「都合よき現実という夢」
更新が大変遅れて申し訳ありません。
何とか、続きを書ける目処が立ったので更新させていただきます。
「偽……物……?」
「何だよ、それ……」
「エドワード様は……前回の……」
魔女の告げた「真実」という名前の絶望に人々は理解出来ずにいた。
いや、理解したくないのだ。
「あ、ごめんなさい。
少し間違えたわ。正確には今回の勇者じゃないということよ」
「え……」
「や、やめよ……」
しかし、魔女はそんな人々にゆっくりと道標を与えた。
それは猛獣が我が子に狩りの仕方を教える様に獲物の息の根を止めず、優しく手解きをする様に。
「嘘を吐け!!」
「そ、そうだ!
出まかせを言うな!!」
「嘘に決まってんだろ!!」
人々はそれでも理解しようとしない。
彼らは信じたいものを信じたいのだ。
見たいものを見たいと欲する。
それは逃避であろうと願望でも同じなのだろう。
そうすることで安心したい為に。
だからこそ、自分の考えが正しいと全てを否定したがる。
人は時として、己の見たい現実を見せるものを無条件で受け入れ、そして、己の見たくない現実を見せるものを憎む。
しかし、そんな人々の業すらも魔上にとっては自らを楽しませるための座興と味付けに過ぎなかった。
「あなた達ってすごいわね。
あんな状態の勇者様……うんうん、元勇者様を見ていてもそう思えるなんて」
「いてぇ……いてぇよ……」
「う……」
「そ、それは……」
魔女は感心しながら、彼らにそう言った。
その言葉に民や兵士は言葉を詰まらせた。
人々は勇者、いや、勇者だと信じていた元勇者のその姿を見て、自らの抱いていた幻想への自信を失っていた。
人々にとって勇者とはどれ程の大敵に対しても臆することなく挑み、戦う者である。
しかし、現実のエドワードは魔女という強大な敵に返り討ちにすらなっていない戯れで容易く倒れ、未だに立ち上がろうとしない。
そこに不信感が芽生えていた。
魔女は彼らが見たい願望を教え、絶望からの逃避を匂わせようとした。
「お、おい……
じゃあ、本物の勇者様は何処なんだ?」
「!?」
その一言に一斉に多くの人々が反応した。
「そうだ……そうだよな!?」
「勇者様はいるんだ!!」
「どこにいるの!?」
その一言を皮切りに人々は今までのエドワードに対する持ち上げは消え去り、魔女の言う本物の勇者を求めだした。
そこには既にエドワードが勇者だったことへの尊敬の念もなく新たな希望を求めているに過ぎなかった。
ただ人々は己の都合のいい現実を見ようとするだけであった。
「……本当にあなた達って救いようがないわね」
そんな人々の姿を見て魔女が嘲け笑うと同時に苛立ちを抱いた。
そこには今までの嗜虐的な一面ではなく、あらゆる感情が込められていた。
「どうして本当の勇者様があなた達を助けてくれると考えているの?」
その全ての感情をぶつけるかの様に魔上は人々にそう問いかけた。
「え?そりゃあ……」
「勇者様だからだろ?」
「そうだ!
だから……」
人々は魔女の疑問に戸惑いながらもただそう答える術しかなかった。
女神が人々の救済者として遣わす英雄。
それこそが勇者。
ただそれが当たり前であった。
ただそれだけが彼らがそう思える理由であった。
「ぷっ……!」
それを聞いた瞬間、魔女は吹き出した。
「アッハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハh!!!」
『!!?』
恐ろしいほどまでに狂気に満ちた高笑いを魔女は王都中に響かせた。
「ハァー!ハァー!……
苦しい……本当にあなた達、最高にして最低ね!
ここまで私を楽しませてくれたのは千年ぶりかしら?」
魔女は笑いを無理に止めようとしたが、それでも収まらず笑いを堪えられず苦しんだ。
それは自らをここまで楽しませた人々の返答のへの侮蔑が込められていた。
「な、何だよ……」
「どういう……」
人々は魔女のその狂い笑いに怯えを感じながらも未だに希望に縋りたくて本物の勇者を求めた。
「あ~あ、もういいわ。
十分、楽しませてもらったわ。教えてあげるわ・
このままじゃ苛立ってあなた達を今この場で殺してしまいそうだし」
「!?」
魔女は楽しんだと語ったが、己の心の中にある人々への侮蔑が怒りに変わる前に本物の勇者の名前を明かすと告げた。
その言葉に王は焦燥に駆られた。
「弓兵!!
其奴を早く射殺せ!!」
「え!?」
「し、しかし!!」
王は魔女の口から真実が出ることを恐れて、弓兵たちに魔女を射殺する様に命じた。
しかし、弓兵たちは圧倒的な力を持つ魔女を殺せるはずがないことを今までのことで理解していたことや、民と同じく魔女の語った真実とこれから自分たちを救ってくれるだろうと思っている勇者の名前を気に留めて躊躇った。
「早くせぬか!
王命だ!従わねば極刑ぞ!!」
「!?は、はい!!」
「早くしろ!
討て!討て!」
王の狼狽ぶりと命令に従わなければ命がないと理解し弓兵たちは先を競って弓を放った。
ただ彼らは忘れていた。
いや、考えようともしなかった。
仮令、王の命に従い刑を回避したとして命を長らえたとしても、目の前の強大な存在に挑めば命がないことに。
どちらにせよ、彼らの命はいや、既にこの王国を含めた全ての人々の運命は袋小路にある。
「あらあら。
まるで溺れる寸前の鼠さんね」
魔女はその様に命令に従うことしか出来ない兵たちの在り様を憐れみながら嘲笑った。
「まあ、でも……
よかったわね。あなたたち」
しかし、彼らの命数は尽きた訳ではなかった。
迫り来る弓矢に、いや、そこに現れるであろう存在が来ることを待って魔女は楽しみにしていた。
矢が魔女を射貫こうとした時だった。
「ひっ!?」
「な、なんだ!?」
「矢が!?」
その矢は全て何かによって弾き飛ばされた。
正確には切り払われた。
魔女の力だと思い恐怖する者、何が起きたのか分からない者、矢が切り払われたことへの衝撃を受けた者。
それぞれの反応が示された。
『!!?』
そして、ある程度人々が落ち着くと魔女の前に立つ一人の人物に気付いた。
「誰か立っているぞ!?」
「誰だ?」
「今のはあいつがやったのか?」
「魔王の……魔女の手先か!?」
人々は新たに現れた謎の人物に戸惑った。
黒い霧の様な者に包まれその正体はまだ分かっていない。
分かっていることには決して、それが自分たちの味方ではないことや今の離れ業をしてのけたのがそれであることだった。
「……何で避けなかったんだ?」
『!!?』
しかし、その人物が魔女に対して発した声で真実を知っていた複数の人間は自らが処刑台に立たされたかの様に首筋に寒気が走った。
「そんなの決まっているじゃない?
あなたに助けられたかったからよ?」
「は?」
その霧に包まれた人物の疑問に対して魔女はとてもではないが常識では理解出来ないような言葉を返した。
「女の子だったらこんな風に助けられたいと思うものでしょ?」
「……『女の子』っていう年齢じゃないだろ」
「えぇ~、ひど~い!」
今まで見せたことのない、正確には狂気のせいでそのあどけなさすらも恐ろしいものになっていた魔女の見た目通りの少女らしい願望に謎の人物は魔女の年甲斐のない発言に呆れた。
しかし、そんな芝居染みたやり取りすらも魔女の恐怖と狂気を目にしてきた人々にとっては異様なものにしか感じられなかった。
「で?本当に俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」
そんな人々のことを気にすることなく魔女に謎の人物は問いかけた。
すると
「え?そんなことは考えていないわよ?
だって、必ず来ると信じていたもの」
「……その根拠は何だ」
魔女のすっ呆けた態度とその傲慢な自信を彼は訊ねた。
「だって、そういうところも好きだし、仮に私が死んでもあなたがどう思うのかも楽しみなのよ―――」
魔女はただその人物が来るのが当たり前だと言い、それを平然と行えるところを好ましいと返した。
加えて、仮に間に合わなかったとしても彼がどの様な反応を示すのかということも彼女にとっては楽しみなのだ。
己の命すらも自らの楽しみの道具とする彼女の狂気は人々に更なる恐怖と苦悩、そして、絶望を呼ぶ言の葉となっていた。
「―――アレン」
『!!?』
そして、最後の言の葉。
その言葉が紡がれると共に霧は晴れ、その先にある虚無を遂に人々に現した。




