第74話 絶体絶命
食事も終わり、私とオスカーは交代することにした。
当然、バルク少佐にも伝えたが、彼も横目で見ただけだった。
少佐は、私たちの食事が終わってしばらくしてからやってきて、ジェレミーのコンピューターの横においてある例の椅子に陣取って、なにかの文書を読んでいた。
彼も今回のわなは失敗だったと思っているのだろう。別の手を考えているに違いない。
ジェレミーは、風邪のオスカーがいなくなると、こっそり私に向かって、彼の作戦は順調だと教えてくれた。
「それに、人のうわさも七十五日って言うだろ。目下のところ、スコットは極悪人の扱いだ」
「変な男にだまされて結婚したって……?」
私は、机にもたれかかって言った。それもあんまり気分のいいもんじゃない。
「白黒はっきりつけた方が、わかりやすいしね」
「まるで、頭が悪いみたいじゃないか。途中から、悪人になったことにしといてくれよ」
「無理言うなよ。僕に、全然説明してくれないじゃないか。別なストーリーがあるなら、おれに教えてくれ」
少し考えて私は言った。
「知り合ったのが十九で、二十で結婚。二十二で別れて、それから全然会ってない。そして数年後に入隊したと」
ジェレミーは、私の顔を見た。
「それを早く言えよ。話が違ってくるだろう。そうか。じゃあ、十年近く会ってもいないんだ。結婚したのもずいぶん若いし、仕方ないな」
「いや、今のはうそだけど」
ジェレミーは、ひっくり返りそうになった。
声がだんだん大きくなっていって、近くで多分聞き耳を立てていたバルク少佐にも聞こえてしまったらしい。回覧文を読んでいる手がかすかに震えていた。笑っているらしい。
私は、バルク少佐に聞こえないところへジェレミーを引っ張って行った。
「そんなところでどうだ。いい感じだろう」
ジェレミーは、それこそあきれて顔を見ていた。
「ほんとはどうなんだ。今の話を広めてやってもいいが、ほんとのところを知った上でやりたい。オレが責任取るんだからな」
「それはあんまり同情の余地はないよ。五年くらい一緒にいたし、なによりまずいのは、別れてすぐに入隊している。スパイとか言われるかもしれないね」
ジェレミーは私の顔をじっと見ていた。彼はとても聞きたそうだった。
「なぜ、入隊したんだ」
「ライフルさ。それとひとりになりたかった。金もなかった」
「とんな男なんだ?」
これは困った。スコットは、本当に変わっていて、一言では説明出来ない気がした。
「……えーっと、悪人?」
思わず、言ってしまった。だが、悪人って、どんな人間なのだろう。
スコットだって、悪いことをしようと思ってやってる訳ではないと思う。
多分、軍や私が、彼の欲望にとって邪魔だったのだ。あるいは、彼の気に触ったのだ。
でも、それだけが理由で、人を殺す。
そして、何も感じない。
「悪人が好きなのか……?」
なにか、話がこじれだしたような気がした。でも、スコットは金持ちで、私だけには優しかった。
「好きじゃなかった。それなのに一緒にいた。そんな自分がいやになっただけだ。だけど、好きだったのかもわからないな。よくわかりません」
「本人にそう言われると、ますますワケがわからなくなる」
「そんなもんじゃないのかな」
ジェレミーは、もっと聞きたそうだったが、時間が来たし、私はこの話は早く切り上げたかった。
自分でも、よくわからない。
自分だって、命令されたから、その方がいいと思ったから、人を撃ってしまった。
結果を後悔してるのかと言われれば、普段は忘れていた。
この理屈で行くと、私も悪人にカテゴライズされそうだ。
考えるのは止めて、ブルー隊の方に向かった。
ブルー隊は新人のマリアとパリジがいた。
彼らは、私を見て、好奇心に駆られている様子だった。いろいろ聞かされ過ぎているからだろう。ギルは、黙って銃の手入れを念入りにしていた。
「グラクイがいるといいな」
時間がきたので、私は声を掛けて、パリジを連れてパトロールに出かけた。マリアはギルの担当だった。
GPSのどすんという衝撃の後、回転して、私はパリジを待った。
久しぶりに荒野に立てて、私はうれしかったが、グラクイは出てきそうにもなかった。GPSで確認しても、何もなかったからだ。
パリジが遅れて着いた。
「誰もいない。まあ、この地形だと、大体……、このあたりで」
私は地図をざっと指し示した。
「こう、周回して、昼飯食えば、多分一日が終わると。そんな感じかな?」
パリジが緊張しながら、うなずいた。
午前中は、グラクイが一匹も見当たらなかった。
パリジと二人で、黙って昼飯のレーションを食べた。
パリジのレーションが魚だったので、魚が好きなのかと聞くと、別にそうではないと言う。なんでも、魚は体にいいし魚の売れ行きが悪いので、出来るだけ魚から持っていってくれとマイカに頼まれたそうだ。
「そんなの、好きなのにしとけよ。これしか楽しみがないんだから」
時々、GPSを覗き込みながら、パリジと他愛のない話をしていた。ジェレミーから連絡が入ってきたが、彼は上機嫌だった。
「その無線機は、すごくいいよ。どこにいてもわかる。それに個別情報が整理されて、データとして配信されるので集計が楽だ。便利だ」
思い出して、口に入れてみた。
「これでどう?」
「いや、どうもないけど、なにしたの?」
「口に入れてみた」
「ははは、ノッチ、バカだな。止めておけよ」
私も笑って、拭いて、胸ポケットに入れなおした。
「さて、バカはいい加減にして、パトロールに出るか」
しかし、パリジは、ずっと遠くのほうを見つめていた。
「あれは、何ですか、ノルライド少尉。」
彼は緊張していた。
見れば、グラクイだった。やっと来たか。
「ああ、グラクイだ」
私はGPSを覗き込んだ。
「ホラ、出ているだろ……」
絶句した。
それは、一匹や2匹ではなかった。
グラクイは、地下から来たのではなかった。GPSを使っていた。誰がそんな高価なものを買い与えたのだ。ポツポツ赤い点がみるみる増えていく。
愕然とした。
「パリジ、だめだ。すぐ逃げろ。GPSを使え。早く」
パリジはもたもたしていた。気が動転したに違いない。私は彼のGPSを取り上げるとセットして、彼に押し付けた。
「すぐに、基地に戻れ」
パリジは、震える指で作動させようとしていた。
私も逃げなくてはいけなかった。これはダメだ。おかしい。
そのとき、私の真後ろにグラクイがGPSで移動してきた。
そいつが着地の衝動で転んだので、瞬時に短銃で殺した。
私のGPSを作動させようとした途端、別のグラクイが肩の上に乗ってきた。
私の真上でGPSが作動したのだ。もう一匹、グラクイがやってきた。目を覆って、光ボムを取り出し、撃った。
しかし、効かなかったらしい。私は、数匹のグラクイに襲い掛かられ、草原にうつぶせに倒された。やつらは私のGPSを探し巻き上げようとしている。GPSは命綱だ。握り締めたまま離さなかった。私の方が力は強い。GPSからは、ジェレミーの必死な声が切れ切れに叫んでいた。
「ノッチ、危険だ、帰れ。ノッチ、聞こえているか?」
いきなり銃声が響き、声が途切れた。手に衝撃が走った。グラクイのどれかが、私のGPSを撃ったらしい。
私は、もみ合い、数匹のグラクイを殴り、首を絞めて殺した。だが、数に勝る連中は次から次へとのしかかってくる。胸を打ち、硬いものが当たった。無線機だ。
私を見つけてくれ、ジェレミー。死体でもいいから。頭を殴られた。終わりだ。わなにかかったのはこっちだ。
もう一度、後頭部に衝撃を受けた。ぱちんと電気が消えたように真っ暗になった。




