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真っ暗な空の下で繰り広げられる物語   作者: buchi


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第39話 申し開きできない事情が……

 ギルがなにか話していた。


 でも、目が全然違うことをしゃべり続けてる。ギルの目は、正面きって見るのがこわいくらいだった。知りたくないことがいっぱい書いてある。男がこんな顔をし始めたら、持てるだけ荷物をまとめて逃げる算段を始めなくてはならなかった。だが、ギルからは逃げられない。同じ隊だ。

 まずい。まずすぎる。もう、しらんぷりやごまかしが通用しない。ふたりで出かけたという事実も残ってしまった。(しかもドレスで着飾って)証人までいる。

 もともとギルは私のお気に入りだった。いいやつなんだ。それがこんなことになるだなんて、やりきれない。

 一体、私は何をしているんだろう。自分で自分に致命的な打撃を与えている。


 ギルには、何の打算もなかった。ただ、ほれ込んだ。しかし、愛とはなかなか独占的なもので、強い所有欲みたいなものなのだ。愛する人に愛されたい。まるで強い飢えのようなものだ。満たされるまで、追い求める。断っても、彼は愛することをやめはしないだろう。


「おれは、ギルが好きだ」


 オスカーは言っていた。


「いいやつだ。彼の気持ちはよく理解できる」


 いつもなぜか一人で行動してばかりいる私が、ギルのような相手を得ることは、お互いに満たされてよいことだと彼は思っているのだろう。なぜ、OKしないのかと不思議がっているのだろう。


 困ったことに、私はただ、引きつっているだけだった。




 ロマンチックとは程遠く、実に恐ろしい晩を過ごした私は、最早一人で行動する度胸がなかった。自分も悪いとは言え、ギルと二人きりの状態になったらどうするのだ。


 オスカーやジェレミー、マイカとGPSで連絡を取りあい、彼らが基地にいることを確認して、二人きりにならないよう細かく気を配った上で、出かけるようにしよう。怖いのは、ギルからの呼び出しだが、ギルもまさかこの手を使うことはないだろう。(一応、上官なんだ。その手を使ったら、叱ってやる。)




 翌朝は、状況を探るため、おっかなびっくりで基地へ出かけた。あほらしい。こんなことでびくびくしてどうするんだ。とも思っていたが、人間関係は実に嫌な部分を含んでいる。


 休暇中だったので、いたのはジェレミーだけだった。


 助かった。別にギルの話を聞きたいわけではない。軍の状況がどうなっているのか知りたかった。あの掃討作戦以来、新聞にも何の記載もないし、軍のHPも更新されていなかった。

 軍関係者専用の内部向けの掲示板の更新もされていなかった。こんなことは久しくなかったことだ。よほど平和なのか、それとも何かあったのか。


「ジェレミー」


 私は話しかけてみた。


 ジェレミーは、普段なら先に私の姿を見つけて声を掛けてくるのに、今日はなんだか反応が変だった。


「ああ、ノッチ」


「どうしたの? なにかあったの? 軍のHPの更新もないし、なにか事件でもあったのかなと思って。ジェレミーは知らない?」


 私は怪訝に思って聞いてみた。


「ああ、別に事件と言うほどのものはないよ。今、パレット中佐隊が旧の気象センターの探索に出ているがね。連絡がさっきから取れないので、パレット中佐隊の連絡係りがこっちの機械でトライしてみてくれないかと言ってきてるんだけど。機械のトラブルじゃないかって……いや、ノッチ、すまない」


 ジェレミーは、急に言い出した。


「すまない?」


 私はきょとんとした。


「ほんとは気になっていたんだ。昨日、基地に来たろう?」


 私は、暗い顔になった。ギルと晩ご飯を食べに出かけたんだ。


「ああ。誰か夕飯を付き合ってくれないかなあと思って。でも誰もいなかったんで……」


「すまなかった」


 ジェレミーがすまなそうに答えた。


「すまなかった?」


 私はびっくりした。


「いや、すまないと思っていたよ。多分、喜んでギルに付いていくはずはないと思っていたんでね」


「何の話? なんで、私がギルと一緒に出て行ったことを知ってるの?」


「昨日、君が基地へ来たとき、実はナオハラもぼくもマイカもいたんだ」


 私は、思わずしかめっ面をした。


「悪かった。でも、ナオハラが、みんなで倉庫へ隠れようって誘ったんだ。ギルを残して」


「なんで、そんなマネを……」


 説明されなくてもわかった。みんなが、ギルとそして私にチャンスを与えようと思ったのだ。機会を。


「夕べはどうなったんだ。いや、言いたくないなら、言わなくていいし、まあ、一緒に出かけたいというのは、ギルの希望だから。俺たちは知る必要がないし」


「今日はギルに会った?」


「うん。朝から、ここへ詰めていた。君を待っていた」


「どんな感じだった?」


 かなり心配だった。


「ギルか? 全然、落ち着きがなかったよ。あれは重症だ。おれもあんな時があったな」


 ジェレミーが思わずおかしそうに笑った。


「それでなんかあったか? 進展したのか?」


 ジェレミーは私に聞いた。私は頭を抱えた。


「どうしたんだ」


 私は、事ここに至って、ようやく気がついたのだった。私は、自分のことを誰にも話したことがなかった。忘れてた。


 オスカーもジェレミーもギルも、私のことを、私の個人的な事情は誰も知らないんだ。言わなくちゃいけない。いつか言っておかなくちゃいけない。


「ジェレミー、私が結婚してるって知らなかったろう?」


 ジェレミーは、びっくりしたらしかった。


「えっ? ノッチ……まさか」


 ジェレミーの顔を見た。ジェレミーは、真実驚いていた。


「ノッチ、なんてことだ」


 まずい。悪人認定されても無理はない。せめて、なぜもっと前に知らせておかなかったのかとか、なぜ、指輪位しておかないのだとか、いろいろな非難の言葉が、次から次に胸に浮かんだ。


「言いたいことじゃない」


 私は弁解した。


「うまくいっている結婚なら、必ず言う。でも、うまくいってるわけじゃなかった。でなければ、ここにいない」


 ジェレミーは、この言葉を反芻していた。


 ギルのことを考えると、私はなんと弁解したらいいのかわからなかった。もっと前にギルに言っておくべきだったのだろうか。だが、どうも、言いにくいことだ。あなたは私を好きみたいだが、実は障害があります、なんて。


 ジェレミーは大分立ってから言った 。


「変だとは思っていたよ。ノッチ、君の事は。君は決して、もてない人じゃない。見た目と違って、意外に人当たりが柔らかいというか。なんというか、どこかから男がやってきそうなタイプだ……」


「いや、あのね、そういう言い方をされると、まるで……」


「こんな制服を着てうろうろしてても、やっぱりダメだろう。

 どこかからギルみたいのが出てくる。わざわざ汚い格好をしてるんじゃないかと思ったこともあった。まあ、軍にいなくて制服を着てたらただの変質者だろうが、ここは軍だから、それはいいとして、私服もホントに目立たないようにしてたよね」


「………」


「それに、生活ぶりが変だった。人と接する機会を極力減らしていた。付き合いたくないオーラが出てた。最初の頃は特にね。一方で、そんな人じゃないこともわかっていた。人慣れしていたからね」


 見ている人は見ているもんだな。


「ギルには言ったのかい?」


 ジェレミーは聞いてきた。卑怯ながら、首を振った。


「まだだ。言わなきゃいけないだろうな。それでうわさになると」


「どうするんだ。ギルは本気だぞ」


 さすがに、ジェレミーの声が怒気を含んできた。うなだれたまま、卑怯者に成り下がった私は、しゃべった。


「本気なのは、昨日、よくわかった。痛いほどよくわかった。だが、どうしろというのだ」


「大体、なんで、離婚しないんだ。少なくとも、ここ2年以上、絶対会っていないだろう。君は基地から一度も離れたことがない。結婚を続ける理由が何かあるのか?」


「離婚はしてもいい。かまわない」


「じゃあ、さっさとケリを付けたらどうなんだ」


「ジェレミー」


 私はこの人体解剖みたいな会話をしながら、どう人に説明したものか、非常に困っていた。言葉というものは不完全なものだ。


「ギルのためにケリをつけろと?」


「ギルじゃなくても、ほかの誰かってこともあるだろう」


「でも、再婚する気がなかったんだ」


 ジェレミーは叫んだ。


「おれにゃー、わからないな。なんで、そんな中途半端な状態を続けているんだ」


「別に、特に理由はないよ。この状態で不都合ってことがなかったんだよ。ギルが出てくるまでは」


「ギルが出てくるまでは? じゃあ、ギルと再婚する気があるのか? いや、結婚までしなくてもいいから、付き合う気があるのか?」


「ギルが出てきて、こうなると説明しとかなかったのが不都合って言われるだろ? それが困るんだ。でも、言いたくなかったんだ」


 ジェレミーが目をむいた。


「いい加減にしろよ。ちゃんと言ってやれよ。卑怯だぞ。その程度なのか? ギルが真剣なのは、俺たちが知ってる」


「言いたいことじゃなかったんだ。誰にも触れられたくなかっただけだ。なにものも恐れないというなら、ギルに説明する」


「なんなんだ、そのなにものも恐れないというのは?」


「ギルを好きじゃない」


 私は、ジェレミー向かってキッパリ言った。言う相手を間違えているとは思ったが。本来は、ギルに向かって言うべきである。


「好きじゃない?」


「人間としては大好きだ。誠実で。温厚で。裏表がない。卓越した実力があって、すごく有能な信頼できる仲間だ。ずっと一緒に仕事をしたい」


 ジェレミーにも続きはわかったらしかった。


「でも、恋人としては好きじゃないと?」


「そういうことだ」


 ふたりともむっつりと黙り込んだ。

 しばらくたってから、ジェレミーが聞いた。


「でも、好きになるかもしれない」


「それは、わからない」


 それは、誰にもわからない。

 ジェレミーと私は、困ってお互いに顔を見合わせていた。

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