「愚者の嘆き」
(何でよ!?
私はこの国、世界を救った英雄なのよ!?)
勇者の第二夫人にしてかつて魔王を討った救世主の一人であるクレアは部屋に戻ると先ほど、王の臣下に伝えられた『エドワードが討伐軍に参加しなければ城から退去してもらう』という伝達に不満を心の中で繰り返し続けた。
(どういうことよ!?
私がどれだけ命懸けで魔王を戦ってきたと思っているの!?
それなのに私が第二夫人で何もしないで城で待っていたシャーロットが正夫人!!
そこまで我慢したのに!!!)
クレアはここぞとばかりに自らの女としての不満も爆発させていた。
そもそも魔王討伐という旅で一度も同行せず、危険な目に遭っていないのにただ王女というだけで正妻の立場を手にしたシャーロットを表に出さないだけで日頃から嫉妬していた。
にも拘らず、それを耐えていたシャーロット以外の妻たちまでもが追い出されるということにクレアは納得していなかった。
何が王族よ!?
ただ危険なことも知らないでいい子ぶってるのに……!!
私の方がエドとの付き合いが長いのに!?
自らの立場の危ういことにクレアは打開策が見つからないことでただ他人を攻めることでしか不安を紛らわすことしか出来なくなっていた。
あの女だけが残って私だけが追い出されるなんて不公平よ!?
クレアはシャーロットは自分たちと異なり王族と言う立場から城から追い出されることはないと思い、不公平さを抱き始めた。
そもそもアレンもアレンよ!?
今さらになってどうしてあいつが出てくるのよ!?
そして、クレアは今、自分たちを窮地に陥れた原因だと一方的に思い込んでいる幼馴染にして、かつての婚約者の存在に対して苛立ち始めた。
そうよ……アレンなんかよりもエドの方が優れているのよ……
大丈夫よ、私……安心しなさい……
クレアはアレンが自分たちを助けることはない。いや、正確にはアレンに助けを求めること自体を忌避し在りもしない妄想を抱いた。
それは希望的観測でも何でもない。
自らが棄てた男が自分が選んだ男よりも優れていたという事実を認めたくないという虚栄心故の妄想なのだ。
「お母様?」
そんな母親に対して、彼女のまだ幼い娘が心配そうに声を掛けてきた。
「何よ、クリス……
今、イライラしているんだから声をかけないで……!!」
「!?」
クレアは自らの娘の声に対して八つ当たり気味に怒鳴った。
「でも、お母様……」
それでもクリスは母親の不安そうな雰囲気を感じて幼いながらも母を気にかけ、近くに寄ろうとした。
「あぁ!もう鬱陶しい!!」
「!?」
しかし、母親はそんな娘の想いすらも汲み取ることも出来ずそれを鬱陶しいと言い捨て振り払った。
「私はね!!あんたの為にも考えているの!!?
それなのにどうして、あんたが邪魔するの!!?」
「ひっ!?
ごめんなさい……!」
クレアはクリスに自らの不安と恐怖から来る苛立ちをぶつけた。
クリスはそれでも母親に謝るばかりであった。
そもそもクリスの面倒はクレアは殆ど侍女に任せていた。
それでも特別叱ることも優しくすることもあった訳ではなかった。
ただそれだけの最低限の関わりすら持とうとしなかったのだ。
最早、血だけ繋がっている母娘としか言えなくなっていた。
(どうしてよ!?どうしてこうなるのよ!?)
クレアは娘の傷付いた様子を気にも留めず、ただ己の不幸を嘆くばかりであった。
彼女は今、血だけとは言え繋がっていた母親であることすらも完全に辞めた。




