第43話 帰還
各階に投光機と人間を残しておかねばならなかった。
外に一台残しているので、五階の分の投光機はなかった。後は手持ち用ライトだけだ。
「コードの長さがぎりぎりで、ライトが届かないかもしれないですね」
ギルが言った。やはりこいつは頼りになる。こんなときでさえ冷静だ。
もう一度、機材をそろえて探索しに来直すか、今、確認するか。
私は銃を握ったまま、額をこすった。
「ドリルで天井に穴を開けよう。ギルできるか?」
今度来るまでに、建物の中にグラクイが再侵入していたら、話はまた最初からやり直しになる。
ギルは黙って身軽にそこらの机にのぼり、ドリルで小さな穴をうがつと中に少量の火薬をつめ、みなに合図して下がらせると、銃で撃った。
火薬に見事に引火して、天井にかなりの大きさの穴が開いた。小さなコンクリの塊がバラバラ落ちてきて、ほこりが舞い上がった。すかさず、ライトを最強にした。穴が大きいから、五階へも光が多少届く。階段を回るより、天井に穴を開けたほうが、手っ取り早い。
「うん。実にうまい具合だけど、真上に人がいたら少しまずいかな」
下の階では、爆発音に驚いた誰かが、何が起きたのかと怒鳴っていた。ベッグが無線で事情を説明した。
ギルとシンは、投光機を調整して、光源ライトが穴を照らせるように仕組んだ。これで、四階、五階両方を照らせる。
「そのかわり、手持ちライトは四階で使おう。四階が多少暗くなるから」
「シン、着いて来い。五階を一巡りしてこよう。ベッグ、ギル、ライトを頼む。」
今、四階にいるのは、ギル、シン、ベッグの4人だけだった。
私は背が低いので、机の上に椅子を乗せた。これで簡単に五階へ上がることができる。シンは腕だけであがってきて、緊張した顔でついてきた。
心配するほどのことはなかった。人間のほうはすぐに見つかった。よかった。だが、冷たい。
抱きかかえて引きずって、ギルが作った穴からそっとおろした。そのとき初めて何気なくその男の顔を見た。オリーンだった。
「もう一人いる」
シンが抱きかかえておろした。
だが、そのとき、まずいことが起こった。ライトのコードに人を引っ掛けてしまい、電気線が切れてしまったのだ。投光機がプチッと消えた。とたんに五階は真っ暗になった。
「シン、そのまま穴から落ちろ」
私は怒鳴った。四階には手動式ライトが残ってる。明るい。
シンはズシンと言う音ともに床に転げ落ちた。
「どうした、ノルライド少尉」
三階かどこかで誰かが怒鳴っていた。
続いて私が落ちようとした。
だが、そのとき後ろから、弾丸が耳元を掠めた。
私はそのまま下に落ちた。落ちた拍子に何かに当たって手から銃が離れた。投光機を蹴飛ばし、四階の床にしりもちをついた。ギルが「アッ」と叫んだ。
その天井の穴から、私に続いて、次々とグラクイが落ちてきたのだ。
なぜ、GPSが反応しなかったのだろう。
目の前にグラクイがいた。真っ白などんぐり眼が、表情の読めないどんぐり眼が、私を見据えている。振りかぶった手にはレーザー剣、私は手には何も持っていなかった。ついに終わるらしい。そうか、こんな風に終わるのか……
「ノルライドッ」
誰かが、大声で叫んだ。グラクイが一瞬、ひるんだ……ように見えた。銃声が複数同時に響き、私は誰かに突き飛ばされ、腰を打った。私も短銃を抜いた。
だが、すでに冷静なベッグが、至近距離から撃って、倒していた。
一応、撃たなくてもいいだろう。全員が銃を抜いていた。グラクイは全部で三匹いて、全部事切れていた。
肩が痛い。今度は左だ。見たくはなかったが、見た。制服の上から切りつけられていた。だが、腕はついている。よかった。うん、動く。後で考えよう。
「全部倒したか」
怒鳴った。
「全部倒しました」
ベッグだ。
「撤収しよう。これで全員だ」
ベッグとギルが仲間を抱き、三階まで一緒に降りた。
ライトがなかったので、一緒に行動するしかなかったのだ。バラけると危険だ。
なんで、GPSに映らなかったのだろう。おかしい。
三階には、救急隊が、今日でもう5度目だが、着いていて待ち受けていた。三階まで降りれば、投光機がある。ものすごく心配そうな様子のバーグ曹長が待っていた。
「大丈夫なのか、一体何の叫びだったんだ、ノルライド」
「グラクイがいたんだ。襲われた。全部で三匹来たが、撃ち殺した。投光機のコードを切ってしまったので、真っ暗になってしまったところを襲われたんだ。
いないはずだったのに。この分だと、この建物にはグラクイがまだ残っているのかもしれない。早く撤退しよう。もう、全員見つけ出したのだから。」
救急隊が出た後、全ての階の者が一斉にGPSで帰還することにした。
私の荷物はギルに持たせた。
ギルはちょっと妙な顔をしたが、黙って持ってくれた。
私は、自分の腕か肩だかがどうなっているのか、よくわかっていなかった。痛くて熱い。みんなは知らないだろうが、胴体のほうにまで熱いものが流れてきている。多分切られただけだと思うが、まずい。早く戻ろう。これ以上被害者が出てはまずい。
「あっ」
ナオハラが、口の中で叫んだ。ナオハラの視線は、私の腹の上で止まっていた。たぶん、血が染み出していたのだろう。ほかの連中は気がついていないみたいだった。
「いいから、合図を待て。こんなところを見るな」
私は左手をだらりとたらしたまま、ナオハラに怒鳴った。腕を垂らすと、今度は腕のほうから指先に向けて熱いものが広がっていくのがわかった。指先が熱い。
「こちら、3階。救急隊、完了。撤退の準備OKです」
『2階OK』
『1階OK』
「では、全員で戻ろう。行くぞ。」
全員がGPSを作動させた。




