第53話 あの空が見えない
「あの状態があと数日続いてみろ。ノイローゼになる。どこにも出られやしない。家族の顔も見れない」
バーグ曹長が毒づいた。基地の雰囲気は全体的に暗くて仕方が無いので、マスコミ攻撃は格好の憂さ晴らしだった。
マスコミが片付いてから、改めて招集がかかり、バルク少佐の短い挨拶の後、各隊ごとに集まって顔合わせが始まった。
私は、ブルーから離れて、レッドのほうに向かった。
レッドの連中は、私の顔を注視していた。
「よろしく。ノルライドだ」
シン、コッティとシュマッカー、ジョウ、女性のハイディが、もとからのメンバーでこれにゼミーが加わる。
優秀なのだが、元のブルーの連中よりも年齢層がだいぶ若く、その分、経験が少ない感じだった。
とは言え、これは、どの隊にも共通する問題だった。新しく配属された者は、若い者が多かったし、このエリア外から配置転換になった者もいる。
レッドの隊員は、全員知っていた。
特にシンは、パレット隊の救出の際に一緒に活躍した仲間だった。
だが、今はその話よりも、隊員と仲良くなって、次の戦闘に備えるべきだった。
コッティやシュマッカー、ジョウとも話してみた。
ナオハラよりさらに能天気なジョウには、彼女がいた。彼は明るく結婚するんだと頑張っていた。コッティとシュマッカーには、彼女もいなかった。私の見たところ、この手の話題は彼らをいらだたせるだけだったらしい。
「ゼミーは、シェリと結婚する気なんだ」
余計な情報を提供してみた。どうせ、すぐわかることだ。
コッティとシュマッカーは、振り返ったが、ジョウと違い、ゼミーは恥ずかしそうにするばかりだった。これは、彼らには好印象だったらしい。ジョウのようにあけすけに女の話をされると、あんなに気のよいやつでも、気分が悪いらしい。
「しかし、ジョウの彼女に女友達を紹介してもらえばいいじゃないか。」
「こいつら、暗いもんで、ちっともうまくいかないんですよ。」
と、ジョウがいい、二人はきっとなってジョウを見た。
「じゃあ、ハイディの友達は?」
「体自慢ばかりで。」
今度はハイディがきっとなった。
「いいじゃないの。」
私は笑ったが、内心ちょっと困った。色々あるもんだ。落ち着いた妻帯者のオスカーが懐かしくなった。シンがすでに結婚していてくれて助かったと思った。
あきらめて後生大事に持参してきた狙撃銃の手入れを始めた。全員が興味津々で、その様子を眺めていた。
ついにシュマッカーがたずねた。
「どう違うんですか?」
私はあまり説明がうまくない。いろいろ説明したが、結局全員で射撃場へ行くことになった。シンも大喜びで着いてきた。ゼミーも一緒に来た。
「もう、外へ出かけていってもいいよな。基地の中ばかりじゃやりきれない。」
バルク少佐が基地の真ん中に陣取っていて、横目でこの様子を見ていたが、彼も何も言わなかった。
例の射撃場に、制服組が大勢でやってくるとものすごく目立った。
それはわかっていたのだが、この際、みんなが仲良くなれて、当たり障りがなくて、それなりに面白くて、仕事に関係することといったら、これくらいしか思いつかなかったのだ。
「じゃあ、ロングで。」
チケットを出すと射撃場のおばさんまで、顔を確認し目を上げた。実は、相当に顔見知りである。彼女は私とわかると顎をしゃくった。このおばさんは、ロングを素人が注文すると「無理だから止めておけ」とか、大きな世話を焼くのである。私が来る分には世話の焼きようがなかったので、黙って通してくれた。
全員が試射した。やはり、シンが抜群だった。ハイディもすごい。シュマッカーは安定していた。
「プロは違うな。」
私はうなった。時々ここで素人が撃っているのも見かける。うまい人も中にはいるが、やはり全然違う。
「安定してますね。この銃ならいける」
シンは興奮気味だった。射撃がイマイチのジョウは、照れ笑いをしていた。
「私よりうまい」
シンに向かって、私は言った。シンは、え?と言う顔をした。
「本当だよ。私は当てられない。シンの方がうまい」
レッドがみんな驚いた顔をした。
「だって、ノルライド少尉といえば、ライフルで有名じゃないですか。グラクイの掃討作戦の時だって、百発百中でみんなびっくりでした。それに、成績は少尉が常にダントツです」
ハイディが抗議した。私は首を振った。
「ここで撃ったら、シンの方が命中率が高い。私は暗いところでも見える目の持ち主なんだそうだ」
全員が私の目を見た。私は一度、確認してみたかったのだ。そんなに違うものなのだろうか。
「私にはわからないんだ。みんな、同じように見えるんだとずっと思っていた。ここで、照明を落としたら……シンは、当てられるのかな?」
シンはすぐには答えなかった。彼は意外なことを聞いたという目つきだった。
「……いいえ。できません。そんなことは誰にも出来ないのじゃないでしょうか?」
シュマッカーが通話機にしがみついて、照明を落とすよう例のおばさんに交渉した。意外に簡単に照明は落ちた。
野外と同じ明るさである。
「一度、撃ってみてくれない?」
私はシンに銃を渡した。シンは非常に戸惑った表情だった。彼は首を振った。
「こんなに暗いのにですか? できません。見えないですよ。本当にわからない」
「本当に見えないのかな?」
私も戸惑った顔をしていたと思う。
「見えるのですか?」
私は、コッティやシュマッカーたちの顔を見た。
「本当に見えないの?」
彼らは困惑していた。
「わからない。見えないです。白っぽい部分があるのはわかる。でも、標的がどこかなんか全然……」
「やってみてくれませんか」
シンが銃を返して、私は黙ってそれを受け取った。
簡単に狙って撃った。
ポーンと言う快い電子音が連続して響き、弾が次々に命中したことを知らせた。
シンが呆然としていた。
「見えないのだろうか……。ほんとに見えないんだ。この距離なら、あんなにはっきり見えるのに」
私はつぶやいた。みんなは黙ってしまっていた。
彼らにはまったく見えていないという事実に私は呆然としていた。少佐は私にそう言っていた。でも、本当だと言う実感がなかったのだ。誰か一人くらい……。もしかすると、銃がさほどうまくなくても、これくらいなら見えるという者がいるんじゃないかと……。
でも、全員、暗すぎて見えないと答えた。彼らも、私のことを黙って見ていた。
そのとき、後ろで叫び声がした。全員が不意を突かれて、あわてて振りかえった。
「よー、さすがだねえ。さすがは軍だ。こんなに暗くても命中だ。たいしたもんだ」
「グラクイ退治のためには、必要だよねえ。すげー」
「もっぺん、やって見せてくれ。ウソみたいだ。オレには、なにも見えねえよ」
二十人ほどもいたろうか。
「か、帰ろうか?」
「そ、そうですね。面倒なことになるといやだし」
私達はあわてて銃をかき集めると駆け出した。後ろのほうで、いろいろな声が上がっていた。




