「恐怖を知る」
「エドワード様!!
部屋から出てきてくださいませ!!」
「そうよ、エド!!
あなたなら女神さまの力がなくても大丈夫よ!!」
「義兄さん!お願いだから!!」
「うるせぇ!!俺に構うな!!」
女神の神殿であれ程、自慢げに自分がまたしても勇者に選ばれると思い上がっていたかつての勇者は常日頃から悦楽を貪っていた王国から与えられし城の一室にて、扉を固く閉ざし外からの声を、いや、全てから逃避しようとしていた。
それらが自らの捌け口としていた寵姫と言う名の奴隷たちの声であろうともエドワードは耳を塞ぎ続けた。
(何でだ……何で俺じゃないんだ……
女神は俺を選んだんだろう!?)
エドワードは既にアレンと言う存在を恐怖するのではなく、女神が自分を選ばなかったことだけにしか恐怖を感じなかった。
いや、違う。
エドワードは元々恐怖を知らなかっただけだ。
そもそも勇者と言う者は恐れを知らないから勇者などではなく、恐怖を乗り越えるからこそ勇者なのだ。
彼は今まで女神の加護で「死」というものに恐怖を抱かずに済んでいた。
それがなくなった今、彼は戦いに付きまとう恐怖に直面することになったのだ。
「何でだ……何でだ……何でだ……」
今になってエドワードは魔王討伐の戦いを常人の目から俯瞰し出した。
常人なら間違いなく死ぬか、その恐怖に屈する苦難の旅路。
しかし、それこそが自らが英雄と呼ばれる理由になったことを彼は理解していない。
そもそも、蟻一匹を殺すことで誰がその人間が英雄と呼ぶだろうか。
魔王を倒す勇者とは人々の心から魔王の恐怖を振り払うこともあるが、それらを乗り越えるからこそ人々は勇者に敬意を抱くのだ。
「エドワード様、申し上げたきことがあります」
「何だ!!放ってお―――!!!」
勇者の妻たちの声とは別の声がエドワードのいる部屋へと向けられた。
「一週間後に国を挙げての魔王討伐の軍の挙兵式を行うことになりました。
つきましてはエドワード様にもその軍に加わっていただきます」
「な、何だと!?」
臣下の一人はエドワードに対して最早、死刑宣告にも等しい王や国の指導部が考えた苦肉の策とも言えない破れかぶれの方針を告げた。
「嫌だ!?
俺は出な―――!!!」
既に死と戦いへの恐怖に憑りつかれていたエドワードはそれを全力で拒否しようとしたが
「……その場合、奥方様と御子様方々共々城から退去願います」
「―――な、何だと!?」
「何ですって!?」
処刑台への連行ともいえる言葉をその臣下はぶつけた。
「どういう訳よ!?
私たちは英雄なのよ!?」
「そうです!!
何でそんな横暴が許されるの!?」
「お父様がそんなことを言われる訳ないですわ!?
私はこの国の王女なのですよ!?」
「……私はその……失礼いたします!!」
「あ、ちょっと待ちなさい!!」
「待って!!?」
ただ伝言だけを伝えるだけの臣下は冷静さを失った元勇者の妻たちに詰られることを恐れてそそくさとその場を後にした。
「っ!エドワード様!!
ここを開けてくださいまし!!」
「エド!!お願いよ、戦って!!」
「義兄さんなら、大丈夫よ!!!」
臣下が去るとエドワードの妻たちは再び扉の前で先ほど以上に騒ぎ始めた。
けれども、そこには最早、国や民はおろか、夫であるエドワードや我が子への愛情ではなく己の生活と悦楽がなくなることへの恐怖しかなかった。
(嫌だ……嫌だ……嫌だ……)
しかし、元勇者は刻一刻と迫る戦いへの恐怖と絶望から部屋に引きこもるだけだった。




