「暗雲立ち込める」
「な、なんだ!?この声は!?」
「まさか、魔王の仕業か!?」
突然、王国中に響いた謎の声に全ての人間それを魔王の襲撃だと思い混乱し始めた。
『失礼ね。
どうして、私があんな百年も生きていない小物と一緒にされなくちゃいけないのよ?』
「こ、小物だと?」
「魔王が?」
「百年だと……?」
謎の声は王国の人々の魔王に対する恐怖と不安を自らと同一視する発言に不満を漏らした。
人々は様々な反応を示した。
今から、自分たちが団結して戦おうとしている強大な相手をまるで弱者の様に扱うその声が魔王こそ絶対的な存在だと信じている彼らからすれば信じ難いものであった。
「……っ!
皆の者!騙されるな!!
この声は皆の動揺を誘っておるのだ!!
耳を傾けてはならぬ!!」
王は冷静さを取り戻すとその声を敵の策略だと告げて民の冷静さを取り戻そうとした。
しかし
『ふ~ん?
まあ、いいんじゃないの?
でも、あなたたち可愛いわね。
本当は怖い癖に無理して勇気を奮い立たせる。
健気ねぇ』
声はそんなことすら歯牙にもかけず、人々の勇気を虚勢だと言わんばかりに笑った。
『そんなあなた達に現実を教えてあげる』
声は戯れとして彼らに現実を突き付けると言った。
次の瞬間だった。
「きゃあ!?」
「ぎゃあ!?」
「なっ!?」
突如、雷鳴が響き渡り次々と王国の上空に立ち込める暗雲から雷が降り注ぎ、それらは王国の建物を破壊し、火を生み出し、そして、人々の命を奪っていった。
人々は逃げ惑い、恐怖し、命を落としていった。
雷はしばらくして一瞬にして止んだ。
『ねえ?
これでも、あなた達はさっきみたいに言えるかしら?』
雷鳴が止むと声は王都にて起きている、いや、自らが起こした惨劇を前にして平然と愉快そうに民や兵、そして王と臣下たちに訊ねた。
「あなた!?ねえ、確りして!?」
「おい誰か!!子供が瓦礫の下に……!!」
「いでぇ……!!助けてくれぇ……!!」
「死にたくねぇ……!!嫌だ……!!」
人々は目の前で愛する者の生命が失われていくこと、自らが痛みに苦しむこと、自らの死への恐怖を嘆き、助けを求め続け未だに燃え続ける王都は人々の心に死と苦しみという現実を与え続けていた。
「な、何者だ……お主は……」
王は既に真の勇者を頼れない時点である程度の脅威は覚悟しているつもりだった。
しかし、実際に王都で起きている破壊と死、そしてそれを容易く行い笑っている存在への恐怖から声の主に訊ねた。
『あら?ごめんなさい。
名乗らせてもらうわ。私の名前は「絶望の魔女」。
千年を生きる存在よ』
『な!?』
声が告げた名前に王都の全ての人間が驚愕した。
「「絶望の魔女」だって!?」
「そんな……!?
あれはおとぎ話の存在じゃ!?」
「嘘だ!?
そんな訳がない!!」
余りにも有名、いや、そもそも伝説よりも伝承とも言った方が等しい存在である「絶望の魔女」の名前を人々は混乱し否定しようとした。
『ん~……
まあ、信じたくないのならそれでいいんじゃない?
私がただ気紛れと契約の為にここに来たのだから』
「気紛れに……契約だと……?」
自らの名を信じられない民衆に対して魔女は気にすることなくただ自分が今ここに来た理由を明かした。
彼女のその物言いに王は言葉を失った。
『ええ……だって、あなた達だって同じでしょ?
贅沢をしても、他人から大切なものを奪っても、他人に無関心でも、他人を悪役に仕立てても……
力のある人は何をしても許される。
だから、私が気紛れを働いても別にいいでしょ?
あ、契約に関しては私にとっても得があるのだけれども』
「なっ!?」
「ふざけるな!!」
「そんな理由で!!」
「返してよ!?私の子供を返してよ!?」
魔女の余りの勝手な理屈に大切な存在を奪われたばかりの人々は激怒し憎悪の声をあげた。
『ふ~ん?
でも、私のしていることってそこの勇者様やその奥様達、王族や貴族の皆様、そして、あなた達と大して変わらないと思うけど?』
『!?』
しかし、魔女は人々の声をくだらないと言わんばかりに自分のしていることはこの場にいる全ての人間がしていることと変わりがないと言ってきた。
『何せそこの勇者様は他人の大切な人を奪っておきながら笑っていたでしょう?
それにそこの勇者様の奥様達は大切な人を裏切っておきながら自分の幸せばかりを求めていたでしょう?
それとここにいる全ての人達は自分の為に戦ってくれた人をただ気に食わないという理由だけで平気で追い出したのにそのことすら今も思い出そうとしない。
あなた達のしていることと私のしていること……何の違いがあるのかしら?』
『!!?』
「ふざけるな!?
どうして俺達が!?」
「そうよ!!私たちが何をしたって言うのよ!?」
「いい加減にしろよ!!」
魔女は十年前に在ったとある事実を、いや、彼らの犯した過ちを突き付けた。
そのことに心当たりのあるエドワード、クレア、ローズ、王国の中枢部の何人かは動揺した。
しかし、民衆はそれでも魔女の気紛れにという理不尽によって大切な人々や住んでいる地を破壊されたことへの怒りから納得が出来なかった。
『ふ~ん。
まさか、ここまで自覚がないなんて……
ま、そこも面白いのよね』
声は人々の自覚のない姿を見えて嘲笑った。
しかし、誰も気付いていない。
その声には僅かであるが不快感が込められていることに。
(ま、まさか……)
王は震えた。
いや、王だけではなかった。
今回の本当の勇者を知る者全てが震え出した。
この声の主の語った「契約」という言葉。
それ意味すること、そして、それを結んだ相手が何者なのかという結論が浮かび上がったのだ。
(嘘だ……アイツが……)
既に神剣を扱う資格を失い、絶対的優位性を失った元勇者にして今の偽りの勇者は復讐の影に怯えた。
(ど、何処まで邪魔をするつもりよ!?)
かつての婚約者にして幼馴染は自分に付き纏ってくる過去からの恐怖に苛立ちと忌々しさを抱いた。
(私は……間違っていない……)
かつての義妹は己の選択を信じたいが為に必死に『自分は間違っていない』と言い聞かせるが、それ頭の中で繰り返す度に無自覚に恐怖を濃くしていった。
『まあ、いいわ。
そろそろ、飽きてきたし。
あなた達の前に出るわ』
「……!」
「おら!早く出てきやがれ!!」
「勇者様、やっちまえ!
「そうだ、殺せ!!」
魔女は声と己の魔術で人々に恐怖と絶望を与えることに飽き、自らをこの悲劇と惨劇、醜劇に立たせることを宣言した。
それを聞いた民衆は自らを恐怖させ、愛しい人間を奪い、住む場所を壊した元凶を殺せるとして熱狂し勇者に縋った。
そして、勇者もまた展望が開けたと感じた。
(よし!!
魔女って言うのなら女のはずだ!!
それにこれだけ強いんだから利用すればこれからもどうにかなるはずだ!!)
勇者は魔女が女であることを根拠に己のこれからが安泰になることに期待した。
(へへ……!
女をものにするだけじゃなくてもこんな使い方も出来るなんてな……!!)
エドワードが歴代の勇者と同じ様に女神から得た力。
それは「任意の異性からの好意を得る力」である。
エドワードは神剣の力を得ることが出来たことから、戦いに関わる力よりも自らの欲望を優先したことからこの力を得た。
この戦いに向いていない力をエドワードは魔女と言う異性に使うことで魔女を利用して魔王と戦わせようとする事を思いついたのだ。
『ふ~ん?
まあ、いいわ。
じゃあ、失礼するわね」
『!?』
民衆が熱狂と幻想に、エドワードが下劣な邪念に浸っていると今まで響いていた声がまさに肉を得た声となり人間と何ら変わらない声へと変わった。
『なっ!?』
「あら?どうしたのかしら?」
突然、何事もなく現れた少女の姿に全ての人間が息を呑んだ。
それは伝承に語られる魔女への恐怖、突如として現れた謎の存在への困惑、そして、
「初めまして、皆様。
「絶望の魔女」よ、お見知り置き……なんて言葉は似合わないわね。
フフフ……」
魔女の妖精の様なあどけない可憐な姿が彼らの想像していた邪悪な魔女の想像と全く異なっていたのだ。
(いい……!)
それを見て、エドワードは愚かにもそう思った。
(千年生きてるとかどんな婆かと思ってたらいい女じゃねぇか……!
ツイてる!!)
エドワードは目の前の魔女に自らの欲望を向けた。
今までの女たちと同じ様に目の前の魔女も自分の意のままに従わせることが出来ると思い上がったのだ。
「おい」
「?」
エドワードは今まで抱いて焦りや恐怖、希望よりも自らの欲望の為に魔女に近付いた。
それを見て
「おぉ!勇者様が!!」
「やってくだせぃ!」
「そんなクソガキ、やっちまえ!!」
「夫の仇を!!」
今まで怯えていた民衆は偽りの勇者が魔女を倒してくれることに期待し出した。
(よし、この女も俺の物にしてやる!!)
エドワードは相手が女であることで勝利を確信した。
「ざまあみろ、そして、ありがとよ!
手前はやっぱり、何時までも俺には勝てねぇんだ!!」
自らを脅かす復讐者にエドワードは十年前と同じ様に勝ち誇った。
気に食わない相手から大切なものを奪い取る。
そんな歪んだ欲望を抱えて。




