「怠惰の代償」
(私、どうすればいいの?)
勇者の第三夫人であるローズは自室にてこれからのことを考えて右往左往していた。
ローズは幼馴染にして姉貴分であるクレアとは異なり、自らの不満を他人に爆発させることはなかった。
いや、そんなことをしている余裕がない程に彼女もまた方向性は違えども追い詰められていた。
(この城を追い出されたら……
私はどうなるの?)
彼女は怒りや嫉妬によって現実から逃れることが出来ず、今後のことへの不安に怯えていた。
元来、ローズは臆病者だった。
常に誰かが傍にいることでその不安を紛らわしていたが、今はその誰かがいないのだ。
(エド義兄さんも……クレア義姉さんも……
どうすればいいの?)
ローズはこれまでの人生をずっと周りの流れの中で生きてきた。
彼女は自分自身の意思で決めて動いてきたことがないのだ。
故に頼りになる人間がいなくなり、途端に彼女は不安になったのだ。
(大丈夫よ……
エド義兄さんがやってくれるわ……
そうよ、きっと大丈夫……)
しかし、結局のところ、彼女は現実からの恐怖から逃れたいが為に在りもしない希望を求めてそれを妄想だと理解も出来なくなっていた。
今まで、自分の意思で動いて来なかったことから来る彼女の脆さだった。
(そうよ……だって、義兄さんにも強く言えたじゃない!)
そんな彼女でも唯一、自分の意思で動いたと思えることがあった。
それは幼い時から一緒に育った義兄アレンとの訣別だった。
彼女はエドワードとの結婚に口を挟んだアレンに自らの言葉で訣別した。
そして、その唯一の成功談が彼女にとっては大きな栄光に感じられたのだ。
今まで何かと『自分の為だ』と言ってきた義兄を黙らせ打ち勝った。
それは義妹として守られてきた彼女にとっては大きな過去なのだ。
しかし、栄光であるその過去が今になって自分の未来を脅かす。
そんな事実が彼女にとっては信じたくないのだ。
(私は正しい……そうよ、正しいのよ……)
自分が今まで信じて進んできた道が間違っている。
それを認めたくなくてローズは現実を受け容れずにいる。
彼女は不安から逃れる為に「正しさ」に固執している。
それも彼女にとっての「正しさ」に。
「正しさ」というものは自らを大きな一部であるという安心を与えるのに十分な麻薬なのだ。
けれども、彼女は気付いていない。
自分が自身の力で何も手に入れなかったことに。
義兄との訣別もその実、本人は確固たる意志もなく、ただ周囲が同調してくれたことで楽な方向へと進んだに過ぎない。
彼女は何一つ一人では何も選べず、周囲の賛辞に依存し、誰かの言葉でしか動けない人間のままだったのだ。
幼い頃は義兄に、魔王を倒した後は夫や姉貴分、周囲の人間にその対象を変えるだけだったのだ。
そして、誰よりも自分の幸せを望んでいた人間の言葉を耳障りだとして切り捨てたのだ。




