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「憎悪の先」

(な……んで……?)


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!

 いいわ!!あなた!!さらによくなったわ!!」


 少年は少女に死という安息すらも取り上げられた。

 少女は少年が更なる絶望に落ちるのを見てその狂笑を深めた。


(なん……で……俺だけ……が?)


 明らかに致死量に到達しているであろう血だまりの中に身体が浸っていることで自分が死なないでいることから少女の語っていることが事実であると理解すると、この惨状、いや、生まれてきてからこの瞬間の全ての自分への理不尽に疑問を抱いた。

 少年は物心ついた頃には既に両親がいなかった。

 けれども、少年は両親のことは怨んでいなかった。

 実の両親の代わりに深い愛情を注いでくれた育ての親たちが常に『きっとお前の実の親も事情があってお前を手放したんだ。だから、怨んではいけないよ』、『お父さんやお母さんに胸を張れる人間になりなさい』と諭し続けていたからだ。

 その言葉を胸に少年は決して腐らず、きっと自分を想っていてくれているであろう実の両親に恥じない人間になろうと誓った。

 何よりも将来を約束し合った幼馴染や自分を愛してくれる家族、平穏な故郷の存在が彼が自分を不幸だと思わせなかった。


(どう……して……俺だ……け……が!?)


 少年の心の中の疑問が憎悪に変わった。

 彼が魔王討伐の度に同行したのは村を助けてくれた勇者への恩もあったが、それ以上に聖女として選ばれた幼馴染と義妹を守ること、育ての親の仇討ち、そして、救世の英雄の一人として名前を上げれば何時か未だ見ぬ実の両親に自分の存在を伝えられると信じていたのが理由だった。

 だが、彼はそれら全てを奪われた。

 将来を誓い合った想いも、義妹からの家族愛も、村での平穏な暮らしと思い出も、そして、実の両親に対する願いもアレンは失ったのだ。


「あぁ……!!いいわ……!!

 あなた、この世の全てに憎しみを持ち始めた!!

 いいわ!!それこそ絶望を深めるの!!」


「……!!」


 アレンがこの世の全てを憎悪した途端にこの死すらも奪うという惨めな現状を作り出した本人である処女は彼の心に灯った憎しみの炎を感じ取りさらに歓喜した。

 それを見てアレンは恐怖以外の感情を初めて少女にぶつけた。


(殺……して……やる……!!

 全……員……この……女も……!!!)


 最早、アレンにとって生とは憎しみそのものに等しかった。

 それ以外に彼が生きる意味は存在しなかった。


「うんうん!

 いいわ。でも……残念だけど、その感情もあと少しで無意味になるわ」


「……に?」


 傍から見れば呪いや怨念の類とも言える少年の憎悪をぶつけられながらも少女はむしろ嬉しそうに残酷な笑みを浮かべ始めた。

 その少女の様子に憎しみを向けながらも少年は訝しんだ。


「だって、あなた()()()()()()()()()()


「……ナッ……!!?」


 彼女は先ほどから見せている言葉と行動から真逆の言葉を言っているのに何の不自然さも感じさせない風にそう言い放った。


「今からあなたにかけた魔法を解くのよ?

 そうすればあなたのその死にかけた身体は普通に死んでいくわ。

 当たり前でしょう?」


「……ァ!?」


 先ほどまで散々嬲る様に少年の死を先延ばしにして苦しめていたにもかかわらず少女はいとも簡単に解放すると言い出した。


(何で……!!?

 お……()は……!!まだぁ……!!)


 しかし、先程まであれだけ死を望んでいた少年は死を必死に拒絶した。

 まだやるべきことがある。いや、正確にはやりたいことが。それ以上に死ねないのだ。


「それよ」


 少女は少年のその死への怯えと焦り、そして無念さを感じ取って笑った。


「今、あなたは何かを……

 うんうん、世界中の全てを憎んでる!!

 そう私も含めて!!

 さっきは絶望に包まれて諦めていて何も求めていなかったのに今はそれすらも忘れて憎しみと怒りと悲しみ、苦しみで生きようとしている!!!

 だから、今のあなたにとって一番大事なその命を貰うの!!!」


「?!」


 少女は少年の生と死を弄んでいることだけを語った。

 そのことに少年は理解が及ばなかったが、それ以上にどうしてここまで自分をこんな目に遭わせるのかを知りたかった。


「う~ん、不満そうね。

 まあ、でも教えた方がもっと良さそうだし説明してあげるわ。

 私はね人の絶望のお陰で生きていられるの」


「……ィ?」


 自らの不幸を呪う少年に対して少女は最初は少しめんどくさそうにしたが考え直してそう言った。


「私ね。

 生きるためには人の絶望が必要なの。

 それでその絶望の深さによって私はもっと長生きできるのよ。

 つまりはあなたは私にとっては食べ物同然なの。

 農家の人だって食べ物を美味しくするために色々なことをするでしょ?」


「……!!?」


 少年はようやく目の前の少女がどうしてここまで悪辣に自分を苦しめるのかを理解できた。

 彼女には悪意はあるが、それは彼女にとっては必要なものであったのだ。

 少女にとって少年はただ栄養のある食べ物であり今までの所業はそれらを効果的に高めるためのものでしかないのだ。


(ふ……()……けぅな(けるな)!!?)


 だが、少年はそのことに納得が出来なかった。

 それは目の前の少女に対してだけではなかった。


ふはへんァ(ふざけるな)……!!ふがぁけるな(ふざけるな)……!!なん……で……!?

 な……んで……おれだけ……!!?)


 自分の受けている受け入れがたいこの苦しみが少女にとってはただの取るに足らない有象無象の一つに過ぎず、自分はこんな惨めな最期を与えられる。

 そして、何もなかった自分が確かに手にしていた平穏もささやかな願いすら奪われ全てに捨てられた。

 それら全ての苦しみ、憎しみ、怒り、嘆きがアレンの心の中で爆発した。


「……!!

 いいわ!いいわ!あなた!!

 やっぱり、一度絶望した魂に少し手を加えるだけでこんなにも素晴らしい……

 いいえ!!あなた、今まで会ってきたどの人たちよりも最高よ!!

 こんなの初めて!!」


 対照的に少女は喜悦に心を躍らせていた。

 どうやら、この絶望を自らのものとする少女にすらも少年の絶望は価値あるものであったらしい。

 彼女にとっては少年との出会いはよきものであったらしい。


「でも……残念。

 ここでお別れなんて」


 だが、少女は名残惜しそうに告げた。

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