「偽りが招くもの」
「皆の者、良くぞ集まってくれた!
女神の神託による勇者が決まったぞ!」
女神の信託から一週間が経ち、その預言が公表されなかったことで民衆の不安、不満が高まっている中、勇者の選定式を行うことで王はそれを鎮めようとした。
「此度の勇者であるが栄えあることにまたしても我が娘にして、次代の王配、エドワード殿である!」
『おぉ!』
王は民の安定の為に偽りの預言を告げた。
少なくても真実を隠せば民の混乱による内部崩壊は防げるという考えられる限りの最善策であったからだ。
「しかし、ここで一つ皆に残念な知らせがある」
そして、王はここで国と言う秩序を守る為にとっては不都合な事実を隠すための偽りを言おうとした。
「何だ……?」
「エドワード様が勇者なんだろ?」
「ああ……」
「一体、何が?」
王の発煙に民だけではなく兵たちにも動揺が走る。
希望を目前にして不安が生じる言葉を言われたのだ。
動揺が生じるのも無理はないのだろう。
「此度の魔王と魔物たちは歴代のどの存在よりも強大なものだ」
「何だって……!?」
「そんな……」
王を含めた国が決めたこと。
それは脅威である魔王を強大な存在と偽ることだった。
今回の魔王と歴代の魔王の実力はそう大して変わらない。
確かに魔王を含めた魔物たちは何れも強大で脅威であり、それは決して間違いではなく人類が力を合わせて戦うべき存在である。
そんな脅威と戦うことへの恐怖を肩代わりして貰う為に人々は「勇者」という人類の守護者にして希望を求めたのだ。
仮に脅威の度合いが変わったとしてもそれは魔王の存在自体が強大になったのではない人間が弱くなっただけである。
「故に皆に重大な知らせ、いや、頼みがある!」
だが、王はそれを理解しているとしても一世一代の大嘘を吐くことを決めた。
「皆の力を貸して欲しい!」
『!!?』
王は心の底から民や兵、臣下に頼み込んだ。
それは決して自らの保身の為だけの行動ではなかった。
民や兵たちに敵を強大なものと偽らせて一致団結を呼びかける。
こうすることで二つの意味で王は最悪の結末から国を守ろうとした。
一つは今まで勇者と言う存在に依存していたことで危機感を失っていた民に魔物への脅威を思い出させてある程度は戦えるようにすることだった。
そして、もう一つは勇者と言う希望がまやかしであることを悟らせない為であった。
「今代の魔王とその配下の魔物は強大だ。
揖斐に皆が勇者の力となって共に戦ってくれ!」
王は、いや、王国は勇者と言う幻想を偽り続けるために民や兵を犠牲にし、国の崩壊により民を流浪の民にしないことに決めたのだ。
その王の宣言に一瞬、全ての人々が沈黙した。
「俺はやるぞ!!」
民の中から勇んで一人が声を上げた。
「俺もだ!!」
「俺も!」
「私も!」
「これこそ、末代までの誉れよ!!」
一人の声を皮切りに次々と民と兵士たちの中から志願者が出てきた。
それは王と言う権力者が頭を下げたことへの感激、脅威から家族を守りたい、また自らの名誉欲といったそれぞれの理由があった。
一人から始まったこの熱狂は王国中に広がり、全ての人々が心を一つにした。
この瞬間だけは美しかった。
「すまない、皆、ありがとう……」
王は申し訳なさと共に民や兵たちに感謝をした。
己が犯した過ちにより彼らを偽り危地へと向かわせることへの愚かさを胸に抱きながら。
「それでは、勇者殿に神剣を授けよう!」
『おぉ!!』
王はそれでも国が滅びた後の悲惨さを理解し、そのまま悪になりきる決意を固めた。
「勇者様、お願いですから。
せめて神剣を受け取るだけでいいですから!」
「うぅ……」
「………………」
しかし、そんな王の決意とは真逆の者たちがいた。
王は何時までも城の中から出てこようとせず、事情を知る騎士たちに背中を押されて渋々前に出ようとしている勇者とその妻たちを見て己の不甲斐なさと愚かさを改めて嘆いた。
自分が仕向けたこととは言え、日頃の酒肉に溺れ勇者の資格すらも失った男よりも、今、家族や国、己の名誉の為に戦わんとしている民たちの方が勇者に相応しいと感じた。
思えば……あの男こそ……
勇者であったか……
余りにも遅過ぎる結論であった。
当時魔王を討滅し百年の平和は約束されたと浮かれ、同時に勇者と言う強大な力を得たことで王はそれこそが国や娘の為になると考えて一人の少年を犠牲にした。
誰よりも勇者の力がなくとも勇気を奮い立たせていた少年を。
……せめて、儂の命で償えるのならば償いたい……
今になって全てが遅過ぎることも王は理解していた。
同時に今、この国が滅びるのも当然だとこの場の中で理解しているのは彼だけであった。
……あの子達が不憫だ……
王は勇者の背後にいる勇者の妻とその子供たちを見て、改めて自らの罪を痛感させられた。
孫娘は勿論、その他の勇者の子供たちには怯えと不安が垣間見えた。
そこから王は子供たちがこの一週間の間に周囲からの不安と恐怖に晒され、そして、本来ならばそれらから彼らを守るべきであった父と母を含めた大人たちの不在と怠惰を後悔した。
愚君、暗君の誹りは受けよう……
しかし、それでも……
「さあ、勇者殿。
この神剣を―――」
王は形だけと言えども神剣を授けようとした。
そして、人々に偽りの団結と希望が生まれようとした。
その時だった。
『アハハハハハ!!
いいわね、いいわね!
最高のご馳走を用意してくれて感謝するわ、あなた達!!』
『―――!!?』
王国中にその嘲笑が響き渡った。
欺瞞と必死さ、抗い、願い、想い、臆病さは絶望を喰らう者にとってはこの場に広がる光景はただの余興に過ぎなかった。




