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第62話 執着と嫉妬と怒り

 少佐は低い声で話を続けた。


「ローレンス博士は、他にもグラクイに関心を持つ研究者がいるという話を、最初にタマラ少将と会った時点で、少将に伝えている。

 もちろん、博士自身も、スコット博士から電話があった数ヶ月前の時点では、何も気にしていなかった。

 だが、軍から依頼を受けて、例の資料を読んでいくと、いろいろと妙に話が符合する点があり、気になったらしい」


 私はそんなことは知らなかった。あの時点で、すでに容疑者は絞られつつあったのか。少佐は、淡々と続けた。


「ローレンス博士は、研究以外の点でも、非常に目配りの利く抜け目のない人物だ。

 ジャニスの女の資料の中に、誰か第三者の姿が見え隠れすると言うのだ。

 電話がかかってきたり、メールがきたり、一部送金もあったようだ。

 ジャニスは、女にはその人物のことを隠していたらしく、名前すら出てこないのだが、時間的・内容的にはぴったり合う」


 ジャニスもジャニスの女も、もう死んで、この世に存在しない。私が少佐の命令で撃ち殺したからだ。だが、殺してもなんにもならなかったらしい。

 問題は死んだ人々には無くて、生きている人々の方に存在していたからだ。


 あの殺人は何のためだったのだろう。少佐の声は、何の感情も表していなかった。



「ジャニスの女は、その人物の名前を知らなかったが、ローレンス博士には見当が付いた。

 パレット中佐の事件の犯人が誰かという問題は、ことがことだけに、ローレンス博士も、当然、慎重に熟慮を重ねたらしいが、状況から考えて、まず間違いはないだろう。

 二度目の電話が、強い疑いを確信に変えた。ローレンス博士は、スコット博士の名前をタマラ少将に通知してきた。昨日……」


 昨日……。


「君に教えることは出来なかった。

 今でも彼は君の夫だ。

 タマラ少将はオーツ中佐や作戦部の一部にこの情報を伝え、作戦を練った。

 君のだんなさん、スコット博士は、ローレンス博士の弟子で優秀な学者だった。

 無学なジャニスとはわけが違う。あなどってはならない」

 

 スコットがでてくるとは。こんな遠いところまできて、彼の名を聞くとは。


「作戦部はこの疑問を提供されると、すぐさまスコット博士の身辺について調査を始めた」


 スコットは大して悪くないのかも知れなかった。でも、私は、彼のお金で暮らしていくのが、もういやになったのだ。豪華な衣装でも何でも買えたし、誰もが私のことを褒めた。中央の都市で有数の資産家の息子の妻だから。


「スコット博士は、優秀な生物学者で、非常に裕福な家庭の出だった。

 調べてみて初めてわかったことだが、彼は結婚していて妻がいる。その妻は数年前に別居して、行方不明になっていた。

 調べてみると、意外なことに、その妻は軍隊に入隊していた。我々には新発見だったが。

 スコット博士は、二年前にローレンス博士と袂を分かち、別の研究機関に移っていた。そこからも約三ヶ月前に消息を絶っている。

 それ以降の記録は皆無だ。

 ジャニスと接点があったのかどうか、今どこにいるのか、結局、なにもわからないままだ。

 ローレンス博士への電話の記録が、唯一の手がかりだった。

 電話は二回かかってきている。

 最初の電話は調査中だが、二度目の電話については、ある程度のことがわかった。

 誰の電話機かの特定は出来なかったが、エリアの特定は出来た。それは、ずばり、我々が今いるこの地域だった」


 スコットが来たのか? 何の用事で? ああ、彼がジャニスなのか。今そう告げられたところだ。一体、スコットは何のためにジャニスになったりしたのだ。


 私は少佐の顔を見た。


「彼のここ数年間の行動について、情報機関が動いている。聞き込みを続けているうち、いなくなってしまった妻に対する彼の執着も明らかになってきた。君のことだ。君が思っているより、彼は執念深いらしい。その妻はいま我々の手元にいる。利用しないわけには行かない」


 少佐も私の顔を見下ろした。彼は私の表情を読もうとしていた。


「軍に対する彼の異様な憎しみは、たぶん、君がらみのせいもあるかもしれない。

 君が離婚届を出さなかった理由がわかりかけてきたよ。

 君のもとの夫に対する感情がわからないので、軍は、君には何も知らせなかった。知らせても君の為には、ならなかったろう。

 そして、どこに潜んでいるかわからないスコット博士をおびき出すために、草原で一芝居打ってみようと言うことになったのだ。こんなつまらない芝居で、用心深いスコット博士をおびき寄せられるなら、もうけものだ。」


 私は、なんにも考えられなかった。


「最後の電話はいつだったのですか?」


「昨日の午前中だ」


 バルク少佐は、私の目を見つめた。


「エリアはここだ。この場所が最も近い」


 私は何も言わなかった。


「今、彼はここにいるのだろう。何をしているのかわからない。私たちを見つけ出してくれたのならいいが。」


 真剣なまなざしだった。


「だから、君に抱きつかなきゃいけなかった。気を悪くしたならすまない」


 私も見つめ返した。どうしたらいいのかわからなかった。


 あれは実は芝居だという。信じたいと思った、そんなことを思った自分のバカさ加減がつらかった。


 少佐の空気のような気配りと不思議なくらいの読みは、みんなが享受してたのかもしれないな。みんなが、私のことを鈍感って言うのは、当たってる。

 

 結局、何も得るものはなかったのだ。残ったのは、今の私の苦しい立場だけ。


 だんだんとスコットが第二のジャニスだという言葉の持つ意味が心に浸透してきた。私は、反逆者、殺人者、仲間殺しの妻だったのだ。

 しかも、少佐の言うことが本当なのだとしたら、私はあのパレット部隊の殺害の原因の一部を担っていたのかもしれない。スコットは、私が軍に所属していることを知って、軍を嫌ったのかもしれない。


「スコット博士のところへ行くか? 君は彼の妻だ」


 少佐が聞いた。なぜ、そんなことを聞く? 私は軍の一員だ。ジャニスの仲間じゃない。私も少佐を見つめた。彼まで私を疑っているのか。


「ギルにしなかったのは、これが実は命がけの仕事だからだ。わかるか?」


 それはわかった。スコットが今も私に執着し続けているのかどうかは、わからないけれど、可能性があることはわかる。


 もし、まだ私に執着しているのなら、この役者は必ず憎まれ、命を危険にさらすだろう。私に執着していないとしても、芝居だとわかったら馬鹿にされたと思い怒るだろう。


 パレット隊の惨殺を思えば、ジャニス・スコットが人の命などなんとも思わないことは推測がつく。

 気に入らない男を殺すのに躊躇はしない。手下のグラクイを暗殺部隊としてばら撒き、地の果てまでも追いかけて殺すだろう。


 少佐はバカだ。なぜ、そんな仕事を買って出た? そんな仕事をやりたがる人間は誰もいないだろう。それになぜ、そんなことをわざわざ口に出して、私に追い討ちをかけるのだ。


 スコット博士とバルク少佐。


『私はあなたが好きだ』

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