五話 夜空の星々
机がたくさん並んでいる。眼前には黒板があって、先生が日本史の豆知識を力説しているところだった。
キーンコーンカーンコーン。
授業の終わりを告げるチャイムが校内に響き渡る。憂鬱な授業が終わり、憂鬱な休み時間が始まる。するとある1つの机に人が集まって、こんなことを言う。
「こっち見てんじゃねぇよ」「きっも」「また泣くか?」
などなど。
わざわざそれを言いにそこへ行ったのか?特に用事もないのに、人を不快にさせるためだけに?
“うるせえな!”
なんて言えたらよかったのに…俺は…何も言えないまま。ただその悪口を聞いていて、その机にいたんだ。
硬いベットの感触にほこりっぽい空気。あまり日差しが入らない部屋で、真喜は目を覚ました。
しばらく目を開けて、天井を見つめる。
「嫌な夢をみた…」
すると部屋の扉がゆっくりと開く音がした。そこにはパーティーメンバーの大男、ローガンが心配そうに立っていて、
「真喜くん、目が覚めたんだね!」
「あ、うん、おかげさまで」
「みんなに知らせなきゃ」
「あ、ちょっと」
ローガンは一目散に来た道戻って行ってしまった。
「ここは…俺は」
思い出してきた。確か初クエストでオークの討伐に行って、オークの群れに遭遇してしまったのだ。それで、あれ?どうしたんだっけ。何かあった気がするんだけど、うまく思い出せない。
「マッキー!」
「うおッ」
考えを巡らせていると、エレナがベッドに腰掛けている真喜へとダイブして、のしかかった。
「大丈夫マッキー!?」
「あ、ああなんとか。てか今の方が大丈夫じゃない」
「それってなにー!重いってことー!?」
「違うよ、その…いろいろ」
ベットに押し倒された形になっている今の状況。いやでも意識してしまう。
「なにそれ?あ、ちなみに私は完全復活を遂げたよ!アリエルのヒールのおかげでね」
「それはよかった。それでみんなは」
「もうすぐくると思うけど…」
するとアースとアリエル、続いてさっき来たローガンが真喜の部屋に入ってくる。
「真喜、無事か?」
「ああ、なんとか」
アースが柄にもなく心配そうな声で問いかける。続いてアリエルも、
「本当に?何か変わったところとかないのですか?」
「特にないが…」
「ならよかったです。安心しました」
3人は胸をほっとなでおろした。それにしても全員無事だったのか。
「どうやってあのオークの群れを倒したんだ?」
エレナをどかしながら、真喜は疑問を口にした。
「お前、覚えてないのか?」
「覚えてって…なにを?」
「お前がやったんじゃねえか。すげー強力なスキルを使って」
「スキル?俺が?」
「そうだぞ。それのおかげで俺たちは助かったんだ」
なんだろう。アースは嘘をついている風には見えない。それに何か、不思議な力を使ったような感覚は、覚えているのだ。
「わからないな。俺はどうなったんだ…」
俺の能力ってやつなのか?それにしては実感がなさすぎるし、そうゆうものなのだろうか。わからない。今は悩んでもどうしようもない。
「まーとにかく!助かってよかった!!もうすぐ日が沈むし、今日は飲もうよ!ギルドのみんなも誘って、パーっとやろ!」
「おっ、いーなーエレナ!そうだな!たくさんオークも倒して金もある!真喜!お前に宴ってやつを教えてやるよ!」
「ちょっとアースさん、エレナさん。真喜さんも疲れているでしょうし、今日はゆっくり…」
「宴か…」
日本では宴なんてものないし、未成年だから飲酒もできないが、この世界では15から飲めるらしいし、興味はある。
「ちょっと真喜さんまで」
「よく言った!じゃー早速行くぞ真喜!」
「わかったよアース。すぐ行こう」
こうして波瀾万丈、真喜の初クエストはなんとか成功に終わった。一時的な負傷者はいたものの、最後にはみんな無事で帰ってこれた。そして今度は、真喜にとって異世界で初、いや、人生で初宴会が始まろうとしている。
朝から晩まで賑わいがやまない冒険者ギルドの下階にある酒場。いつも大勢の冒険者が騒がしくしているのだが、今日はより一層たくさんの冒険者が酒場に足を運んでいた。
いくつかのテーブルを囲む冒険者は今、1つのテーブルの上に立っている2人の男に視線を送っていた。金髪の色男と、冴えない黒髪の青年に。
「俺達は今日オークの討伐へ行ってきた。比較的簡単なクエストだ。何事もなく終わると誰もが思っていた」
「誰もがって、パーティーメンバーしかいないだろアース」
「まあまあ、だがしかしだ!俺達の前に立ち塞がったのは5体のオークリード!!それに大量のオークだった。四方八方オークに囲まれて、ありゃ歴戦の勇者でも腰を抜かしちまうだろうな」
「勇者なら一撃だろ」「オークは意外と怖いんだぞ」「それでも大したこたーねーよ!」
次々と野次が飛ばされていく中、一切動じずアースは続ける。
「ここにいるこの男はな、初クエストでそのオークの群れに出会ったんだ、俺たちと一緒にな」
そう言ってアースは真喜の髪をわしゃわしゃして、コホンッと咳払いをして話に戻る。
「俺達はなんとか持ちこたえていたが、限界がきた。万事休す、もうダメかと思ったその時だった」
「何が起きたんだ?」「勇者でも現れたか?」
「うむ…確かに将来勇者になっているのかもしれない。何を隠そう、俺の隣にいるこいつが、そのオークの群れを一瞬で片付けちまったのさ!」
「このあんちゃんが?」
酒場にどよめきが生まれた。俺の腰に帯びた二本の剣を見るに、俺は武闘家だ。みんなそれは分かっているだろう。だが武闘家にオークの群れを一掃できるかと聞かれたら、確かに疑問が残るだろう。
「そうだ。こいつは見ての通り、珍しい武闘家っていう職業だ。だがこいつはやったんだ。いきなり炎をブワッてーー」
アースが炎の話を熱を込めて話そうとしたが、
「おいおい長〜よ!そろそろおっぱじめようぜ」
「なっ、まだ話は終わってな」
するとがたいのいいスキンヘッドで、いかにも強そうな冒険者が、
「まーとにかく生きててよかったな」
そう無理やり締めくくり、
「ポルリア!」
「「「「ポルリア!」」」」
謎の単語とともにみんながジョッキを掲げ、宴会は幕を開けた。
「それでなー」
すっかり酔っ払ったアースが、1人の冒険者を捕まえてさっき中断させられた話を熱心に話している。捕まった人は早く脱出したいようだったが、なかなか逃げられない。
エレナは男冒険者と何か賭け事をしているようだった。しかし負け続きなのか、少しイライラしているように見える。がエレナも顔を真っ赤にしているので、相当酔っている。後で後悔していそうだ。
ローガンはそんなみんなの様子を見てニコニコしている。
真喜はというと、お酒に結構ハマってしまい、もう三杯目にいくところだ。テーブルの肉をつまみ、もぐもぐと食べていると、
「真喜さん、真喜さん」
やかましい酒場で、よく聞こえないが、誰かに呼ばれたような気が。
「真喜さんってば」
肩をトントンとされて、ようやく気がついた。少し頬を染めたアリエルが声の正体だった。
「何か用か?アリエル」
「用ってほどじゃないんですが、少し外の空気を吸いに行きませんか?」
「ああ、わかった。それにここはうるさすぎるな」
「はい」
「本当に」と言いながら、しかし楽しそうにアリエルが微笑む。アリエルは落ち着いているが、こういったことが好きなのだろう。
外に出ると、夜なのもあって少しひんやりとした。しかし酒場が熱気に包まれていたので、涼しくて丁度いい。
「外は涼しくて気持ちがいいですね」
「そうだな」
2人して出口の脇にあるベンチに腰掛ける。木でできていて、座るとお尻が少し冷たい。
しばらく座ったまま、酒場から漏れ出す冒険者達の賑わいに耳を傾けていると、
「今日は星が綺麗ですね」
アリエルが上を向いて呟いた。真喜もつられて空を仰ぐ。
「本当だ」
真喜は東京生まれ東京育ち。少し都会のところに住んでいたので、あまり見たことがなかった。
夜空に瞬く満点の星々。1つ1つが光り輝いていて、暗闇を照らす。この世界の星は、赤、青、紫、そして日本と同じ黄色?とにかくたくさんの色で埋め尽くされていて、幻想的だ。
「日本…か」
これは夢じゃない。現実だ。ここは日本とは違う世界。帰る手段はまだ見つからない。でもこの世界も、悪くはないのかもしれない。そう急ぐ必要は、ないかも。
「ニホン?」
「いやなんでもない。こっちの話だ」
「そうですか」と、アリエルが視線を真喜の方へ移し、頭を下げる。
「ありがとうございます」
「なんだよ突然」
「突然じゃありません。当然です。あなたは命の恩人ですから」
「それは俺もよくわからないからな、助けたことになるんだろうか」
「なりますよ。なりますとも。あなたは私達を2回も救ってくれました」
「だから最初のは俺じゃ」
するとアリエルがベンチから立ち上がって、真喜の前に立つと、
「私たちは、破綻寸前でした」
「破綻?」
「ええ、あなたが来るまでは。お金遣いが荒いリーダーに、金目のものを見つけられない盗賊にで、ろくに稼げていませんでした」
「あいつら…」
ほとんどあいつらのせいじゃないか。もっと叱るべきなのではないか。あの金髪コンビはろくなことしないな。
「もう本当に貯金が危なくて、一山当てようと思って、とても報酬の高いダンジョンに潜ったんです。ダンジョンでは宝箱を見つけるか、ダンジョンの主を倒すかで、転移装置が発言するのです。それで私達は宝箱目当てで行ったんですが」
「魔獣に出会ってしまったと」
「はい…もう終わりだと思いました。冒険者ですから、いつでもそうなる覚悟はできているはずだったのですが、いざその場面に出くわすと、恐ろしいものでした」
その時のことを思い出しているのか、寒さのせいなのか、アリエルは身をブルブルと震わせていた。
「でも…大丈夫でした。私達が逃げ惑っている最中、突然魔獣が氷漬けになってしまったんですから」
それは俺も目の前で見たな。異世界転移した途端に、凶暴な魔獣が現れて、氷漬けになるなんて場面、絶対アニメや小説、漫画だったらないだろうな。
「そしてそこに、あなたがいました。パーティメンバーは1人、出身も不明、謎の魔法を使う。そんな人に出会った」
「はは、それだけ聞くと、本当に俺は何者なんだか」
魔法に関しては俺じゃないと思っていたのだが、今回に関しては使うところを目撃されているみたいだし。
「前回も、そして今回もあなたは、私達の危機を救ってくれました。炎魔法まで扱ってしまった、もうあなたには追いつけません」
向こうにテクテクと歩き始めたアリエルが、本当に全くといったジェスチャーをしながら、話を続ける。
「あなたには助けてもらってばかりですね」
「そんなことないぞ。俺だってこの世界に来たばっかりで、右も左も分からない時に、お前たちがいて助かった」
アリエルやアース、みんなに出会わなければ、今頃はお腹を空かして途方に暮れていただろう。
「もう一度、言わせてください」
「なにを?」
アリエルがさっとこちらを振り向く。綺麗な青髪を揺らしながら、ここからでも頬を赤らめているのがわかり、なんだが色っぽさを感じる。
「私たちがあなたに出会ってから、ずっと助けてもらってます。お金もパーティーも。そしてみんなの命も。私のことも…
本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
アリエルはキラキラと満面の笑みを浮かべて真喜にそう言った。
輝いて見えるのは、夜空に輝く星たちの光が、アリエルに降り注いでいるからだろうか。それとも彼女の美しさが、星々を振り向かせているからだろうか。
どっちでもいいか。
「こちらこそ、よろしく頼む」
なんだかんだあったが、これからなんとかなりそうだ。
真喜とアリエルは再び騒がしい酒場に入り、今度はみんなと一緒に、馬鹿騒ぎをした。