第25話 病院ライフ満喫中
たちまち出てきた病室に逆戻りになった。今度こそ缶詰だ。
数日間は耐えるしかなかった。痛い。少佐も似たり寄ったりの状態だったろう。
看護師が、毎日、それ見たことかと言うのにもまいった。
ほんとうに退院してはいけなかったのだ。看護師の言ったことが正しかった。そんな状態じゃなかったのだ。
ブルー隊は、見舞いくらいは来たかったろうが、仕事に追い回されていたので、メールを寄越すのがせいぜいだった。
ジャニスの城には捜索隊が入り、グラクイについての新しい情報や気象データなどを探しているらしかった。ブルー隊の連中は、捜索隊や、ジャニスの城の周辺の護衛に回っているらしかった。
少したって、痛みが和らいでくると、この奇妙な事件について、どう報道され、評価されているのか気になってきた。気を付けてみていると、報道は微妙に変化していた。
グラクイの武器の出どころについて、もう死んでいるジャニスと言う男だと書き始めたのだ。軍がそれを発見して、武器を取り上げたと、書いてあった。
報道は、軍が小出しに提供する情報に基づいて書かれているのだろう。
看護師もニュースの供給源としては、別の意味で、優秀だった。
彼女らの話を聞いていると、人々がどこに関心を持っているのかが、よくわかった。
気象データだのグラクイの生態などは、まだ何もめぼしいものが発見できていなかったので、興味を引きにくかった。
グラクイ退治が進んでいる方には、興味を持ったらしく、何人かが用事もないのに看護師という特権を生かして、私の顔を見に来た。
顔を見に来るのはよいのだが、全員が、がっかりして帰っていく。
みんなギルみたいな女性を想像して来るらしい。つまり、筋肉隆々とした、なにか超人的な戦闘員を。私は彼女たちの期待に応えられるような立派な体格じゃなかった。
「ルーシー、頼むよ。顔を見に来るだけってのは、勘弁してよ」
「それはそうよね。確かに肖像権の侵害だわ」
肖像権の侵害って何の話だかわからなかったが、それ以降、彼女は見物人は追い払ってくれるようになった。
一週間がたち、ようやく痛みが薄らいできた頃、今度は亀の来訪を受けた。
まぁ、亀とでも形容するしかなかった。
少佐は、背中の傷に直接触らないように背中に甲羅みたいなものを背負って登場したのである。見て、思わず笑い出してしまった。今度は肋骨が痛かった。
「これは、寒いんだ」
少佐は言った。
「すうすうするんだ」
「申し訳ございません。相当痛い思いをさせてしまいました。おかげで助かりました」
「笑ってるな」
「いえ、とんでもありません」
少佐は馴れ馴れしく、勝手に人のベッドの上に座り込んで、文句を言った。
「全然、好きにさせてくれないんだ。寝る時間も決まってるし、好きなものも食べられない」
「健康的でいいじゃないですか」
「酒もダメだって言うんだ。こんなとこで何しろって言うんだ。退屈だ。おれは火傷で入院したんだ。肝臓じゃない。出たら逆の生活をしてやる」
それから向き直って、
「君は大変だったな。あんな馬鹿な真似しやがったのは、生まれて始めて見たよ。君が右肩に負傷したって知ってるのに、力いっぱい殴るだなんて、忘れてたにしても結果がまずすぎる」
少佐は言いたいことを勝手にぺらぺらしゃべって、昼食の時間になったので、帰って行った。あとで、看護師に叱られたと言っていた。
「勝手にうろうろしないでくださいだと。ここの看護師は怖いな」
看護師によると、女性の病室に勝手に入ってはダメだと釘を刺したそうだ。
不行き届きな患者は、亀のほかにもいるらしい。
亀は、こんな格好で口説けるかと反論したそうだが、ここの看護師は怖いと漏らしていたから、口では全く太刀打ちできなかったに違いない。
順序が逆になり、(例の元スナイパーの脂ぎったはげオヤジのせいだ)少佐の方が先に病院を出て行ってしまった。何事によらず、そつのない彼は医者の言うことをきちんと守り、退院できるところまでこぎつけたのだ。
少佐が遊びに来なくなったのでつまらなかった。それでも三日ほどすると出られるようになった。今度は万全だ。
基地に出ると、ジェレミーを捕まえることが出来た。
「大丈夫か? 馬鹿なマネされたそうだね。私たちは、カンカンだったよ。なんて愚かしいことだ」
ジェレミーは本気で怒っているようだった。
「復帰できるようになったら、連絡しろとオーツ中佐に言われていたんだ。連絡しておく。中佐のほうから、指示があるはずだよ」
程なく中佐から連絡が入り、この前の会議室で私は中佐に会うことになった。
例のスナイパーのテストを(口頭で)受けた、あの会議室である。
「失礼します」
入ったとたんに、目をぱちくりさせた。
オーツ中佐だけだろうと思っていたのだが、忙しいさなかだろうに、前回とほぼ同じメンバーが集まっていた。
元スナイパーのはげオヤジも、今日は心なしかしょんぼりした様子で、座っていた。たぶん、あれからみんなに散々怒られたのだろう。
「ノルライド少尉、掛けたまえ」
オーツ中佐の神経質そうな声が命じた。
見ると、まだ亀をしているバルク少佐も座っており、その横の椅子が空いていた。オーツ中佐が指すので、一礼してそこへ掛けた。
真正面は、タマラ少将だった。私は彼の顔を報道で覚えて知っていた。
彼が、この辺境のグラクイが出没するエリアの責任者だった。
役職は少将だが、軍人ではなかった。中央の行政官が赴任してきたのだ。
五十代くらいのはずだが、もっと年上に見えた。中肉中背の、物静かで、穏やかそうな顔立ちにもかかわらず、不思議と威厳があった。
軍服をきちんと着ていたが、多分気の利いた上等のスーツの方が似合うだろう。
軍人出身ではなかったが、行政官として軍との長い付き合いがあるので、彼の存在は軍にはおおむね好意的に受け止められていた。
「バルク少佐、ノルライド少尉、ご苦労だった」
彼は、おもむろに口を切った。彼の発音ははっきりしていてわかりやすく、言い回しは、正確だった。非常に頭が切れる人なのではないかと思った。
そして、その話し方に、私は少し衝撃を受けた。
その言葉には、ほんの少し、わずかな、訛りではないが、独特のイントネーションがあって、それは彼が中央の都市の、最も富裕な社会の生まれ育ちであることを示していた。
「それから、ノルライド少尉、君を元気付けようとして、うっかり傷の悪化を招いたことについては、謝罪しなくてはならないだろう。ガウプ大佐に悪意はなかったのだ」
そうか、あのオヤジは、ガウプ大佐というのか。
私は頭を下げた。タマラ少将は、穏やかに我々をねぎらった。
「ここへ呼んだのは、君たちの功績に対して賛辞を呈するためだ。追って沙汰をしよう。ジャニスの住まいは、現在捜索され、一定の成果があった。これもまた、君たちが知っておくべきことだろう。以上それだけだ」
タマラ少将は、他のメンバーを振り返った。彼らも頷いた。
「退出してよろしい」
オーツ中佐が神経質そうな声で、バルク少佐と私に向かって言った。私たちは部屋を出た。
しかし、戻っていいわけではなかった。別室が用意され、少佐と私は、そこで会議が終わるまで待たされた。
「申し訳ございません。会議終了後、タマラ少将から、直接、お話がありますので」
例の文官が事務的な声で、そう告げた。
不思議だった。もう話は済んだはずだった。
いったい少将ともあろう人が、私たちに直接、何の話があるというのだろう。




