第34話 撤収作業 終わる
「シン!」
私は、大声で叫んだ。
シンはあわてて振り返った。
「マフィ少尉をすぐに病院に搬送しろ。」
「なんだと、ノルライド」
「少尉、どこまでがんばれば気が済むんです。あなたは限界だ。早く病院に行かなければ。」
「ふざけるな、これしきの傷で、ごちゃごちゃ言われる筋合いはない。」
「ナオハラ、手伝え。二人で連れて行け。今すぐだ。重傷だ。シン、わかっているのに、なぜ、ほっておいた?」
「少尉、シンと私は、好きで放っておいたわけではありません。3人がかりでないと、ここの防衛ラインが保てなくて、それで……」
ナオハラがシンをかばって、顔色を変えて言い始めた。
「ナオハラ、シン、わかっている。ご苦労だった。ここは私が一人で守れる。だが、すぐ戻って来い。じきに日が暮れる。ライフルが役に立たなくなる。そのときは、私一人では守れない。早く連れて行け。そして、早く帰ってきてくれ。」
「わかりました、少尉」
シンが言った。彼は彼の上司の肩を抱えていた。
「ノルライド、貴様は……」
「マフィ少尉、あなたは、まぎれもなく勇敢な方だ。任務に忠実な方だ。だが、今は、病院に行かなくてはならない。その出血をみなさい。化膿したら、命にかかわる。ナオハラ、すぐに行け」
私は、ナオハラとシンが、ふたりがかりでマフィ少尉を連れて行く様子をちょっとの間見ていたが、すぐにライフルで続きを始めた。ライフル弾は一発ですむが、微弱に調整したレーザーは照射の時間を長くかけないと気絶してくれない。明るいうちに(といってもかなり暗いのだが)、ライフルで届く範囲のグラクイは退治しておかねばならない。
マフィ少尉ではないが、殺すのはタブーだから、重々気をつけなければならない。
護衛が一人に減ったことで、作業員のほうはかなり不安そうだったが、順調にグラクイが減っていく様を見て、少し安心したようだった。私は、また、同じことを叫んだ。
「一人でもグラクイを見かけたら、教えてくれ。すぐに撃ち取る。昼間の間は、グラクイを決して近づけない」
その後、すぐにギルが移動してきた。
「少尉、どうです?」
「大丈夫だ。ほとんど追い散らした」
ギルは周りを見回して
「ナオハラとシンは?」
「マフィ少尉を病院に連れて行かせた」
「えっ? マフィ少尉は重傷なんですか?」
「うん。脳みそと腹がな」
「え? 頭もやられたんですか?」
「元々、あいつは頭がどうかしてるよ。自分の部隊を荒らすなと怒鳴られたよ。ライフル馬鹿とも言われた。しかも、病院に行かないとダダをこねていた」
「どうしたんですか?」
「腹を撃たれてて、かなりの時間が立っていたらしい。
火傷なのに、血が出てきていた。あのままだとまずい。すぐに病院に行かないと大変なことになる……と思う。
行けと言ったのに、私の言うことは聞かないんだ。
元々、生意気だと思われているからね。シンだけじゃダメなので、ナオハラにも命令して、二人で無理やり連れて行かせた。
帰ってくるのが遅いところを見ると基地でも暴れているな。きっと私の悪口を言っているんだ」
このセリフに、ギルが思わず微笑んだ。彼は、私とマフィ少尉の仲が悪いことを知っているのだ。
「あの人は頑固ですからね」
「君が来てくれて助かったよ。もう、ライフルがそろそろだめだと思うんだ。
ここの責任者を探してきて、あとどれくらい時間がかかるか聞いてみてくれないか?」
ギルは、作業部隊に走りこんで行った。そして、やせて色の黒い、まだ若い男を連れてきた。
「ここの代表で、ロペスといっています」
色が黒いほかはどう見てもスペイン系には見えなかったが、ロペスは少なくともあと三時間はかかると主張した。
「ということは、七時にはなりますね。」
「日没は、五時半ごろだろう。その後が心配だな。」
「人数を集めないと、ヤバイですよ。」
ジェレミーに聞くと、やはりマフィ少尉は基地でも相当てこずらせたらしかった。
「病院は、今、手一杯で、看護師や医者を呼びつけるわけには行かないから、病院に行かせなくちゃならなかったんだが、本人が行かなくていい、大丈夫だって言うんだ。
あんな傷でどこが大丈夫なものか。
マフィは気違いだよ。
仕方ないから、あの二人に病院まで送り届けさせたんだ。
すまない。すぐに護衛の仕事に戻すから。
なにしろ手が足りない上に、マフィは体重があるもんでね。麻酔銃でも打ち込みたいくらいだよ。せめて黙っててくれたらいいんだが」
(何を叫んでいたのだろう、ひょっとして私の悪口だろうか。)
シルバーは、ほとんど撤収作業が終わりかけているようだった。
「時間のほうはわからないが、おそらく日没までには片がつくだろうといっている。片がつき次第、ゼミーほか三名をそちらへ回す。ただ、護衛の撤収は一番最終だから、たぶんかなり遅くなるだろう。」
「夜は危険だ。だんだんグラクイが凶暴性を増してきている上に、今日は、特に、他の部隊の分が全部ここへやってくる可能性がある。夜間はレーザーでしか対応できないから、人数がいないと危険だ。」
ギルと私はライフルとレーザーを並べて、GPSとにらめっこをしていた。
二人ともほとんど口を利かず、たまにどちらかが立ち上がってグラクイを撃った。まだライフルが有効だった。
だんだん日が落ちてきた。作業は、もう少し時間がかかるようだ。ようやくシンとナオハラが帰ってきた。




