「無垢なる者たち」
(何だあの人は……!)
ローズの息子、レオンは実母の情けない姿を目にしてこれまで以上の嫌悪感を抱きながら城中をうろついていた。
我が身のことしか考えられず、息子のことなど視野にも入れないで現実から逃げているかつては英雄の一人だと讃えられていたはずの母の姿にレオンは苛立ちを感じていた。
(いや……母さんだけじゃない!
何なんだ、この城の人間は……!)
レオンは母だけではなく、場内にいる全ての大人たちの自分のことしか考えていない姿に呆れていた。
(今まで、散々好き勝手していたくせに……!)
レオンはこの状況になる前からこの城の中にいる全ての人間を嫌悪していた。
母を始めとした勇者の妻たちは夫に媚びることを優先し自分たち兄妹を省みず、場内の貴族や使用人は勇者やその妻たちに取り入ることばかりを考え自分よりも立場の弱い人間を辱め、他の兄妹たちもまた勇者の子という生まれから自らを特別だと傲り高ぶり、そして、父である勇者は時折我が子を可愛がる父親の振りを見せるがその実態は我が子達を愛玩動物の様にしか愛でない。
次々と増えていく勇者の妻たちと自分の兄妹たち。
そんな女と子供、汚い大人たちを見てレオンは何時しか周囲に歪みを感じてこの場を地獄だと思っていた。
加えて、今は散々へりくだって偉そうにしていた大人たちは子供を守ろうとしない。
その場内の人間たちの現状を見て、レオンの溜め込んできた憤りは爆発寸前だった。
(クリスが心配だ……)
しかし、レオンは不満を周囲に曝け出すよりも前に、唯一、この城の中で心を許している異母妹のクリスのことを優先した。
レオンにとってはクリスは数多くいる異母兄弟の中で唯一大切にしている妹だった。
(あの子は泣き虫で優しい子だから……)
レオンがクリスを気に掛けているのは他の兄妹にない彼女の優しさが理由だった。
クリスは他の異母兄妹たちと異なり、自らが勇者の子供であることをいいことに横柄にならずどの様な相手に対しても優しい少女だった。
だからこそ、そんな大人しくて優しい彼女は他の異母兄妹やその母たちから格好の餌食にされてきた。
しかし、レオンが彼女を気に掛けている最大の理由は彼女の性格だけが原因ではなかった。
それがレオンが九歳、クリスが六歳の時だった。
レオンはある理由で自らの母と母が姉の様に思っているクリスの母親の部屋へと向かい、一人で過ごそうとした時、自室から抜け出し部屋から跳び出した。
そんな時に一人寂しそうにしているクリスを見かけて、レオンはそこにいる理由とその表情をしている理由を訊ねた。
すると、帰って来たのはレオンの想像を絶する事実だった。
『えっと、お母さまが……『お父様とローズが来るから外に行ってなさい』と言ってたから……』
クリスの様な子供を放っておいて何が勇者だ……!英雄だ……!
幼い妹が寂しそうにしているのに誰もそれに気付ない。
レオンは幼い時に父と母の子供を無視して行っていその行いを見てしまった。
だから、それが意味することを理解した。
そして、クリスの話を聞いた時、レオンの心の中に湧いたのはこの城に住む全ての人間への怒りであり、親たちへの失望だった。レオンは親に期待することをその時から止めた。
そして、同時にレオンは兄として妹を守っていくと自覚を持ったのだ。
勇者じゃないのに母さんやクレアさんを守る為に戦っていたアレンていう人のが何十倍も立派じゃないか……!!
この城の中に全ての醜態を見ながらレオンは常日頃から悪く言われる消された英雄と自らの両親を比べた。
レオンは剣術を愛し、そのことから王国の歴史の中で優れた歴代の剣士のことも調べた。
その過程で彼はアレンと呼ばれる消されたもう一人の英雄の存在を知った。
同時に自分とクリスの母親たちとの関係も知った。
何が最低な男だよ……
最低なのはこの国の連中だろ……!!
アレンが失踪した理由を知ったレオンは憤慨し、両親への失望は嫌悪となった。
命を懸けて守った恋人と義妹に裏切られ、さらには今でも悪し様に言われる英雄。
その英雄を裏切ってもなお、悪びれることのない母親たち。
そして、その英雄を侮辱する父親。
レオンは両親とそれに同調する周囲を見て軽蔑する様になった。
そんな最低な連中の血を引いているなんて……
自分の身体に流れる忌むべき者たちの血、そして、子どもゆえにそんな大人たちがいなければ生きていけない自分。
その運命をレオンは何時しか呪いの様に感じる様になった。
だから、クリスだけでも守らないと……
そんな小さく弱い自分でもまだ何も知らない優しい妹だけは守りたい決意をレオンは抱いてた。
それだけが空虚さの中にいる彼にとっての唯一の生きる理由だった。
「……!
クリス!」
「お兄様……」
何時もと同じ様に中庭に、いや、何時もと異なり涙の跡を残す妹を見付けてレオンは直ぐに駆け寄った。
そして、そのまま
「大丈夫だから、僕がいるから」
「はい……」
妹が泣き止むまで抱きしめた。




