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真っ暗な空の下で繰り広げられる物語   作者: buchi


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第51話 公表する 恐怖をまき散らす

 翌々日の朝は、軍全体に招集がかけられ、全員が基地に集合した。表向きは隊の新しい編成を発表するという名目だった。だが、むろんそれだけではないのだった。


 編成替えは、確かに自分自身のことなので、大騒ぎだったが、同時に配られたパレット中佐隊の変更は、たいていの者は意味がわからず、みんなが当惑していた。

 スズキ中佐なんて聞いたこともない人物の名前だったし、普通、転属になった場合は前任者の転属先が載っているはずなのに、パレット隊についての記載は全員分がごっそりなかった。


 私や各隊の隊長はもちろん理由を知っていたが、「家族にもしゃべるな」と言われた命令を忘れたわけではなかった。


 不安が広がり、隊員達はひそひそささやき始めた。だが、どんな悪い噂でも真実より悪いわけではなかった。


 オーツ中佐が進み出た。彼は人事異動の際、恒例となっている訓示を述べた。だが、彼が来たのはそれだけではなかった。


「全員に先に知らせるべきことがある」


 中佐は始めた。全員が、中佐の語った言葉よりも、その口調、その表情からなにかただならぬものを感じ取り、一瞬で基地は静まり返り、緊張に包まれた。


 異様な沈黙の中、中佐は、パレット中佐隊の全滅、バルク隊選抜メンバーによるパレット中佐隊救出劇、グラクイの凶暴化、異常事態を淡々と語り続けた。


「今日、我々はこれら全てを記者発表する。

 最前線にある小さな北の町の、小さな事件ではすまない。

 しかし、今回ばかりは、とりあえず我々がなんらかの有効な手段をとり始めるまで、あまり世の中を刺激したくない。

 諸君もつまらないことは話さないように。

 また、今後、当面の間、パレット中佐の後任の部隊がここでの戦闘に馴れるまで、主力部隊は君たち以外存在しないことになる。覚悟を持って臨むように」


 隊員は呆然とした。全員が、オーツ中佐の顔に視線を注いでいた。


「明日、合同の悼む会を行う。我々は優秀な兵を失った。断腸の思いである」


 オーツ中佐が続けた。彼は冷静な声で話し続けた。


「優秀な兵を、そしてかけがえのない友を失った。私はこのことを忘れるつもりはない。君たちも決して忘れないだろう。だから……」


 彼は続けた。言葉は平凡だったが、その語調にはなにか鬼気迫るものが含まれていた。全員がその気迫に飲まれ、会場は静まり返り咳ひとつ聞こえなかった。


「この死を決して無駄にしない。そのために全力を尽くす。追悼の式が終われば、再度、戦場に出る。

 だが、彼らは今までのグラクイではない。武装した殺人マシンだ。心してかかれ。

 二度と死者は出さない。そして、グラクイは我々の手で全滅させる」


 完全な沈黙を守っていた隊員たちは、演説が終わっても黙っていた。

 張り詰めた沈黙の中、中佐は壇上から降り、ゆっくりと自分の席に戻っていって座り込んだ。全員が中佐のその動きを目で追っていた。

 中佐が席に座りピクリとも動かなくなったとき、壇上から離れたどこか遠くの方から、誰かがためらいがちに拍手する音が聞こえた。それは喜んで手を打っているのではなかった。力いっぱいの拍手ではなく、小さな音だった。静かな拍手は、だが、あっという間に基地中に伝染し隅々まで広がって、オーツ中佐を包んだ。

 パレット中佐はオーツ中佐の長年の親友だった。みんながそのことをよく知っていた。パレット隊のだれかれと親友だった者たちも大勢いた。


「だが、感傷的になるな」


 次にマイクをつかんだのはバルク少佐だった。彼は、事務的な連絡のためにマイクをつかんだのだ。平板でむしろ冷たいくらいの語調だった。


「やるべきことを尽くそう。明日は追悼式を行う。その後から実戦に移る。我々は、涙するだけの人間じゃない。そのことを忘れるな」




 その日、軍隊全体への事前の連絡がすむと同時に、マスコミへの公表がなされた。ちょうど正午だった。


 どんな深刻な反響があったのかわからない。

 ニュースを見るのもいやだった。だが、これはもう仕方が無いので、私は二時ごろ基地へ出て行った。

 ひとりで見るよりましかもしれない。

 なにしろ、軍に対して、いい反応など期待しようもない。基地には大勢隊員が来ていて、報道番組を囲んでぼそぼそ話し合っていた。


「うまく行けば、どこも取り上げないんじゃないかと期待してたんだが……」


 番組を見ながら、私は、疲れたようにつぶやいた。


「それは、無理じゃないかな。まあ、こんなもんだろうな。

 ……政府系での事件だから、多少扱いが大きくなる傾向があるよね……」


 セーターに耳までうずまったロウ曹長がコメントした。赤毛が逆立っていた。


「被害者も一般人じゃなくて、軍の関係者なんだ。それを思えばまだましか」


「だけど、意外に扱いが大きいな。ほかのネタが、今、ないのかな」


「軍を目の敵にしている勢力もあるからね。いい話ではないからな。食いつくには、お誂え向きだ」


 あるチャンネルは、しきりとグラクイの擁護をして、軍へ疑問を投げかけていた。


『軍は一体何をしているのでしょう? なにかの手落ちとか言うことは考えられませんか?』


『相手は野生動物です。事故で兵が死んで、まあ、銃の暴発等でですね、その腹いせに野生動物を撃ったというんだったら、これはもう許せませんよね』


 これに対しては、コッティやナオハラ達はテレビに向かって聞くに堪えない悪口を言って、別なチャンネルに変えていた。


『実はですね、このグラクイ、銃で武装していたというんです』


『まあ、確かにレーザーが使えるなら銃も使えますよね。でも、それはどうやって入手したんでしょうか』


『悪意的に人間を撃ったということでしょうか? それともたまたま死亡事故に発展したのでしょうか?』


 これは痛し痒しの問題だった。

 グラクイが人間を殺す意図で撃っているということになれば、パニックになる。

 殺す気がなかったと発表すれば、軍はマヌケ扱いされる。

 熟慮の上、結局、軍はありのままを伝えた。


『突然、人間を狙い始めたというのが事実だそうです。そのため、護衛についてきた隊が全滅、研究者も重体という異常な事態となったそうです』


『こわいですね。軍がそこまで無能とは知りませんでした。護衛の意味がないですね。こうなったら、一体誰がグラクイから一般人を守ってくれることになるんでしょう? 警察?』


「無能だぁ? ふざけんな」


 若い兵が怒ってテレビを切ってしまった。


 ロウ曹長が、あっという間にそいつの尻を蹴飛ばし、チャンネルを取り上げてテレビを点け直した。



 そのとき、ジェレミーがふうふう言いながら基地へやってきた。


「みんな、もう外へは出られないぞ。」


 彼は私服で大荷物を抱えていた。全員が少し驚いて彼を見た。

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