やれ!
それはある日の昼下がり、日が照っているにも拘わらず雪が舞っている時刻。
昔いた誰かの誕生日の前日。通りではソワソワとした雰囲気と楽しげな音楽が奏でられ、裏では絶望と怨嗟が煮詰まる前の日。ギンギンに目を腫らした独身男性の部屋にパリパリと音を立てて悪魔が召喚されようとしていた。
パソコンに向かい瞳が焼きキレても構わないとばかりに瞬きすら惜しんでいた男はそれに気付き「美少女ロリータだ! それ以外は認めん!」と、その命の瀬戸際であるにも拘わらず叫んでいた。
それはさておき。
平凡な二階建ての家の平凡な家系に生まれた奇特な女の子が両親とほのぼのとした会話を交わしていた。
三つ編みにした髪を不安げに揺らしながら、親にプレゼントをせがむように座っている男の袖をグイグイと引っ張っている。
「え、え、じゃあ悪い子のところにはサンタさん来ないの? あたしのとこにも? なんで? ねえなんで? くるよね? サンタさん、くるよね?」
「ははは、どうかなあ? もしかしたら…………ネムーは悪い子なのかもしれないねえ?」
ぶぶぶぶと瞳と唇を震わせる我が子を、愛しげに、しかし意地悪く見つめるお父さん。彼はやや困った性癖を持っていて、愛しい者を困らせることに深い愛情を感じるという、どこぞのネズミのような男でした。母親と共に決めた娘の名前も、役所に提出するギリギリですり替え、将来が心配になりそうな物に変えてしまいました。
「もー、パパ。雪子をからかわないでくださいな。大丈夫よ雪子。雪子はとっても良い子ですもの。ちゃーんとサンタさんが来てくれるわ」
「ままー」
「おいおい、ネムーのことを雪子なんて呼んでたら、ネムーが大きくなった時に自分の名前を勘違いするじゃないか」
「絶対に改名します」
「ままー」
「大丈夫よ雪子。ママ、負けないから」
「ふはははは!」
お父さんが高笑いをする中で、抱きついてくる娘をヒッシと抱き止めるお母さん。なにやら黒い影を感じますが、ここは平凡な家庭です。実は家族仲も良好で両親共に娘を溺愛しています。ぶっちゃけ問題ありません。
その、娘を除いて。
「くる? サンタさん、くる?」
「ええ、くるわ。ママのところにも来たら新しいパパをお願いしようかしら?」
「ほんと?!」
「ははははは!」
家族仲に問題はありません。いやほんと。
しかし素直で優しい娘は、こう思いました。
(サンタさん、くるんだ! うれしいな! でも、お母さん、子どもじゃないから……お母さんのところまでこないかも……。どうしよ、どうしよ)
そこで娘は閃きました。
(そうだ! おねがいしよう! サンタさん、生け捕りにしておねがいすれば、きっと大丈夫!)
三歳にしては満点の解答です。この国に未来なんてありません。
娘は喜び勇んで準備を始めました。
サンタさんを迎えるための準備を。
高度四千メートルに存在する異空間。
その中は見渡す限りの荒野が広がり、空は極彩色に覆われています。
そんな異空間の真ん中に『待ち合わせ場所』と日本語で書かれた看板が立っていました。看板の裏では地面から岩のようなでっぱりが突き出ていて、それに腰掛ける赤い服を着た白髭の爺がいました。
「………………フゥゥー」
タバコを吹かすその顔は、歴戦の傭兵は斯くあらんとばかりに威厳に溢れた物で、身に纏う赤い服に見かけられる濃い所と薄いところも相まって、話し掛けづらい雰囲気を醸し出していました。
目を合わせてはいけない系です。
そんな血液が固まって黒くなっている部分もあるけど大体は赤い色の服を着た爺は、ちょっと良識が心配になるかもしれないところもありますが、ヴィジュアル的にはアレでした。
そう、サンタさんです。
「……子どもなんてクソだ」
ええ、サンタさんです。
「なんてこと言ってるんスか。マジどうかと思うっス」
サンタ(?)さんがボソリと呟いた言葉に返事が返ってきました。
いつの間にか看板の近くにトナカイ――――の着ぐるみを着た茶髪のロン毛が立っています。サンタ(?)さんに返事を返したのもどうやらこのチャラそうなトナカイのようです。
トナカイはヘラヘラとサンタさんに話し掛けます。街で見かけたのならドキドキしそうな展開です。国家に関わる制服さんを召喚されそうです。
「子どもに夢を運ぶ仕事なのになにイっちゃってるんスか? どしたんスか? またパチンコで負けたんスか?」
「……何を馬鹿な。ワシらの仕事は子どもにブツを運ぶことだ」
ブツとはサンタ用語で贈り物です。召喚は大丈夫です。間に合ってます。
フゥーと再び深く紫煙を吐き出すサンタさんをトナカイが残念そうに見つめます。
「まあ、いいんスけど。もうちょっと言い方を考えてくださいね? いや出来れば子どもの前では黙っててください」
「お前が黙れ着ぐるみ野郎。トナカイが喋ってたら雰囲気もクソもないだろうが。なんのための認識改変だ」
「あ、知らないんスね? 今流行ってんスよ。動物が喋る系。俺のプリチーさに子どもはメロメロっス」
「うるせー。さっさと仕事片付けて中東に飛ばにゃならんのだ。早くリスト確認しやがれ」
「……なにしに行くんスか、中東」
「女待たせてんだよ。デートだ」
ゴミのような会話です。描写するんじゃなかった。
話をサクサク進めるためにサンタさんは幼女ちゃんの家へ。サタンさんは隣のアパートへ。
「……ここか」
「うーっス。最初は都内在住のネムーちゃんのお宅からでス」
「平均的に良い家だな。クソかよ。なんでもかんでも恵まれやが…………なんだって?」
「彼女の深奥に潜む願望よりプレゼントをピックアップ。希望はテディベアです。めちゃかわいいじゃないっスか。ぜってー将来は美人っスよ。トナカイとかカマしてる場合じゃないっス。こう……なんとか好印象で記憶に残って運命的な出逢いとか演出できないっスかね?」
「せーロリコン。んじゃなくてだな? あれだ……」
「ダメっスよ。また奥さんに手を出したら、今度こそサンタ協会から直罰受けますからね?」
「そうじゃねえ。あれは合意だ」
「はいはい。仕事詰まってんすからチャッチャッとやっちゃってくださいっス」
なんの前触れや予備動作もなく、サンタさんは懐から拳銃を取り出すとトナカイの頭を撃ち抜きます。
どこの戦闘部族なのか、撃ち抜かれた筈のトナカイの姿がブレて、それは残像だけど? とばかりに直ぐ隣に元気なトナカイが現れました。
「ああ、すまん。殺れって言うからよ?」
「あっちの『ヤレ』と勘違いしなかったことを誉めるべきっスかねぇ……」
「さーて、じゃあ今夜も酒代を稼ぐとするかな……」
「あんたマジで子供の前で口開くなよ?」
重くない筈の布袋をさも重そうに担ぐサンタさん。そこだけ見るとご老人です。例え心根が若いバイトのように『マジだりぃ、はよ終わんねーかな』と思っていようと。
しっかりと施錠されている門にサンタさんが手を掛けます。
バキバキバキ
解錠技術でも魔法っぽい何かでもなく力技でそれをこじ開けたようです。
そしてその一歩を踏み出して――――唐突にその姿が消えました。
「……へ?」
この事態にトナカイも驚いているので、どうやらこれは予期していないことのようです。
慌ててトナカイがサンタさんが消えた場所まで近寄ります。
そこには、当然といえば当然。納得といえば納得。
穴が空いていました。
別に下は土でもなんでもなくコンクリートで舗装された道です。
そこに落とし穴が突然に口を開けています。不思議ですね。
サンタさんの出没時間です。当然ように辺りは暗く、落とし穴も見えにくいです。
つまりサンタさんの足下不注意でした。
「……おーい、サンタさーん……うおっ?!」
躊躇いがちに声を掛けるトナカイの眼前を、凄い勢いでサンタさんが上がっていきました。
伊達に煙突の登り降りが業務に含まれていません。
「おい。ほんとにここか? 住所間違えてねえか?」
着地したサンタさんが疑問をトナカイにぶつけます。
「間違いないっス。ここは日本で一番の『良い子』の家っス」
日本大丈夫だろうか。
「ちょっと穴に落ちたからってなんスか? 全く。こんなんどうせ工事の途中ってだけっス。立て札忘れただけっス。もしくは『サンタさんを捕まえよう~』とかよくある子供のイタズラっスよ、イタズラ」
へっ、とバカにしたように笑うトナカイにサンタさんは無言で何かを放ります。
カランカランと音を立てるそれは、よく磨きあげられた刀身のようです。
「穴のそこにビッシリと生えてた」
「……」
これにはトナカイも無言です。
一方その頃。
「…………――――っ! はあ! 寝かしつけにくるって予想できたから起きれました!」
ベッドで寝ていた幼女ちゃんが跳ね起きました。どこかの少年兵のような独り言を呟きます。
学習能力も高い幼女ちゃん。幼女ちゃんを毎年のように早く寝かしつけて大人の時間を楽しむ両親の行動を見切っていました。
ゴロゴロとベッドの上を転がり、ベッドの上から落ち、そのまま床の上を転がりベッドの下へ。
「うんしょ、んーしょ!」
そしてジュラルミンのケースを両手で引っ張りながらベッドの下から出てきます。
カーテンの開いた窓から月が覗いていることをチラリと確認すると、黒い手袋に指を通しジュラルミンのケースを開けます。生体認証機能と指紋照合機能がついたケースは、しかし手袋を通した間接的接触でしか開くことを許されず、たとえ本人であろうと直に開けようとすると感電死余裕レベルの電流が流れる仕組みになっていました。
『ハッチ・オープン。機甲解放。ゴキゲンヨウ・マイ・マジェスティ』
「……うーんと。よくわかんない。たぶん、間違ってる。あのね、ぜんぶショーリャクして」
『イエス・マム』
「お母さんじゃないよ?」
人工知能にツッコミを入れつつ、突き出された拳銃の柄を掴みます。指を五本全部突っ込む所が用意された一体型の拳銃を装備して幼女ちゃんは立ち上がります。
「これでよし! よーし、サンタさん、絶対につかまえるんだから!」
意気揚々とトレードマークであるポニーテールを跳ねさせながら、幼女ちゃんが静かに扉から部屋を出ていきます。
部屋に残ったジュラルミンケースがそれを見送りました。
『グッドラック(よい夜を)』
一夜が明けて。
瓦礫と化してしまった一軒家の上で、幼女ちゃんが目に手を当てて泣いています。
「わあああああああああん! サンタさん、ザンダざん、が、にげるううううううう!」
もう片方の手にはボロボロにされたトナカイが、角の部分を握られて確保されています。白目を剥いているので、もしかしたら意識はないかもしれません。
朝日を前に白く燃え尽きた両親もいます。良かった。無事のようです。
「そりゃ逃げるだろう」
隠れていたサンタさんが出てきて言います。
「なん、なんっ、でっ、にげ、るの?」
しゃくりあげながら涙を拭う幼女ちゃんに、呆れたような顔のサンタさん。
「いいか? 嬢ちゃん。どうも嬢ちゃんは歓迎ってもんを勘違いしてる。歓迎ってのは、美味い酒と料理を用意して薄着で出迎えるもんだ。寝床があれば文句なしだな」
「……ううっ、なに……言ってんだ、あんた……」
死力を尽くしてトナカイがツッコミを入れます。しかし大抵のクリスマスはそうです。
「……それしたら、来年も来てくれる?」
目尻に涙を浮かべたまま、幼女ちゃんは不安げな瞳で上目遣いです。トナカイだったらイチコロでした。
「へっ。良い子にしてたらな」
サンタさんはそう答えると、底が大きく破けた布袋に手を突っ込んでテディベアを取り出します。実はアイテムボックス持ちなので、袋に手を入れるのはポーズでした。サンタルールです。
サンタさんからリボンのついたテディベアを受け取った幼女ちゃんは満面の笑みです。
「わあ! ありがとうサンタさん!」
「ああ。メリークリスマス」
「うん!」
聖なる夜に『良い子』にして『寝てたら』プレゼントを貰えるという大人の都合をぶっぎって、幼女ちゃんはプレゼントを手にしました。
めでたし、愛でたし。
メリークリスマス