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真っ暗な空の下で繰り広げられる物語   作者: buchi


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54/86

第54話 過去から逃げていた。でも、もうダメらしい

 その後は、基地でだらだら時間をつぶした。一緒にいるだけでいいんじゃないかと思った。


 シンは自宅に帰り、ゼミーはブルー隊のシェリのところへ行ってしまった。たが、他の独身の連中は、基地に居残って、コッティとシュマッカーはゲームを始め、ジョウとハイディがそれを見ていた。私は事務仕事をしていた。

 

 気になっていたのは、さっきの銃の試射だった。

 

 あの場の見物人たちも、標的なんか、全然見えないと言っていた。

 と言うことは、私が荒野で見ていた、模様を描きながら流れていく雲や、オーロラのように色彩を変えながら幽かに見え隠れする光、ああいったものは誰も見ていないのだろうか。


「ねえ、ハイディ?」


 私は聞いてみた。


 ハイディは、驚いたように私に向かい合った。


「なんでしょう、少尉」


「ハイディが、荒野に出た時、空はどう見える?」


 ハイディは戸惑ったようだった。


「空ですか?」


「オーロラの光とか、雲の動きとか?」


 ハイディの顔つきが、見たことがないことを表していた。彼女は、私がおかしなことを言い出したかのように、私の顔をじっと見ていた。そして答えた。


「いいえ 何も。 空はいつでも真っ暗でしょう?」

 



 夕方、食事に行くかと残っていた連中を誘い、リクエストを聞いたら、なぜかハンスの店だった。


 ちょっと嫌な顔をしていたら、ジョウが理由をしつこく聞くので、


「こないだ、泥酔してまずかった」


 と答えたら、意外なことにハイディの顔がぱっと明るくなった。


「なんで、うれしいのさ」


 と聞くと、少尉が完全だと思っていたという返事だった。


「いや、おれらも、少尉の事はねぇ、イメージ的に天才スナイパーだし、いつでも最前線だし。酔っ払うとは意外ですね」


 シュマッカーとコッティが言った。


 私が嫌な顔をすると、彼らはうれしそうだった。


 ハンスの店に行くと、今度はハンスから質問攻めにあった。


 軍の編成替えは、いつでも彼の尽きることない興味の対象だった。


 私達は、私服に着替えていた。制服でハンスの店へ行くと面倒な事になる。射撃場以上に興味を持たれてしまう。 

 私服なら、ただの若者の集団に過ぎない。もっとも、ハンスの鋭い目は、一瞬で見破ったが。


「ノルライド少尉、レッド隊の隊長ということは、バルク少佐の真下ですね。レッド隊が筆頭ですから」


 なぜ、ハンスはどこにも明記していない軍の内部事情にこんなに詳しいんだろう。次の人事異動を聞いても、知っていそうだ。


「レッド隊の皆さんも、今後は、ノルライド少尉の下で、グラクイの秘密に迫っていくというわけですね?」


「グラクイの秘密?」


 みなが聞き返した。ハンスが、他の客に聞こえないように、低い声で言った。


「明日、中央のメジャーな報道に出るそうです。今回のパレット中佐の事件が」


 全員がハンスの注目した。


「いままでは、ローカルな話題でしたが、中央でも大きく取り上げられることになったようです。オーツ中佐が対応に困っていました。中央からの取材が、いくつか来たそうです」


 知らなかった。いい話ではない。ハンスは続けた。


「あなた方は、知っているのでしょう? 今回の事件の真相を」


「ハンス、真相なんかないよ。私達は、こないだの記者発表以上のことは、何も知らない」


 誰も返事をしないうちに、私はさらりと言った。


 ハンスがじろりとにらんだ。


「少尉は、最も活躍した人物と聞きました。パレット中佐救出に先頭を切って乗り込んで行ったとか」


 これを聞いて、レッド隊の連中の暗い目が私に向けられた。何が何でも事情が聞きたいという目つきだった。


「話すことなんか何もないよ。マスコミ発表はもう済んだ。あれ以上のことは、私は何も知らない。ハンス、それより今日のおすすめは何? ジョウ、何が食べたい?」


 ハンスは物欲しそうに、しばらくぐずぐずしていたが、結局あきらめて出て行った。


「少尉、ハンスに話したくないのは、わかりますが、我々にも黙っているつもりですか?」


「しっ」


 と、私は合図した。誰か民間人が、トイレに行くために、そばを通って行った。


「君たちまで、ハンスの話に引っかかるな。軍が特別に隠していることなんか何もない。パレット中佐救出隊のことはもう、中佐から説明済みだろ」


「でも、詳細は聞いていませんもの」


 ハイディが大きな声で言った。それから小さな声で付け足した。


「少尉は、もっといろいろ知っているんじゃないんですか?」


「単に手が空いていたから、私たちが出向いただけさ。どんな死に様だったのかが、聞きたいのかい?」


 ハイディはひるんだが、コッティは食い下がった。


「パレット隊は全員死んでしまった。一体どうしてなんです。グラクイが人を殺すなんて、信じられない。どんな理由があるのですか?」


「理由がわかれば、誰も苦労しないさ」


 私はジャニス二号のことを考えながら言った。


「あなた方、特に少尉は何か知っているんだと思っていました」


 私は、ハイディたちに向き直った。


 ハンスの真相という言葉に引っかかってしまっている。みんなが、本当はおびえているのだ。心の底のどこかで、いきなり変化したグラクイのつかみどころのなさに不安を感じている。次はどんな風に変わるのだろう。


「こわいと思う?」


 こわいと思う心が暗闇を呼び寄せる。パニックになる。冷静に対処せよといってもそれが何になるというのだろう。

 グラクイは短銃を持っている。暗闇の中で狙いをつけられたら、まず助からない。必ず死ぬ。パレット隊が全滅した理由はそれだ。


 そして、たいていの人間は、私よりもっと暗闇が見えないのだ。

 ずっと、不利で不安な状態にいたのだ。

 私は知らなかった。

 私にとって、昼間は、そこまで闇ではなかった。だから、怖くなかった。荒野が好きだった。でも、ふつうはそうじゃなかったらしい。 


「でも、私達は誰も死ななかった。けがもしていない」


 4人の若者は私の腕を見た。そう。忘れていた。私はけがをしていた。


「これだけだ」


 私は言った。


「どうやったかって言えば、ガンガンに照らしただけだ。彼らは光を嫌うので、照明を準備して臨んだ。

 パレット隊は、彼らの突然の変化を知らなかった。普通の装備で臨んだのが致命的だった。次からは、そんなことはしない」


 どう言ったらいいのだ。

 グラクイは危険だ。もう、今までとは全然違っている。今回は短銃だけだったが、次は据え付け式の機関銃かもしれない。ここのグラクイだけが危険なのではないかも知れなかった。危険なグラクイが、地域を越えて広がって行っているのかもわからない。


 恐怖が増幅していく。


 何か言わなければならない。私よりずっと経験が少ない若い彼らに、何か、希望になるようなことを。

 

「今ね、グラクイは誰かの命令を聞いているのではないかと言う疑惑を持たれているのだ」


「どういう意味ですか?」


 囁くような声でハイディが聞いた。


「グラクイは本来臆病な動物だ。どんな野生動物とも違いはない。本能的に無茶はしない。余計な危険は冒さない。

 ところが、明らかに人間の殺害だけを狙って、襲ってきたのだ。彼らにとって、なんの利益にもならないはずだ。そして、その襲撃の仕方に方向性があるので……」


「どんな?」


 私はつまった。確証がないのだ。

 

「私たちは、ある可能性を追っている。今は、君たちに言えないんだ」


 実は推測だけだった。可能性と言っても、漠然としていた。

 原因を取り除きたいのだが、原因がグラクイ自身の変化にあるのか、それとも全く知らない別のジャニスのせいなのか、さっぱりわからなかった。対応なんて、ほぼ不可能だった。


 中佐や少佐に説明しても、わかってもらえるかどうか疑問だった。


 だが、この若者たちの命を預かっているのだ。

 一心に見つめる四人の目に、焦りを感じた。

 正直、今は何の光明もないのだ。私の勝手な推測以外……。でも、そんなことは言えない。


「今できることは、決して無茶をしないこと。グラクイの状況を必ず観察して事例を集めていくこと」


 四人は必死で聞いていた。

 無謀で有名だったノルライド少尉の言葉とは思えない……


 四人が、何を感じ取ったのかはわからない。


「マスコミなんか勝手にわめかせとけ。私たちだけが真相を突き止められる。自分たちだけが、頼りなんだ」


 私は四人の目に追い詰められた。


 何とかしないと。何とか……だって、私は、生物学者だったのだ。

 そんなこと、思い出したくもなかった。だから、軍に逃げてきた。

 生物学なんか忘れた。私はただのライフル撃ちになるつもりだったんだ。


 だけど、彼らの目を見ていて、気が付いたのだ。

 私がどうにかできなかったら、誰にもできない……少なくとも、この軍の中のメンバーの中では。


 めんどくさい。

 だが、だめだ。そんなこと言ってる場合じゃない。


 自分たちだけが頼りなんじゃない。自分だけが頼りなんだ。


 最悪だった。

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