「愚者を観賞する絶望と虚無」
「また魔王が現れるとは……」
「それも討伐からたった十年で……」
「いくら何でも早くはあるまいか?」
勇者が魔王を討伐してから十年が経った今、かつてないほどに早くに再誕した魔王という名前の絶望から逃れたいがために人々は女神の神殿にて女神の慈悲に縋ろうとした。
既に絶望という名前の料理はじっくりと熟成されてきたことも知らずに。
「まあ、此度もエドワード殿だろうな……」
「あぁ……そうだな……」
「うむ……」
人々は十年前に女神に選ばれ神剣を振るい魔王を倒した英雄エドワードが今度も選ばれると予想していた。
しかし、その顔は曇っていた。
「……だが、あの御仁は……」
「シッ!言うな!
後の王配であるぞ!?知れたら事だ!」
「そうだ!それに地位や財だけならともかくとして、妻や娘すら奪われかねんぞ!?」
「う……すまぬ……」
貴族たちの一部は派閥の一人が不満を漏らそうとした時、本気の善意から止めた。
今、この国の中で勇者エドワードは最も力のある存在である。
それは彼の勇者としての武力だけでなく、王の愛娘である王女の夫という意味である。
また、十年が経った今でも、未だにエドワードの本当の顔を知らない民からも勇者・英雄としての人気は衰えておらず、名実ともに力においてはこの王国で一番であろう。
しかし、彼の現状と実態を知る人間たちからすれば、不安材料でしかないが。
「お~、全員揃っているな!
ご苦労ご苦労」
「!」
「エドワード様!」
そして、件の勇者が女神の神殿に横柄な振る舞いで姿を現した。
「いや~、不安そうだな?
ま、今回も俺が魔王をサクッと倒してやるから安心しておけ」
「そ、そうですか……流石はエドワード様!」
「何とも頼もしい限りですな!!」
「勇者様の伝説を二度も見れるなどこの上ない栄誉であります」
この場に集まった貴族たちはエドワードの今の状態を見ながらも捻って捻り出した賛辞の言葉を次々と贈った。
今のエドワードの姿は十年前に見せていた精悍な体つきが見る影もなく、宮廷における日常となってしまった酒池肉林の美食、酒食、そして
「そうですわ!エドワード様!」
「エドワードがこの世界における唯一の希望なのよ!」
「エド義兄さんの雄姿を見せて!」
色香によって完全に堕落しただの歩く肉塊に近かった。
その原因であるこの国の王女にしてエドワードの正妻のシャーロット、かつての旅に同行した仲間である第二夫人のクレア、第三夫人のローズを含めた彼の妻たちは媚びる様に、いや、完全に彼に媚びて次々と彼を持ち上げる。
彼女たちは既にエドワードに愛されることでしか生きていけない孔雀だ。
子供たちが何人いるが、果たして彼女たちは我が子の将来の為に夫の愛を保ち続けたいのだろうか。
それとも、自らの虚栄心の為に自らは素晴らしいという幻想の為にいるのか。
ただ少なくとも、エドワードに対する愛は純粋なものではないだろう。
「おう!任せておけ!
今回も直ぐに倒してやるぜ!!」
しかし、エドワードは愚かだった。
元々、女神の慈悲、、いや、我が儘で気まぐれに選ばれた仮初めの栄光だと知らずに自分が未だに特別なものだと勘違いしている。
既に絶望という名前の破滅が自らを手繰り寄せていることも知らずに。
そして、彼を取り巻く淡い希望に縋る者も最早狂信の域にいる者たちの滑稽な姿を眺め、絶望は嗤う。
彼女の隣にいる悲しみはただ虚無に身を任せてそれらを眺めるだけだった。