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真っ暗な空の下で繰り広げられる物語   作者: buchi


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第38話 うっかり挑発に乗ってしまった……後悔した

 私は、そのまま基地に行った。


 ナオハラか、ジェレミーか、マイカでもいい、一緒に食事を付き合える仲間が欲しい気分だった。オスカーがいれば、最高だったが、彼はまだ入院中だった。ロウ曹長でもいい。仲はいいんだ。

 せっかく忘れかけていたのに、少佐と二人になると、あの晩のショックを思い出した。

 バルクショックだ。なにかいたたまれない気持ちだった。


 でも、ぽつんといたのは、ギルだった。


「ああ、少尉」


「ひさしぶり」


 実のところ、ギルも避けていたのだ。仕事中はむしろ常に一緒にいたいくらいだったが、こういうプライベートでは、何を話せばいいかわからなくなっていた。


 ギルは私を好きだそうだ。

 そう言われてからというもの、一緒にいるとちょっと不安な感じだった。誰かと一緒の方がいいのだが、基地にはどういうわけか誰もいなかった。


 私は彼の顔を見た。


 彼は、きっと、とてももてると思う。


 私なんかを相手に選ぶことはない。


 入隊してから彼はヒゲを伸ばし始めて、ようやく年相応に見えるようになった。

 入隊したときはヒゲをきれいに剃っていたので、顔だけ見ていると、彼はまだハイスクールの生徒のようだったが、今では、たくましい兵士という感じが漂っていた。

 背が高く肩幅が広く、少しカールした黒髪とヒゲで、多分、誰しもが想像するたくましくてかっこいい兵士の理想像に最も近いのではないか。


「誰もいないな。まあ、休暇中だから、来ていないのかもね」


 私はからっぽの基地を見回しながら言った。


「晩飯まだですか」


「あ、うん、いや、済ませてきた。ギルは?」


 軽い嘘をついた。


「まだなんですよ。よければ一緒に行きませんか?」


 人の話を聞いているのか? 晩飯は済ませたと言ったよね?


 でも、強硬に反対する理由を思いつかなかったので、一緒に出かけることになった。


「どこへ行く?」


 いつでも、ギルと一緒のときは、見上げなくてはならない。彼は2メートル近い巨体で、それにふさわしい幅がある。

 実際には、彼は大抵ちょっと心配そうな顔つきをしていた。

 もちろん、一緒に仕事しているときはまったく別で、私と一緒で心配なんてありえなかった。でも、こうやって二人で歩いているときは、どうしたらいいのかわからない様子で、今だって緊張感が伝わってくるようだった。


 ほんとうにギルはいいやつだ。有能で冷静、判断に間違いがない。わからないときは必ず聞きにくる。おまけに誠実だ。見た目がこれだけ良くて、中身もいいだなんて信じられないくらいだ。

 こんな年上を好きだなんて言うことはないと思う。ギルなら、もっとかわいい女の子がいくらでも付いてきてくれるに違いない。


「ハンスの店に行ってみる?」


 ふと、思いついて言ってみた。あそこなら、外部の女の子たちがいっぱいいる。

 これだけハンサムで立派な体つきの軍人なら、ましてやブルー隊の隊員なら、きっともてるに違いない。


 緊張がなくなって、ギルは目を見開いた。


「少尉、自分がニュースにさんざん載っていたこと、わかってるんですか?」


「いや、その記事を見てない」


「あんなトコ行ったら、危険この上ないですよ」


「だめですか。じゃあ、どこなら大丈夫かな? 軍の食堂?」


「ねえ、女装してきてくれるなら、いいですよ」


 ギルは笑って言った。


「女装……?」


「今日は帽子かぶっていないんですね。ノルライド少尉は、『地味な格好で帽子をかぶって毎日射撃場へ通っている』ことになってるから、帽子は止めたんですか」


 よほど有名な記事らしい。この話を聞くのは、今日二度目だ。


「実は、その記事、まだ読んでなくて……」


「少尉らしいな。そういうとこは無頓着だから。とにかくノルライド少尉だとばれたら、面倒なことになりますよ。ハンスの店に行くなら、ちょっと待ってるから、着替えてきてください」


「いや、どこでもいいから。昨日は、どこで食べたの?」


「ハンスの店……いいですね。たまにはパーッと行きましょう」


「あ、じゃあ、誰か呼ぶ? ナオハラでも? パーッと」


 完全に無視された。


「いいですか? できるだけ、きちんと女装してきてくださいよ。誰かに服、借りた方がいいかも。服、持ってないですよね? とにかく、ぼろが出ないように。でないと、いろいろまずいですからね? 外で待ってますから」


 ギルにまで、ぼろが出ないようにと言われるとは、全くどういうことだ。服を持ってないだろうと言われるとは! もしかして、なめてないか? 人をなんだと思ってるんだ。

 せめて誰か一緒に行きたいなあ。オスカーは、入院しているし、ジェレミーは子供と遊んでいるだろう。マイカを誘ったら……絶対に断られるな。確実に。そんな野暮はしたくないというマイカの声が聞こえるようだ。


 少佐とギルの話を総合すると、制服では外へ出ないほうがいいらしい。だが、「女装」して来いとはなんなんだ。夕飯はそこまでして食べるものなんだろうか。


 私は、昔、若いころ、着ていた古い服を引っ張り出して着てみた。ギルは知らないだろうけど、ずっとこんな暮らしをしてたわけじゃない。

 軍に入った時、服はいらないだろうと持ってこなかったので、これしかない。大丈夫だろうか。

 なんとか入った。だいぶ肉がついたみたいだ。

 

 髪と顔をどうにかして、ヒールのある靴を探し出してきた。都会では恥ずかしくて表に出られないレベルだが、この辺境の地ならごまかせるかもしれない。ちらと鏡を見ると、いつもとは全然違う感じになっていた。これだけ雰囲気が違えば、誰だかわからない程度には、ごまかせるだろう。


 外へ出ると、ギルは、ぼんやりと腕組みをして待っていた。


「行くよ」


 どうも気が引けたので、わざとぶっきらぼうに声をかけた。


 声をかけられても、ギルは最初誰だか分からなかったようだった。

 ギルの目が大きく開かれていく。この瞬間、致命的にまずいことをしでかしてしまったことに気がついた。

 ……やり過ぎだったらしい。



 店に入ると、にぎやかなざわめきと暖かな空気が押し寄せてきた。結構混んでいる。よかった。誰にも気づかれないですみそうだ。一渡り見回して、知っている限りの軍の関係者はいないことを確認した。


 ただし、気がついて欲しくないような時に限って、恐ろしく目ざとく気がつく男がひとりいた。ハンスである。ウェイターが席に案内してくれているのだから、用事はないはずだのに、ハンスは飛んできた。


「わあ少尉、実はおそろしくインパクトのある美人だったんですね。それで今日はデートですか? 誘ったのはどっちなんです?」


 これには、かなりめげた。


「たまたまだよ。デートじゃないって」


 ハンスの視線が、私の服をなでた。どうしてこんな格好なんだって? 私は憮然とした。


「制服じゃまずいらしい。なんかニュースに出たとかで。いつもと違う格好にした方がいいって言われたんだ。こういう服だって持っているんだ。(ただ、ここでは着る必要がなかっただけで。そして一枚しかないけど)」


 座ると、ますますいけなかった。どう見ても、デートに来たようにしか見えなかった。


 店内の周りの連中も、私たちを値踏みしていた。


 ギルは制服のままここへ来たので、周り中から注目を浴びていた。


 いつだって制服を着ているときは注目を浴びるのだ。この店はそういう店なのだ。ずば抜けて体格がよく、若くて顔立ちがきれいな彼は、私さえそばにいなければ、女の子たちから注目の的だろう。


 私は、ほんとうに気が引けて仕方が無かった。私はここに座っているべき人間じゃないと感じていたのだ。かっこいい軍服狙いの女の子たちの視線が、ちらちらと私を値踏みしていることもわかっていた。


 陽気な声がして、ハンス自身が料理を運んできた。彼は見ないふりをして、私たちを観察しているらしかった。そうだろう。軍の内部同士のラブゲームは、ことのほか、商売のほかに、彼の興味を引くネタだった。


「誰か美人のグループはいないかな?」


 私はハンスに小声で話しかけてみた。


「ブルー隊の男前がいるんだけど。これではギルがかわいそうだ」


「これではって、なんなんです?」


「わたしが横に座っていては、ここに来ている女の子たちにとって邪魔だと思う」


「いい加減にしてくださいよ、少尉。ギルさんはあなたを誘ったんでしょ。ほかの女の子じゃないでしょ。あなただって一緒にきたんじゃないですか」


 これには事情があるんだと私は言いたかった。しかし、この服では説明しても変なだけだ。


「誰か美人を連れてくれば、ギルさんの気持ちが変わるだろうなんていう考え方は、間違ってますし、ギルさんを馬鹿にしていると思いますよ。あなたは、ギルさんがそんな人だと思ってるんですか」


「……思ってません」


 私はうなだれた。まさか、ハンスから説教されるとは思わなかった。


「じゃあ、なんでそんなことを言うんですか?」


「私は、ずいぶん年が離れているし、私に彼はもったいなさ過ぎるよ。似合わなさ過ぎる。私がいなければ、きっともてるよ」


 私は真っ正直に答えた。


「問題は、ギルさんがそうは考えていないことだと思いますよ。あなたのことが好きなんですよ」


 ちょっと間を空けて、ハンスは語を次いだ。


「自分でもわかっているんだろうと思うけど、その服は何ですか。実にお似合いですね」


 ハンスが皮肉った。


「自分によほど自信がない限り着ない服ですよね。

 それにすごく高そうな服だ。完全なオーダーメイドですね。ここらへんじゃ、買いたくっても買えないですよね、そのドレス。

 そんな格好でやってきて、そんなことを言い出すなんて、何のつもりだか、聞いてるほうがあきれますよ。

 あんたのそのなりじゃ、ほかの女なんか寄り付きもできやしないし、ギルさんがいなければ、ほかの男の客が絶対寄ってきます。

 言っときますけど、ギルさんがその席から退いたら、今度は、あんたが困った羽目になりますよ? 

 これまで軍服専門で正解ですよ。軍隊中大騒ぎってトコですね」


 ハンスは行ってしまった。


 ハンスは嫌味だ。こんな服着てくるんじゃなかったと後悔した。あんまり、ギルがなめたことを言うもんだから……。もっとも、これしか持ってないと言う事情もあるにはあった。

 自分の見栄っ張りさ加減がバカみたいだった。嫌悪感に駆られた。

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