四話 炎
その場で待機するパーティー。五体のオークリードに相対して未だに出方を探っている。
「私が3つ数えたら、わかってるわね?」
「いやわからないよエレナ」
真喜はこのパーティーに加入してまだ1日目、わからないのが当然だ。
「前衛は真喜さん含め男性3人、私達は後方サポートです。さっきと3体のオークを倒した時と同じですが、あのようにうまくいくとは思っていません。今度は私達の出番が来るでしょう。気をつけてください」
「わかった」
オークリードはじりじりと距離を詰める。人間のように剣を構えらその姿は剣士といっても過言ではない。知恵があるのか?そうだったら厄介だ。
「1…2…」
エレナが数え始めて、みんな武器を構える。そして…
「さんッ!!」
と同時に一番右端のオークリードの目に小さなナイフが一本刺さる。後ろを見るとエレナが得意そうな鼻をこすっていた。
「真喜!よそ見してんじゃねぇぞ!」
アースの怒鳴り声にハッとして振り返ると、オークリードが一体真喜に向かって走ってきていた。
オークリードは豚に似ている咆哮を上げながら、真喜に斬りかかってくるが、真喜はそれをひらりとかわし、盾を足の裏でぐいっと蹴飛ばした。
すぐさま首を切ろうと刃を振るうが、オークリードは剣でそれを防いだ。
やはりさっきのとは明らかに違う。反応が少し早い。でもこんな程度なら、
「勝てる」
真喜は防がれた剣とは違うもう一本の剣で、相手が剣を持っている腕を斬り飛ばした。
オークリードが悲鳴をあげる。その隙に心臓があるだろう右胸部を一刺し…オークリードの動きが止まる。
「やった…」
あとは魔獣石に変わるのを待つだけ…
しかしオークリードは魔獣石に変わらなかった。濁った赤い目を光らせ、真喜に噛み付こうと口を大きく開ける。真喜はそれに反応できなかった。
「このッやろう!」
真喜に噛み付こうとしていたオークリードが、横から剣を突き刺したアースのお陰で、大量の血を流しながら魔獣石へと変わった。
アースは一体のオークリードを倒して、真喜を助けてくれたのだ。
「助かった、ありがとう」
「油断すんなよ、これは命のやり取りなんだ。やるか、やられるかだ」
そう言ってまたオークリードめがけて走っていく。
「命の…やりとり」
そうだ。これはゲームでも、アニメでもない。油断なんてしたら、あっという間に死ぬ。ここはそういう世界なんだ。
そしてもう一体のオークリードをローガンが倒して、残りは、1体しか…
「あれ…おかしい」
確か5体いたはずだった。なら後もう一体は?
真喜の視界にいるオークリードはローガンとアースが囲んでいて、アースが、
「オオブリテンド!!」
と叫ぶと、アースの剣が淡く光り出した。そしてそのままオークリードをバッサリと切り倒して、魔獣石へと変えてしまった。
「今のは?」
「なんだ真喜、知らないのか?スキルだぞ。攻撃の威力をあげる技だ。職業ごとにあるはずだが」
「今のがスキルか」
その存在は知っていたが、どうやって使うかわからなかった。そのスキル名を叫べば使えるのか。
残るはあと一体のはずなんだが…
ふとアースがアリエルの方を振り返ると、
「アリエルッ!!後ろだッ!!!」
「えっ」
驚いて後ろを向くと、アリエルの後ろには見失っていたオークリードがいつのまにか回り込んでいた。
咄嗟にエレナがナイフを投げるが、オークリードは盾でそれを弾く。そして禍々しい笑みを見せながら、アリエルに向かって剣を突き立てる。アリエルは驚きで体が動かないようだ。
考えるよりも先に、体が動いていた。真喜は5メートルほどのオークリードとの距離を瞬時に縮め、オークリードの剣を二本の剣で受け止める。そして剣を押しのけ、オークリードも同時に弾き飛ばす。
弾かれたオークリードはすぐに剣を持ち直し戦闘態勢をとるが、アリエルも態勢を整え、すでに真喜達全員に囲まれていることに気がついて、苦々しい顔をする。
「へっ、楽勝だったぜ」
「そうね、少しひやっとしたけど、なんてことなかったわね」
「油断は許されません。このオークリードを倒して、さっさとギルドへ戻りましょう」
「そうだね、早くしよう」
「そうだなローガン。最後はこのアースさんがとどめをーー」
アースの言葉を遮って、オークリードがけたたましい怒号を飛ばした。まだ死にたくないと、俺たちを威嚇するように、
叫びを止めると、オークリードはニタッと不敵な笑みを浮かべる。そしてエレナに向かって持っていた剣をぶん投げた。
「いったッ!?!?」
「エレナさんッ!!!」
放たれた剣はエレナの右太ももはグサリと突き刺さった。あまりの痛みにその場に崩れてしまう。
真喜含めて全員が完全に油断していた。油断すんなと言っていたアースさえも。完全有利なこの状況では気が緩んでしまっていた。
「クッソ!!」
アースがオークリードに斬りかかるも、地面に倒れている別のオークリードの剣を拾って、受け止める。そしてアースは力で押され、後ろに弾かれてしまう。
急いでローガンがエレナの元へ向かう。アリエルもそうしようとするも、オークリードが邪魔でエレナの元まで行けない。
オークリードはさっきからずっと不気味な笑みを浮かべたまま。まさかこいつ、僧侶の位置を知っていて、エレナに攻撃したのか!?そして傷が治癒されないように、アリエルの邪魔になる位置にいる。もしそうだとしたら、なんて卑劣な魔獣なんだ。
真喜はオークリードは向かって攻撃を仕掛けようとしたが、後ろの気配に気づいて足を止める。
「まさかッ」
気づけば四方八方、大量のオークに囲まれていた。さっきエレナが探知していたオークが、でもなんでこんなに早く…
「クソッ!!なんで大量のオークがこんなに早く来たんだよ!!」
「さっきのオークリードの咆哮です!さっきのは威嚇ではなく、仲間を呼ぶためのものだったんですよ!やられましたね…」
「クソックソックソッ!おいローガン!こいつら一気に仕留められねえのか!?」
「無理だよ…こんなにいっぱいじゃ。それにエレナが……」
朝から血を流し続けるエレナをみて、不安そうにつぶやくローガン。
確かにこのままじゃまずい。止血か、ヒールをかけないと。
苦しむエレナの姿に、だんだんパーティーに焦りが生じ、思考がうまくまとまらない。
真喜達の周りには大量のオークが、こちらをあざ笑うかのように、口元を緩めてニタッと笑っていた。汚い歯をむき出しにして、いつ食ってやろうかと。
「どうすんだよ!アリエル!!早くエレナにヒールを!!」
「無理ですよアースさん!近づかないと…でもオークリードが邪魔で」
「それなら俺が仕留めてーー」
「周りのオーク達はどうするんですか!こんな数、どうやって…」
「それは…」
アリエルとアースがそんな会話を繰り広げる中、真喜はこの状況を見て、ある出来事を思い出していた。日本にいた頃に起こった出来事だ。
ーーーー
教室で1人の生徒が、多数の生徒に囲まれていた。
「なんでこんなこと…」
その生徒の机には、「死ね」だの「消えろ」だの、典型的な嫌がらせの言葉が落書きされていた。
そして今、その生徒に1人の女子生徒がバケツいっぱいの水を頭からかけた。
「ざまぁ」「机綺麗にしとけよ」「もう学校くんなよ」
「死ねよ」
輪のの 中央にいる生徒をそんな罵詈雑言を浴びせて、みんなしてその生徒を囲んで、嘲笑した。
真喜はそれが許せなくて、多勢で無勢をいじめて、人が傷つくのを見て楽しんでいるように笑うお前らが…何もできない自分が…嫌いで、憎くて。
ーーーー
オーク達が距離を詰めてくる。近づいたオーク達をローガンやアースが懸命に食い止めている。
しかし数が多すぎて、エレナやアリエルとの距離はゼロに近い。オークは醜い笑みを浮かべながら、唾液をダラダラと口からこぼしている。
「お前ら…なに笑ってんだ…」
「真喜…さん?」
真喜はオークを睨みつけて、ゆっくりとオークの群れへと歩を進める。それを制止しようとアリエルが声をかけるが、真喜はそれに反応しない。
「許さない…お前らも……俺も」
体が、頭が焼けるように熱い。体が勝手に動いている。体の中から熱いものが噴き出してきそうな感覚だ。
『イカリ』
文字が見える。
そうだ。怒りだ。人を傷つけて、あまつさえそれを嘲笑う。寄ってたかって人の尊厳を踏みにじる、お前らみたいなのが、
「許せない!!!!」
内側の熱いものを抑えきれない。いや、抑える必要があるのか?もう、どうだっていい。もうこの激情に身を委ねよう。
真喜は片手の掌ををオークの群れの方へと向ける。
次の瞬間、真喜の手からとてつもない轟音とともに、大量の炎が放射された。それは森を一瞬で焼き尽くし、真喜の目の前から幅10メートルくらいまでいたオークは一瞬で灰と化した。
「真喜?なんだよそれは…」
アースが焼け跡を見て、唾をゴクリと飲んだ。
「おい、真喜…なんだって聞いて…」
真喜が振り返り、思わずアースが言葉に詰まる。昨日であった少年とは思えない、何か違う面影を感じたからだ。何かピリついていて、目を血走らせていた。
「アースさん!後ろ!!」
気づけばアースの後ろに数体のオークが襲いかかろうとしていた。アースは咄嗟のことで反応できず、思わず尻餅をついてしまう。
直後そのオーク達も火炎の中に包まれて、焼け焦げてしまった。
「真喜…おまえ」
周りにいたオーク達はさっきまでニヤついていたが、炎に恐れて森の奥へと逃げて行ってしまった。オークリードも逃げようとしたが、真喜はそれを逃さなかった。
「待てよ」
オークリードの前に立ち塞がり、一歩一歩距離を詰める。
「お前らなんか、いなくなればいい」
真喜は剣を抜き、オークリードに斬りかかる。その剣は真喜から放たれる炎に包まれていた。そしてオークリードに触れると、その炎は瞬く間にオークリードへと移って、一瞬で焼き尽くしてしまった。
オークリードは悲痛の叫びとともに魔獣石に変わった。
真喜もその場に倒れてしまう。
「やった…のか」
アースが恐る恐る周りを見渡す。そしてハッと我に帰って、
「アリエル!エレナにヒールを!!」
「あ、はい!」
アリエルが急いでエレナに駆け寄ると、魔法の詠唱を始める。
「エル・ロ・ユウ・ソウ・ヒール!」
するとみるみるエレナの傷が塞がり始めた。
「これでひとまず安心です」
気絶しているエレナの傷が完全に塞がる。アリエルが額の汗をぬぐって、立ち上がった。
「アースさん、真喜さんは…?」
真喜を担いでいるアースに、アリエルは心配そうに尋ねる。
「気絶してるだけみたいだ。大丈夫……だけど、さっきのは一体なんだったんだ?」
「わかりません。でも、あれはスキルとは少し違う気がします。魔法でもないみたいでしたし」
「なぁローガン。あんなの見たことあるか?」
「ない…と思う。上位の魔法でも、あんなの見たことないよ」
「上位の魔法見たことあるのか?」
「絵本だけど」
「だよな。でも真喜のあれには詠唱がなかったしな」
3人が真喜をみつめて悩む。しかしどうにもならないと悟ってアリエルが、
「とりあえずギルドへ戻りましょう。話はそれからです」
パーティーは気絶している2人を担いで、クエストを達成し、ギルドへと帰還した。