「混乱の渦」
「王様!!女神様のお告げはまだなのですか!?」
「神官長が倒れたというのは本当なんですか!?」
「エドワード様が勇者ではないのですか!?」
「どうなっているんですか!?」
「えぇい!黙らぬか!!」
「ここは王城であるぞ!!」
王都にて希望の託宣を待ちわびていた民たちは魔王の再臨に恐怖しその不安から逃れたいがために一刻も早く事実を聞きたいが為に押し寄せた。
彼らの不安は何時までも届かない預言によって高まり、更には神官長が神殿にて絶望によって倒れたという噂により限界寸前であった。
「えぇい!何たることだ……!」
王は怒鳴り散らすことで自分の過去に犯したとそこから来る不安から逃れようとした。
「陛下、落ち着いてくだされ!」
「そうですぞ!今はあの者を……!!」
こぞって周囲の臣下たちは王を宥めようとした。
しかし、臣下たちも既にそれが不可能であることは理解していた。
「何故よりにもよって……
あの男……アレンが勇者に選ばれたのだ……!!?」
王が恐慌状態に陥っている理由。
それは女神に選ばれた人間を魔王の恐怖から解放する今代の勇者がかつて自分や民たちが悪し様に追放した少年だったからだ。
十年前、勇者の救世の旅に聖女の婚約者と義兄として同行した剣士。
その剣技は農民の出の者とは思えない程に優れており、貴族の一部には『もし自分に息子がいるのならば彼ほどならば……』と思わせた程の人物だった。
しかし、人々はその救世主の一人を打ち棄てた。
彼の正当なる抗議を拒絶し、悲しみすらも否定し、彼に石や罵声を浴びせ国から追い出した。
あの時、誰もが浮かれていた。
勇者が魔王を倒したことで百年以上の平和は約束され、その喜びに水を差す人間を疎ましく感じたのだ。
何よりも知名度と実力、人気に差がある勇者と一剣士とでは後者を軽んじていたのだ。
彼らは自らが棄てた存在によって苦しめられることになったのだ。
「し、しかし……それは詰まる所、あの男が生きている証拠ですぞ!
今から探してあの者を勇者にすれば……!!」
「その通り!!あの者も名誉を取り戻す機会だと考えるハズでしょう!!」
群臣たちのその言葉を聞いて絶望は大笑いした。
余りにも人々にとって都合の良過ぎる幻想に彼女は『どうしてそんな風に考えられるのかおかしくてしょうがない』と本気で感じていた。
かくも追い詰められた人間の浅はかで身勝手な考えは視野を狭めるのではなく、視界を狂わせ幻想を見せるという道化芝居という喜劇にすら変えるのだろう。
「馬鹿者!!
仮に奴が断ってみろ!!?
そうなればこの国は終わりであるぞ!?」
悲しきかな王は未だに臣下たちよりも現実を理解し、いや、見ることが出来た。
何とも権力者の悲しき性か。
実際、権力者に暴君や暗君が生まれてくるのは誰よりも現実を見ることが求められ、それから真っ向から挑むか、逃げるかの違いだろう。
そして、この国の王も同じだ。
王は理解している。
もしかつて自分たちが追放した少年が民の前で魔王討伐を断れば、この国の民は完全に冷静さを失い、国そのものが崩壊することであろうことを。
「な、ならば……
これはいかがですか?
しばらくはエドワード様を勇者の名代として王国の精鋭や聖女様と共に討伐軍を率いると言うのは?」
「おお、それならば何とか……」
「ああ、少なくても民の混乱は鎮められるぞ」
内政を担当する者たちは勇者を偽るというその場しのぎにより国家の崩壊を防ぐことを考えた。
それは難民や民の営みを守るという方法としては間違っていなかったが。
「その様な方法で何とかなるものか!?
そもそも我々ではどうにもならぬからこその勇者が必要なのだろうが!?」
「そうだ!それにその方法では無駄に騎士や兵たちが命を散らすだけになるではないか!?」
挙って軍事を担当する者たちは反論した。
そもそも軍を率いてどうにかなる相手ならば彼らはとっくのとうに軍を率いて魔王を討伐している。
それが出来ないからこそ勇者を希望として求めるのだ。
「何を言っている!!
騎士や兵とは死ぬのが仕事だろう!?」
「何のための軍だ!!」
「なっ!?
貴様ら、兵たちを何だと思っているのだ!?」
「文弱の徒どもがぁ!!」
文官たちの騎士や兵たちの生命を軽んじる発言に武官たちは反発し、その後議論をし合う場ではなく、立場と派閥による争いから生まれる罵り合いの場へと変わった。
「……それ以前にあの勇者に兵たちが命を懸けられるか!?」
武官の一人のその発言でこの場にいる全ての人間が黙った。
そう結局のところこの度の勇者よりも、前回の勇者であるエドワードが彼らの考えるあらゆる対策を全て潰してしまっていた。
かつての希望は最早、存在自体が絶望を深める失望へと変わっているのだ。