第83話 ツンデレ相手に手を焼く
翌朝、基地で会ったオーツ中佐は、私を呼び止めて、他人のことで私が口出しすることではないがと前置きしながら、控えめにこう言った。とても機嫌がよさそうで、むしろ嬉しそうにさえ見えた。
「やっと、君がOKしてくれたんだね。あんまり、なにも聞こえてこないので、どうなったのかそろそろ心配になってきたところだ。」
これを聞かされた時はびっくりした。
なんで、そんなこと知ってるんだ。
「え? だって、少佐が自分でそう言ってたよ。近々結婚したいって」
そんなことを言った覚えはない。結婚するだなんて言ってない。
「結婚予定なんかありませんが? 何の話ですか?」
中佐はこれを聞くと、ハッとして、大失敗を仕出かしたという顔をした。
急にしょんぼりして、こそこそ何か言い訳を始めると、どこかへ行ってしまった。
なにか、おかしい。どうして、一足飛びに結婚したりするんだろう。
まさかと思うが、既成事実化を進めているのだろうか。仲間内で?
その晩、自室に帰ると、すぐに誰かがドアをたたいた。
私の部屋を、夜、大胆にもノックする人間に心当たりがあった。
「あけてくれないと、近所に聞こえるくらい大騒ぎをしないといけないところだった」
少佐だった。
彼はでかい紙袋を二つ抱えて入ってきた。
「今回ばかりは入れてもらうからな。あんたは知らないと思うけど……」
彼は、私の部屋を知らないので、紙袋の置き場を探してきょろきょろした。テーブルがあるのを見つけて、その上にドスンと荷物を下ろした。
「夕食だよ。テイクアウトとワインだ。座ってもいいかい?」
仕方がなかった。私はかなり迷惑そうな顔をして、少佐を睨んだ。
「あのー、中佐から聞いたのですが……」
「結婚話は中佐のフライング! いいですか? 私の立場も考えてほしいな」
少佐が言い出した。
「あんたは知らないから、そんな顔してるけど…」
知らないから? 何を? 私は怪訝な顔になった、と思う。
「スコットを撃ったのは私だって、言ったろう」
「ええ、聞きました……」
「ギルから銃を取り上げて、スコットがあんたから離れた瞬間に撃った」
ギルから銃を取り上げた? ほかの銃はなかったのかな。
「ええ、もう、バレバレでしたよ」
少佐はなにか、すごくまずいような恥ずかしそうな、照れているような顔をしてこちらをにらみつけた。
「…………?」
なにが?……と言いかけて、なんとなく察した。
その場を見ていたわけじゃないから、正確ではないけれど、少佐の本気度がバレてしまったと……。そして、ギルに撃たせる気なんかまるでなくて、自分でやっちまったと……そう言いたいわけですか。
各場面において、少佐はことごとくギルの出番をさらっていった。確かに半分は少佐が適任だったからだが、残りの半分は少佐の希望だろう。
ただ、考えてみると、あの場にいた全員にばれたわけだ。ギルはもちろんとして、シンもいたしベッグも、それにオスカーまでいた!
そして、あの後、私は別なことに気を取られて、グラクイの運命ばっかり考えていて、少佐に関しては何もアクションを起こさなかった。
話しかけないでくれオーラが出ていたと少佐は言っていたが、少佐はそのために動けなかった。
あんなに頑張ったのに、片思いで終わりそうだったわけか。そして、みんなが(私以外のみんなが)この状態を知っていたと……いうことだろうな、多分。
私はジェレミーが以前、私のことを鈍感だとののしった件を思い出した。
でも、これは仕方ない。だって、誰も私に教えてくれるはずがなかったから、そんなことになってるだなんて、私は全然知らなかった。
私は少佐を好きだけれども、誰にも何も言わなかった。
これがもし、他人の話だったら、そんな宙ぶらりんなことになって、なんて気の毒な男なんだと思わないではいられないし、気の毒すぎて、毎日でも、そのおおっぴらになった恋の行方を注視して、観察日記でもつけたいところだ。ましてや、常にガンガンやってる元気そうな上司だ。仕事はあんなだけど、そっち方面では、うまくいきますかね?……なんて。
私が犯人だったんだけど。
なるほど、これは、自宅に乗り込む案件だわ。
「ほっとくと、絶対、前に進まないと思った」
「前にって、前に何かあるんですか?」
少佐は我慢が限界に来たような顔をした。怒鳴られそうな気がした。
「前って、次にいろいろあるでしょう! せめて、あんたも私を好きだくらい、周囲に言ってくれたら、助かったんだけど、マイカにもジェレミーにもオスカーにも、なんにも言わなかったでしょ?」
「ふつうは言いませんよ。だって、私、そんなバレバレだった話を知らなかったので……」
そう言いながら、我慢できずに私は笑い出した。
あんな切迫した場面で、ほかにも銃はあるだろうに、わざわざギルの銃を取り上げて撃った時の、周りの連中の顔を想像するとおかしくて仕方なかった。
なにか、そんなに好きなんだと、あきれ返った男連中の顔が目に浮かんだ。
「なに、笑ってんの!」
「だって、ほかにも銃はあったでしょうに。ギルの銃を取り上げるなんて……」
「あの室内の距離を考えると、ギルが持ってた銃が一番よかったんだよ。それに、あのまま、ほっといたらどうなってたと思うんだ。みんな、見てたんだぞ?」
いや、それは………確かに。それは考えていなかった。
言われてみれば、スコットはやる気満々でした。見物人が大勢いたのか。しかも知り合いばかりだ。あのまま、続きをされていたら……それはイヤだ。本当に、危ないところだった。
「あの時、撃ち殺してくださって、本当にありがとうございました」
人を(夫を)撃ち殺されて、犯人に礼を言うのもおかしな話だったが、少佐も、真剣に、我が意を得たりとばかりにうなずいた。
「オレも、みんなも、殺されると本気で思っていた」
え? あ、そっちですか。……ま、まあ、どっちでもいいや。
「事情は分かりました。それはそれで申し訳ない」
少佐は猛烈に不満そうだった。この全面的な謝罪に際してさえ、そうだった。
「私のことは好きなんですよね? 昨日、そう言ってましたよね?」
「え? ええ。まあ」
なんとなくしょんぼりして答えた。どうしよう、これ。
「まあ……じゃないでしょ。もうちょっと、どうにかならないの? なに、もじもじしてるの。結婚したこともあるでしょう。齢だって、結構喰ってますよね?」
お言葉ですが、その口の利き方が、これまでの人生で、伴侶をうまく見つけられなかった主な原因なのでは……。
テーブルを回って、彼は隣に引っ越してきた。
「部屋に入れてもらったからね。このままだと永遠に進まないよね」
私は笑った。
「じらされて駆け引きするのも、楽しくない?」
「そんな趣味ないよ!」
実は、その日のうちに、全員が、私が少佐にOKを出したと知っていたらしい。
かっこ悪いったらなかった。
アナウンサーは、案の定、中佐だった。
結婚予定がありませんと反論されて、少佐は心底まずいと悟ったと言っていた。
「生半可なツンデレではなかった」と言われた。そんなつもりはありませんが……
レッド隊はびっくりしていたが、喜んでくれた。ハイディが人目に立たないようにしていたが、かなりうれしそうだったのは、思ったとおりの反応だった。
オスカーとジェレミーはちょっと複雑だった。
「別に、少佐を好きだというなら、仕方ないけど」
彼らはギルを推していたのだ。
「少佐が嫌いってわけじゃないし、上官としては頼み甲斐のある立派な人だけど、結構、癖があって、見栄っ張りというか自信家というか……」
彼は後になって、最初に見た時から気になっていたと言っていた。
「ずっと、機会を狙ってたんだけど。でも、どうしてか、つい、うっかり怒鳴っちゃったりして。
ギルのことが好きだって、そう聞いたんだ。彼の方がずっと若いし、すごくハンサムだしね。接点は彼の方がずっと多かった。もうだめだなと思ってた。ピンクのワンピースでギルと一緒に帰って行くのを見て、確かにお似合いだと思った。仕方なかった。私はもう三十半ばだったし」
「もう、五十近いですよね?」
私は注意した。
「とんでもない!」
すごい勢いで否定された。
「まだ、三十代だよ!
中央の大学を出てすぐここに配属されたので、ここは長いけど、あなたと五歳くらいしか違わないと思う」
知らなかった。それで、禿げてもないし若く見えたのか。というか若いのか、まだ。
これは、大きな誤算だった。
どおりで、エリートだなんだと、いろいろ言われていたのか。
「ギルと比べると見劣りするのかもしれないけど、結構細マッチョだし」
ええ、もう、わかりました。その変な自意識が受けないんですよね。ギルが自分でマッチョだって言ってるの、聞いたことがないよ。
軍は、私が少佐と結婚するのを見て胸をなでおろすだろう。不安定なリスクがひとつ減ったわけだ。私は余計なことを知りすぎている。
こんな重大な機密に関わったにしては、私の軍籍の期間は短すぎる。私の口を封じなければならない。作戦部に所属するような忠実な佐官と結婚するなら安心だろう。だが、私に言わせれば逆だ。
私は、ここで生きていくことを決めたのだ。
もう、どこにも行かない。
軍は、力を得ようと触手を伸ばしている。グラクイを肥やしにしてだ。そして、私はそれに力を貸すのだ。この中で生きていく。




