「偽りの綻び」
よし……!!
やったぜ……!!
エドワードは不安と恐怖を乗り越えたのを実感した。
今まで多くの女の心を奪ってきた魅了の力。
女神に与えられた神剣を扱う力と共に与えられた力。
戦いではなく己の欲望を満たす為に得たその力でエドワードは己が生き延びる道を見付けたと感じたのだ。
さてと……どうしてやろうかな……
アレンの野郎に何度来ても無駄だということと王国の連中の人気取りの為に今からヤってやろうかな?
完全に危機から脱却したと思っているエドワードはアレンに恐怖させられた報復としてアレンにとっての希望とも言える目の前の魔女を辱める下劣な本性による考えを巡らせた。
「あら?
あなた?」
「へへへ……」
魔女は変わらない笑顔でエドワードを見詰めた。
それは非常に蠱惑的なもので女色に弱いエドワードでなくても強く惹かれるものであった。
エドワードは何もしてこない魔女を見て既に彼女が自分に危害を与えず、今までの女と同じで意のままになったと思いゆっくりと近付いて行った。
「おぉ……勇者様が……」
「何も恐れずに近付いておられる」
「それに見ろ!
魔女も動こうとしない!」
「勇者様の威光に恐れをなしたんだろうよ!」
「やっちまえ、勇者様!!」
人々はエドワードが躊躇いもなく魔女に近付き、そして、魔女が動かないことをそう解釈した。
「へへへ……」
エドワードは人々の喝采を受けてさらに高揚感を得た。
今まで人々が自らに向けていた期待感は己を追い詰める為だけのものであったが、今では自らの虚栄心を満たすものとなっていた。
(いや、おかしい……)
その中で王だけは唯一、違和感を抱いていた。
(勇者の力を失ったエドワード殿にこれ程の力を持つ魔女が屈服するはずが……!?)
現実を見ることしか出来なかった王はそう考えた。
「勇者殿!近付いてはならぬ!?」
「へ?」
王は直感的に魔女へと近づいてるエドワードに制止を呼びかけた。
しかし
「てい」
魔女はただにっこりと手を振りかざした。
そして、一瞬何事もなかったかの様に思われた時だった。
「え」
ぼとんとエドワードの右手首から先が城の石造りの城壁の床に落ちた。
「ぎぃ―――!!?」
エドワードは自分の右手と手首を見比べてその瞬間、自分の身に何が起きたのかを理解し
「ぎゃあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっぁぁあぁぁぁあああ!!!?」
身体の一部を失ったという今まで味わったことのない激痛と喪失感、恐怖からのたうち回った。
「え、エドワード!?」
「義兄さん!?」
「エドワード様!?」
「きゃっ!?」
「クリス!?」
それを見て、一斉に勇者の妻たちはあまつさえぶつかっているのに自分の子供たちなど気にも留めずに夫の下へ駆け寄った。
「腕!?腕ぇ!?
早く治せ!!?この馬鹿野郎!!?」
「え、えぇ……」
エドワードは駆け寄ってきた妻の一人であるローズに直ぐに手を治す様に告げた。
ローズは慌てて夫の切り落とされた腕を探したが
「あ、これのことかしら?」
「え」
そんな彼らに対して魔女は平然と声を掛け、そして、エドワードの切り落とされた手を指した。
「ごめんなさいね」
「!?」
「お、俺の手ぇ……!?」
「あははは!!
いいわね!もっともっと絶望を見せて!!
あ、そこのあなた。止血ぐらいしてあげたら?
そうしないとその人死んじゃうわよ?」
「っ!?
義兄さん!確り!」
「うるせぇ!俺の手がぁ!?」
魔女は元勇者の、いや、この場に漂う絶望と恐怖が増していくことに比例して愉快に笑った。
その魔女の姿は狂気染みた姿を見て、己の右手を失った激痛と苦しみ、絶望しか感じていないエドワードを除いたこの場にいる全員は益々、恐怖を募らせた。
まさに幼い頃に抱いていたおとぎ話の魔女への恐怖がそのまま具現化したも同然であった。
「お、おい……勇者様が……」
「そんな……」
「嘘だ……」
そして、何も知らない民や兵士たちは心の拠り所であった勇者がいとも簡単に敗れたことで今までの熱狂は消え去っていた。
「な、なあ……
勇者様の様子が……」
「何というか……」
「弱くないか……?」
同時にのたうち回り悪態をついている情けない元勇者の姿に対して、人々に疑いの感情が再燃し出した。
「ねえ?
あなたたち、魔王と戦うんでしょう?
じゃあ、私とも戦ってくれる?」
『!?』
今まで、心の何処かで最後には勇者がどうにかしてくれると信じていた彼らは突然現れた魔女と言う巨大な存在によって戦う意思を失っていた。
「あら?そんなに怖がらなくてもいいわよ?
そもそも魔王に対して、そんな義理もないし、冗談よ冗談」
魔女は今の言葉で自らの爪と牙の前に立たされて怯えていた人々に対して本気で今の一言を言ったわけではないことを告げた。
「でも、あなたたちも可哀想ね。
ありもしない希望に縋るなんて……
本当に愉快よ?」
「!?」
「何だって?」
魔女は勇者のことを、いや、偽りの勇者を勇者だと信じている彼らに多少の憐憫と共に嗜虐心を向けてそう告げた。
その言葉に人々は呆気に取られた。
「皆の者、耳を傾けるではない!!
その者は邪悪な魔女だ!
魔王の手先だ!皆の心を惑わそうとしているだけだ!!」
「王様……?」
「な、何だ?」
王は魔女が告げようとしている絶望の事実を何としても人々に聞かせまいと躍起になった。
しかし、人々は王のその姿に逆に困惑しむしろ、気になってしまった。
「あら、王様?
ダメよ?見てみなさい。
あなたの今の言葉で大切な王国の人たちは耳を傾けてしまったわ」
「ぐっ!?」
魔女はそれを見て、王の行いを揶揄った。
「それにあなたも可哀想ね。
まさか、あなたが考えられる限りでの最善の方法が国を滅ぼすことになるなんて……
アハハハハハハハハハハハは!!!
本当に……本当にありがとう!!」
「え……国が滅びる……?」
「何だよ、それ……」
「どういうこと……?」
魔女は王の選択肢とこの状況を憐れんだ。
しかし、同時に王が国を守らんとした行いが結果的に国を滅ぼしていくことへの皮肉さとそれから得られる最高のご馳走への感謝を本心から告げた。
魔女の口から出てきた『国が滅びる』という発言に人々の心の中に恐怖と不信、そして、絶望は増していく。
「ええ、間違いなく滅びるわ。
全て、あなたたちの行いでね」
「俺たちの……せい?」
「何でだ?」
「私たちは何も……!!」
人々の疑問に対して魔女は彼らを絶望から逃すまいとして、その原因が彼らにあることを告げ様とした。
その魔女の言葉に人々は訳も分からなかった。
「あ、その前に本当のことを話しておくわ」
『?』
「や、やめよ!!」
魔女はそんな人々の疑問に答えを突き付ける前に思い出したかの様に彼らに真実を伝えることを決めた。
「その元勇者様だけど、今回、女神に選ばれたわけじゃないわよ?」
『え?』
いとも容易く魔女は真実を人々に告げた。
彼らが信じていた希望はただのまやかしであったことを。




