「伝承の魔女」
「アッハハハハハハハハハ!!
いいわ!!何十、いいえ……何百、何千人分の絶望を固めたものよりも濃くていいわ!!」
少女は『いただきます』と告げた後、何かを食べる仕草をした訳でもないのにまるでご馳走を口にしたような幸福感と光悦に浸った。
いや、恐らく彼女にとっては今のこの状況はそれと変わらないものだ。
「……ぃぁあ?」
しかし、少年の目にはただ森の中で少女がおかしいぐらいにはしゃいでいる光景にしか見えなかった。
少女とその周囲には何も変化はなくただ暗い森の風景と可憐な少女が一つの絵になっているだけであった。
「……ああ……満足」
「……?!」
そして、その奇妙な時間は終わった。
少女はまるで特製のお菓子を頬張った後の様な余韻に浸っていた。
それが意味することは簡単だった。
「じゃあ、これでお別れね?」
「……っ!?」
既に少女に少年を生かしておく必要がなくなったということだった。
「ごめんなさい。
あなたならもっと色々と絶望を絞れると思ったのだけど私が一人の人間から絶望を貰えるのは一度きりなの」
少女にとっては今の少年は使用済みの薪と変わりないものらしく、まさに用済みそのものだった。
「本当はもっと一緒にいた方が楽しめそうだったけど……ごめんなさいね」
「……ぁあ……ぁ」
少女は心の奥底から残念そうに語った。
実際、少女にとってはその通りなのである。
少女はある意味、少年に特別なものを感じていた。
(ここまでの絶望……興味はあるのだけど……)
少年の絶望は多くの人間の絶望を喰らってきた少女にとっても珍しいものだった。
しかし、少女にとっては人の絶望はただの食事同然だった。
そして、獲る為に奪ってきた命があるのに目の前の少年だけを生かすというのは少女自身の在り方を歪めることになる。
それは魔道に堕ちた日から決めた少女の道だった。
「それじゃあ……さようなら」
(……んな……ん……で……な……ん……で……)
少年は無念の内に終わることに絶望の闇に包まれていくことを感じ少女は久方振りに僅かながらに感じた他者への興味によって生まれた惜しむ気持ちと共に別れを告げようとした。
その時だった。
「待ちなさい!!」
「「!?」」
絶望と名残惜しさが混じるこの死の森の中で二人とは違う人物である凛とした声が森の暗闇を貫く光の様に聞こえてきた。
「!?」
「……!あなたは……」
その声が響いた直後、まるで星の光が具現化したような腰まで届く様な銀髪と肌、そして、この世のものとは思えない美しさを持つ碧い目を持つまさに貴婦人ともいえる女が少女と少年を引き離すように音もなく立っていた。
その突然の人物の登場に少年は戸惑いを覚え、少女は忌々し気な顔をした。
「……どうしてあなたが来るのよ?」
少女は今まで見せていた機嫌の良さを何処かへと放り投げ眼前の謎の女に嫌悪を滲ませていた。
女は逆にそんな少女の敵意を向けられながらも毅然とした姿勢で彼女に対峙していた。
……こ……の……人は……?
少年は突然目の前に姿を現した謎の女の存在に理解が及ばなかった。
今まで少女という人の形をした狂気の塊を目の前にしていたが、謎の女はそれとは別に前触れもなくこの場に姿を現すという異なる意味で人間離れしていた。
少年はあることに気付いた。
透け……て……る……?
謎の女は身体が半透明であった。
女はまるで光が姿を持ったかのように身体が透けておりこの場にいるのかすらあやふやな存在だった。
「……絶望の魔女。
あなたに頼みたいことがあるのです」
「……!?」
謎の女が目の前の少女に対して呼び掛けた名前に少年は衝撃を受けた。
「絶望の魔女」。
それはこの国にとっては誰もが知っている名前だった。
しかし、それはあくまでも知っているというだけで実在しているとは誰も信じない、いや、思わない存在だった。
『夜遅くまで起きていると絶望の魔女に連れていかれる』
『森の奥には絶望の魔女がいるから入ってはいけない』
『あの人がいなくなったのは絶望の魔女に連れていかれたから』
そんな風にこの国では大人が子供に言うことを聞かせる言葉としてよく出てくる名前だった。
どちらかというと、「絶望の魔女」とは伝説ではなく伝承や迷信に近い存在なのだ。
しかし、そんな子供のおとぎ話染みた存在に出てくる存在が目の前に、それも少女の姿でいることにアレンは戸惑いを隠せなかった。
ただその邪悪さは伝承以上であるが。
「……頼み?
あなたが私に?一体、何かしら?」
少女、いや、魔女は女が自分に対して頼みたいことがあると言ったことに訝しんだ。
その表情には疑念という一種の敵意や嫌悪だけではなく、目の前の状況が信じられないという驚愕も含まれていた。
「……どうか、お願いします。
この少年を……助けてください」
「……ぇ?」
「え……」
女はそう言って魔女に対してアレンを助けるように頼み込んだ。